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高座覇気2

休み休みの投稿です。

秋田や山形ですごい豪雨。

本当に、この日本、いや世界はどうなっちゃうんだろうね?


まさか、ヤングにうっすら感づかれるとは思わなかった。

こいつ嫌な奴だけど、結構鋭いのね


「高座覇気」

場数を踏んで、経験を得た落語家が持つスキル。

しかし、歳を経ただけじゃ持つ事は出来ない。

高座の経験だけじゃない。


若い時の様々な経験

貧乏。女にモテない。客に受けない。先輩から馬鹿にされる。

そんな負の経験も確かに必要だが、それだけじゃだめだ。

世界を旅する。映画を沢山見る。本、漫画も小説も哲学書も、ありとあらゆる本を読む。いろいろな仕事を経験する。自転車で東京から北海道まで漕いでみる。

知識を増やし、何事も経験する。チャレンジ精神。これも必要だ。


仕事をくれる先輩にヨイショする。売れない仲間と酒を飲み愚痴をこぼす。人気落語家に媚びへつらう。落語家ならではの、そんな経験は、芸の足しにこれっぽっちもならない。

だって前世で、そんな事ばかりしていた大勢の落語家が、俺の目の前から脱落していった。


だから「高座覇気」を持っている落語家は少ない。

反対に「高座覇気」を持っている落語家は名人、人気者、売れっ子と呼ばれるようになる。

そして俺のように自分の作った新作落語で客を、落語の世界に引きずり込める「高座覇気」を持った落語家を天才と言う。

恥ずかしげもなく、自分で言っちゃったよ。

言うなれば「高座覇気スペシャルバージョン」

前世で邪道落語と言われ続け、戦って37年、俺だけが持つ特別スキル。

このスキルを「老人前座じじ太郎」に徐々に使ったの。


ヤングファンのアウェイの客が気づかぬよう、少しずつ自分の世界に引きずり込んだ。

きっと見ていた客は「若造の生意気なブロンズクラス」から、だんだんと「安心して見てられるシルバークラス」 そして、話に身を委ねても構わない「ゴールドクラス」の落語家に思えてきただろう。

でも言っておくけど、俺の持つ「高座覇気」を100%使ったわけじゃない。せいぜい30%と言うところか?


俺が着替え終わると、パラミさんが大きな角を振りながら、楽屋に入ってきた。

「みんなアンケート結果が出たわよ」

興味津々に出演者がパラミさんの前に集まる。


「みんなも知っていると思うけど、お客さんに「今日よかった落語家の名前を二名書いてください」

ってアンケートをとってるの。そうしないと、自分が贔屓の落語家さんの名前しか書かないでしょ」

なるほどね。

とりあえず自分の贔屓の名前を書いて、もう1人は本当に面白かった落語家の名前を書く。

そうじゃなければ、今日はヤングとおこん姉さんのファンがどちらが多いかで決まってしまう。


パラミさんが分厚い紙の束を抱えて、右手に持ったメモ帳を見る。

「それじゃあ、お客さんのアンケート結果、第4位………デビ助君」

ガック!

デビ助の細い首が前に折れる。

「でも『難しい話に挑戦して偉い』ってアンケートに書いてあったわよ」

「ありがとうございます……そんな慰めが今は嬉しいです」

そう言うと、ポケットの中に隠した酒の小瓶を取り出し飲もうとする。

「楽屋では飲酒禁止って言ったでしょ」

「すいません」

おとなしく、またポケットに入れようとした右手がぷるぷる震えている。

デビ助アル中確定?


