トーキンからの旅立ち
この猛暑どうにかなりませんかね?
まじで夏休み取ります。
なので、1週間おきになるかもしれませんが、気長にお待ち下さい。
次の日の朝、師匠赤鬼に電話をした。
「今日昼過ぎにお伺いしてもいいですか?」
「ああ、用はねぇから待ってるよ」
久しぶりに師匠の家に行く。
「おはようございます」
格子戸を開けて、元気にご挨拶。
返事を待たずに、玄関を上がり、居間に行くと師匠が座椅子に座りお茶を飲んでいた。
「どうした?」
チラリと俺を見る。
しばらく会わないうちに、師匠の体が小さくしぼんで見えた。
でも、頭から伸びた2本の角はピカピカに光っている。
さすが鬼族、角の手入れは行き届いているようだね。
俺は、師匠の前に正座すると
「僕、いや俺、旅に出ようと思っているんです」
「旅?どこに行くんだ?」
「カーサックに行こうと思ってます」
「カーサックか?あそこはトーキンと同じ位、落語が盛んだからな」
「俺、ガルシア村からトーキン出て来ただけで、この国の事何も知らないんです。せっかくブロンズクラスになったんだから色々と旅をしてみようと思って。それでまずは、カーサックで色色落語勉強しようと思って…」
「そういえば言ってたなぁ。山奥で家族だけで住んでいたから、何も知らなかったって……まぁその話を鵜呑みするわけじゃねーが、若いうちに旅をするのはいいもんだ」
師匠すいません、異世界から転生してきました、なんて、本当の事言えませんもん。
「俺、ブロンズクラスになってわかったんです。まだまだ落語の事何もわかってないって。落語の事も、他の落語家さんの事も知りたいんです」
「良いんじゃねーか。俺も若い頃は、カーサックだけじゃねーや、北のはずれのワルサックや南のメルギット、王国中を旅して回ったものさ」
「ええ、師匠大冒険していたんですか?」
「ふん、大冒険って程じゃねーけどな。若いときには知らねー事、知りたくなるものよ。まだ見た事のない所に行きたくてな」
「それが大冒険ですよ。色んな事があったんですか?」
俺は、この小さなおじいちゃんが若い時に、元気と好奇心に満ち溢れた若者だった姿を想像する。
きっと行く先々で、女にモテたんだろうなぁ
「ふふふ、よく旅の恥はかき捨てなんて言うが、女にだけは気を付けろよ」
その頃の事を思い出したのか、赤い顔が一層赤くなり、スケベそうに目が笑った。
「それで師匠、カーサックに行ったら、光之助師匠にご挨拶したいんですけれども」
キララ光之助師匠は赤鬼がやる新作落語「伊勢海老」を作った人だ。
300本以上、落語を作り、弟子を含め、大勢の落語家さんが高座で演じている。
カーサックだけじゃない、ジャパック王国で新作落語の第一人者だ。
「そうか、光之助師匠に会いたいのか?……しばらく挨拶してねーし。それじゃあ、明日の朝、もう一度来てくれ。光之助師匠に手紙を書くから渡してくれ」
満腹亭に戻ると、ちょうどランチの時間が終わり、ガゼットさんがカウンターに座り新聞を読んでいた。
「こんにちはー」
「どうした小鬼、腹でも減ってるのか?」
「いや、昼ご飯は師匠の家で食べてきました」
「こんな時間に師匠の家に行くなんて珍しいなぁ」
「ちょっとお願い事があって…l
「なんだよ、お願い事って?」
「しばらく旅に出ようと思いまして」
「ええ、旅に出るって、地方で仕事かよ?」
「いや、仕事じゃないんですけど、まあ、修行の旅というか?」
「修行の旅?どこへ行くんだよ」
「とりあえず、カーサックを目指して、その後は色んな所へ行ってみようと思って」
「色んな所ってどこだよ?」
「さっき師匠が言っていたんですけど、若い頃ワルサック州やメリギット州まで旅をした事があるんですって」
「本当かよ?メリギットは俺の故郷だよ」
「ええ、そうなんですか?俺、メリギットって南のはずれにあるって事しか知らないんです」
「トーキンから南に下って、メリメリ半島の先端がメリギットさ。ドラゴン族が沢山住んでいるんだ。メリメリ半島は別名、龍の口って言われてるんだぞ」
「龍の口?なんでですか?』
「海に切り立った崖がいくつもあってな。上から見ると、まるで龍の口みたいにギザギザしてるのよ」
「でもガゼットさんがメリギット生まれって初めて知りましたよ。ちゃきちゃきのトーキン生まれだと思っていました」
「ははは、このトーキンにはな、俺みたいな田舎者が多いんだよ。聞かれなきゃ、シラッと都会生まれみたいな顔してな」
「メリギットってどんな所ですか?」
「温暖で良い所だぜ。海が近くだから魚もうまいしな。それに昔からドラゴン族で栄えていたから古い遺跡なんかも沢山あるんだ」
「古い遺跡?それじゃダンジョンなんかもありますかね」
「さあ、俺は興味がないけど……子供の頃、新しいダンジョンが見つかったとかでちょっと騒ぎになったなぁ」
ああ、異世界冒険物語みたいになってきたぞ。ワクワク!
