旅立ち初日
8/5から長い夏休みもらいました。とにかく暑いし台風来るし仕事忙しいし。
不思議な事に一月投稿してないのに読者増えたよ。
まだまだ仕事忙しいけどのんびり投稿するよ!
トーキンの長距離バスターミナルは幸いな事にビルド街の外れにあった。
師匠赤鬼と別れてまだビルド街に戻り、バスターミナルに着いたのは午前9時。
目的のカーサックに直接向かっても良いのだが、せっかくだからジャパック王国を色々見て回ろうと思う。
前世で2つ目だった頃、変な新作落語ばかりやっていた俺は仕事も無く寄席の出番も無かったから、世界中旅していた時期がある。
田舎の雪国生まれだった事もあり、南の島に憧れていた。
透き通った海、青い珊瑚礁、情熱的な南方美人を求めて、随分行ったなあ。
イースター島、フィジー、トンガ、ポナペ島、マジョロ島、などなど。
でも歳を取るとそんな意欲もなくなり精々、伊豆大島の温泉に行く位だね。
でも異世界で若返ったので旅の意欲がモリモリ出てきた。未知への憧れ、知らない土地への興味、美魔女との出合い。
さあ、バスに乗って出発だ。
まずは途中のヘーゲルを目指す。ここはカーサックに向かう丁度中間。森と草原のアマガン州の首都だ。
バスに揺られて6時間、ヘーゲルのバスターミナルに着いた。
だだっ広いグランドみたいな場所にバスが数台並んでいる。
正面にコンクリート造りの長方形の建物が立っている。
味も素っ気も無い灰色の2階建て。
中に入ると、チケット売り場に何人か並んでいるだけでガランとしている。
アマガン州の首都なのに、味もそっけもない所だな?
これならまっすぐカーサックに向かった方が良かったかしら?
ちょっとがっかりして、ガラスのドアを開けて建物の外に出た。
いきなり襲いかかって来た喧騒!
人のざわめき、車のクラクション、馬のイナナキ。
建物の外は、巨大な市場になっていて、沢山の露天商が様々な品物を大声で売っている。
「羊の肉が新鮮だよ。今締めたばかりだ」
「さあ、取れたてのマンゴーはいらないかい?とっても甘いよ」
「お姉さん見てくれこの宝石!本物のルビーだ。他の店で買ったら10万ギルだ」
「どう見たって安物じゃないかい?500ギルなら買ってあげるよ」
「そりゃー値切りすぎだよ、お嬢さん。せめて1万ギルで買ってくれよ」
「寝言言ってるんじゃないよ。ギリギリ出して1000ギルだよ」
客と売り手のやりとりが大声で喧嘩しているみたいだ。
俺に呆気に取られながら、市場の中を進む。
「ジャパック王国の歩き方」にバスターミナルのそばに大きなバザールがある、と書いてあった事を思い出した。
てっきり、バスターミナルから少し離れた場所にあるかと思っていたら、バスターミナル直結でした。
さて、とりあえず今日泊まる宿を決めなければいけない。
市場を抜けた裏通りに、安い宿屋が何件もあると書いてあった。
「お兄さん、旅の人かい?」
小学校3年生位の男の子が俺に声をかける。栗色の髪の毛の横から、茶色い大きな耳が垂れ下がっている。お尻からも、茶色い太い尻尾。犬族の子供だ。
愛嬌のある垂れ目の黒い瞳をぐるぐる動かしながら着いて来る。
「ねぇ、お兄さん、旅の人だろう?」
「なんで旅の人ってわかるんだい?」
「だって大きなリュックサック背負ってるじゃないか。それに今バスターミナルから出てきたろ」
なかなか観察眼が鋭い子供。
「今日、泊まる宿は決まっているのかい?」
「まだ着いたばかりだから決まってないよ」
「だったら、うちの宿屋に泊まりなよ」
「おいおい、まさか子供の客引きか?」
「ねぇ、泊まっておくれよ。最近全然お客さんが泊まってくれないんだ」
しかし、こんな小さな子供が客引きするなんて、ろくな宿屋じゃないかもしれないぞ
「それにうちの宿屋は、お兄さんにぴったりだよ。とにかく宿代が安いんだ。お兄さんみたいな貧乏旅行者にはうれしいだろう」
うーん、落語の「ねずみ」見たいな展開だなぁ。ごめんなさい。俺、左甚五郎じゃないんですけど。
「頼むよ。この通り」
そう言って、子供が両手を合わせてするような目で、俺を見つめる。茶色いしっぽが、ブルンブルンと震えている。
「わかったよ。泊まってあげるよ」
「本当に?やったーー!3日ぶりの獲物だ」
なんだか不安になってきたなぁ。客の事を獲物ってどういう事だろう?