「でも小鬼、メリギットだけじゃねぇ、カーサック行ったり、ワルサック行ったりするつもりか?」
「この際だから、王国中回ってみようと思って」
「おいおい、それじゃあ1月2月の話じゃねーぞ。ワルサックは北のはずれ、トーキンから1番遠いんだ。歩いていけば、3月はかかるぞ」
「さすがに歩いてはいけませんよ。バスで乗り継いで行こうと思って」
「あんな遠くにまでバスがあるのかい?」
「さすがに直通はありませんけど、カーサックから幾つか街を経由すれば、ワルサックまで行けるんです」
「そんな事なんで知ってるんだ?」
「ガゼットさん、僕はもう何も知らない田舎者じゃないんですよ。大都会トーキンに住んでもう5年、ちゃきちゃきのシティーボーイです」
「おい、シティーボーイなんて言葉、今もう死語だよ」
「実は……これにみんな書いてあるんです」
そう言うと、カバンから1冊の本を出した。
「なんだ、これ?『ジャパック王国の歩き方』?」
「ドリーム亭清丸師匠から教えてもらったんです。『これ1冊あれば、旅をするのに困らない。交通手段からお勧めの宿、マニアックな観光地、何でも載ってるから役に立つよ』って」
「清丸って言ったらインテリ落語家じゃねえか。へえーそんな奴でも、若い時は旅をしていたのかね?」
ガゼットさんは本を手に取るとペラペラページをめぐって眺める。
「へえー結構写真も載ってるんだなぁ?……この料理うまそうじゃねーか?俺も旅したくなっちゃったぜ」
さぁ、大事な事を話さなくちゃ。
「それでしばらく部屋を空ける事になるんですけれども、部屋そのままにしてもらえませんか?もちろん家賃は先払いで払っておきますから」
「それは構わないけど、いつ帰ってくるかわからないんだろう?」
「俺もいつまでも旅してるわけにはいきませんから……半年以内には帰ってきます。やっぱり帰る場所がないっていうのは、何か不安で……」
「そうか、小鬼はもう故郷がないんだもんな……よし、わかった。部屋はそのままにしとくよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、これ半年分の家賃払っておきますから」
俺は金貨の入った袋を手渡した。
「おいおい、こんなに払って、旅の金はあるのか?」
「心配いりませんよ。俺、トーキンに来たときに持っていたお金ほとんど使ってませんから」
「それならいいけどよ。もし旅が延びるようだったら、手紙をくれよ」
「分りました。でも、旅が辛くて1月で戻ってくるかもしれませんよ」
「そうかなぁ?俺は小鬼が旅で想像出来ないような経験するよ気がするぜ。それに巻き込まれて、気がついたら、おじいちゃん?」
「脅かさないでくださいよ。どこかの昔話じゃないんだから。それにガゼット村とトーキンしか知らない田舎者なのにびっくりするような事は起きませんよ」
「おいおい、人生何が起こるかわからないぜ。それに田舎者だって?さっき自分の事をシティーボーイって言ったじゃねーか」
ガハハハと笑うと本を返してくれた。
「それで、いつ旅立つんだい?」
「明日の朝、師匠の家に寄ってから旅立つつもりです」
「ずいぶんと急だなぁ?」
「まごまごしてたら、決心が鈍るというか……こういうのは、勢いが大事かと」
「そうか、まあ、若いうちは色々と経験しないとな。それじゃあ、気をつけて行ってこいよ」
「はい、明日朝早いのでご挨拶出来ないかもしれませんが、今までありがとうございました」
「もう二度と会えねぇような挨拶はやめてくれよ。辛くなったらすぐに戻って来いよ」
ガゼットさんが右手を差し出した。
「はい、それじゃあー行ってきます」
ガゼットさんの鋭い爪の手を両手をぎゅっと握った。
心配しなくて大丈夫ですよ。半年なんてあっという間。何事もなく戻ってきます。
次の日の朝、着物と身の回りのものをリュックに詰め込み、師匠の家に行く。
なんと、師匠が家の前で待っていた。
「おはようございます。どうしたんですか、師匠?」
「家の中にいても、落ち着かなくてな」
そう言うと、着物の懐から手紙を差し出す。
「光之助師匠ヘ渡してくれ。『赤鬼が一生懸命、師匠の落語やらせていただいています』って伝えてくれよ」
「分りました」
「小鬼……お前がいつか旅に出るのはわかってた。でも、まさかこんなに早くとはな…寂しくなるぜ」
「何言ってるんですか?師匠師匠。半年もすれば戻ってきます」
「そうかなぁ?なんか俺は……お前がこのまま消えちまうような気がしてなぁ」
「やめてくださいよ。俺は落語家ですよ。シルバークラス目指すために必ず戻ってきますよ」
「……そうだったな、お前は落語家だ。どんな事があっても、それを忘れるんじゃねーぞ。大事な事はお客さんに笑ってもらう事だ」
「わかってます、師匠。そのために旅に出るんじゃないですか?」
「……歳をとると、つまらねぇ事を言ちまう。弟子の旅立ちだ、景気良く送り出してやろうじゃねーか」
そう言うと、帯に差し込んでいた拍子木を取り出した。両手で持つ
「それではヘブン亭小鬼の旅立ちを祝って一本締め」
両手を大きく広げた。
「小鬼がこの旅で、立派な落語家になれますように、よーーー」
カキーーーン
力強く拍子木が打ち鳴らされた。
「ありがとうございます」
俺は深々と師匠に頭を下げた。
「さぁ、早く行け。後ろを振り返るんじゃねーぞ」
「はい」
俺は慣れ親しんだトーキンから旅立った。
さあ、いよいよトーキン旅立ちました。
これからどうするのか?少し設定も考えたいと思います。
せっかく異世界小説だからね。ファンタジーっぽくしてもいいかな?
まぁとりあえず俺も夏休み取ります。
還暦過ぎると、この暑さ死んでしまいますよ