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。鬼を食べる犬族はいないからね」
この子、俺の気持ちを察するのか?
「坊や名前なんて言うんだい」
「俺の名は、ピグルって言うんだ」
かわいい名前じゃないか。
「お兄さんは、なんていうの?」
「小鬼って言うんだ」
今じゃポテトンなんて名前忘れちゃったよ。落語家になったら本名なんて全く使わないからね
「小鬼?変な名前だね。学生さん?」
さてどうするか?学生さんという事で押し通すか?でも、本当の商売を名乗ろう。
それが縁で、何か面白い事に出会うかもしれない。
「いや、俺は落語家だよ」
「ええ、落語家?初めて見た」
ピグルは俺の右手を握ると、大きな目で、じっと俺を見つめる。
「それじゃあ、今夜、落語聞かせてよ」
ああ、面倒な事になった。学生にしとけばよかった。
「さあ、小鬼さん、ここが家の宿屋だよ」
落語「ねずみ」みたいにボロボロの宿屋かと思っていたら、小さいけど、丸太で組まれたログハウス風。
表の看板に「ワンワンハウス」と書いてある。
え、もしかして犬小屋?
木の扉を開けると、中は床も木で出来ていて清潔感漂うロビーでホッとする。
カウンターの中にピグルと良く似たおじさんが立っていた。丸い鼻の上にちょこんと丸メガネが載っている。
「父ちゃんお客さんを連れてきたよ」
「これはこれはいらっしゃい。ピグルの父のホグルと申します」
「ピクル君に連れて来られたんですが、1泊おいくらですか?」
「うちは、素泊まりしかやってないんですよ。1泊4500ギルです」
それは確かに安い。
「小鬼兄ちゃん、周りに安く食べられる。食堂が沢山あるから困らないよ」
「そうか、でも朝飯ぐらい食べられたら助かるんだけどな」
「母ちゃんが生きていた頃は、お客さんにご飯出していたんだけど、ごめんね」
そうか、お母さんがいないんだ。変に気を遣わせちゃったな。
「そうか、俺も両親が死んで、田舎から出てきたんだ」
異世界には、たった1人で転生されたから嘘じゃない。
「それでお泊まりになりますか?」
ホグルさんが訪ねてきた。
やっぱり子供の客引きだから、俺が不安がっているのわかったかな?
「とりあえず一晩お願いします」
ここで、気を許しちゃだめ。案内された部屋がひどかったらとっとと逃げよう。
前世で2つ目の頃、タイで安さで目が眩んで泊まった安ホテルが、ゲイのお兄さんたちの稼ぎ場所で、真夜中何度も襲われそうになったと言う悲しい実体験がある。
「なんだよ、兄ちゃん。もっと泊まっておくれよ」
「いや、色々な所に行きたいからさ。気に入ったらまた泊めておくれよ」
あぁー子供もめんどくさい。
「それじゃあ2階の201号室です」
鍵をもらって階段を上がる。
木で出来た扉を開けると広さは4畳半位。
内装も木で出来ており、良い香りがする。
正面には大きな両開きの窓。明るい光が部屋いっぱいに広がっている。
木で出来たシングルベッド。マットレスも分厚くよく眠れそうだ。
後は、小さなテーブルに椅子が1つ。服を吊るす棒が1本天井からぶら下がっている。
シンプルだが、清潔な良い部屋だ。
でも、一晩寝てみなきゃわからない。
気に入ったら、ここをしばらく根城にしても構わないな。
さあ、旅立ち初日!これから何があるのか、ドキドキ!
やっと第三章始まりました。
何か新しい展開が始まるかな?