「アンケート結果第3位。おこんちゃん」

やっぱりと言う顔でおこん姉さんは微笑んだ。

「もっとこれから勉強します」

「偉いわよ、まだ若いんだから、これから。でも、おこんちゃんファンが何人も、アンケートの最初に『おこん最高!』「おこん命!』って書いてたわよ」

「やだ、恥ずかしい」

両手を頬に当てて、イヤイヤするおこん姉さん。

さすが「親父転がし」のスキルを持つだけの事はある。


「それじゃ、アンケート結果、第2位………」

楽屋に嫌な緊張が走る。

デビ助とおこんが俺を見る。


「………小鬼君」

一気に楽屋の緊張がほぐれた。

デビ助もおこんも「ホッ」と息を吐く。

「ありがとうございます」

俺がペコリと頭を下げた。

「すごいじゃない、ブロンズクラスになったばかりだと言うのに」

パラミさんが紙の束で俺の胸をドンと叩く。

「アンケートにも書いてあったわ。『初めて新作落語面白いと思った』ってさ。

よかったじゃない」


「って言う事は、俺が優勝って事でいいんだよね?」

ヤングがすかさず口を挟む。

そして、細い目をいっそう細くして、満面の笑顔。

腕を組んで腹を突き出している。

お前はどこぞの独裁者か?


「優勝じゃなくて第一位ね」

「第一位って優勝じゃないですか、パラミさん。意地悪だなぁ」

どこが意地悪なんだよ?しかし、ヤング嬉しそうだね

「やっぱりお客はちゃんと見てるんですよ。いくら受けたって、所詮新作落語は邪道ですから」

あー、懐かしい。前世でよく聞いた言葉。


「さぁ、俺の優勝を祝って打ち上げに行くぞ」

ヤングがさも当然と、楽屋で大きな声を張り上げた。

「「兄さん、ごちそうさまです」」

デビ助とおこんが声を合わせて礼を言う。

「パラミさんも、もちろん行きますよね」

「そうね、でも明日もあるからちょっとだけね」

如才なく笑うパラミさんはやっぱり大人だね。


「お前はどうすんだよ」

満面の笑顔だが、目が笑ってない。細い目の奥が不気味に光る。

ヤング怖いよ。さすが、悪魔族。

「すいません、僕まだ仕事があるんで」

「おいおい、夜9時過ぎだぜ。何の仕事があるんだよ」

ヤングがしつこく聞いてくる


「僕、満腹亭と言う居酒屋さんに居候をしてるんで、後片付けの仕事があるんです」

ガゼットさん、すいません。言い訳に使わせていただきました。

「ブロンズクラスのくせに、まだアルバイトしてんのか」

「なったばかりで全然仕事がないんです。部屋代も払えないんで、その代わりに」

嘘がペラペラ口を継ぐ。そりゃゼロから話作るんだから、こんな事朝飯前。

「お前なぁ、そんな事じゃ一人前になれねえよ」

ヤングが先輩ずらして、小言をいい始めた。


ああ、前世にもいたよなぁ、大して売れてないくせに、偉そうに

「落語家っていうのはこういうもんだ…」

って小言、言う奴。

結局、そんな奴らは、50歳を超える頃には、売れてきた後輩に抜かれ、落語家の墓場に消えていく。


俺の経験で言えば、本当に売れている人、名人と呼ばれる人は、決して後輩に小言を言ったり、辛く当たったりはしない。

「兄ちゃん、面白いね」

そう言って、褒めてくれるだけ。

なぜなら、落語界のトップにいる人たちは、小言を言ったり、厳しく教えても無駄だと言う事を知っている。

他人から何か言われて気づくようじゃダメなんだ。

自分で悪戦苦闘して、七転八倒して這い上がる。信じられるのは、自分の力のみ。


「小鬼、俺の優勝祝えないってのかよ?」

自分の小言に興奮してきたのか、ヤングの丸顔がだんだん赤く染まって大きくなってきた。

おいおい、ヤングだけに「ビックだよ」って言うんじゃねーだろうな?


あ、このギャグみんなわからないか?

前世で子供の頃、ペヤングソース焼きそばのCMがテレビで流れていた。

見た事もない顔の大きなおじさんが、ペヤングソース焼きそばを持って

「ビックだよ」と言うのである。

田舎でそれを見ていた俺が(誰だろう?このねじり鉢巻のおじさんは?)

ずっと謎だった。

そして、落語家になり、楽屋の前座で働くうちに、このおじさんとご対面。

なんと顔の大きなおじさんは、落語家で桂小益(こます)

後の9代目、桂文楽師匠である。

最初の頃は、

「鬼助、汚い格好で楽屋に来るんじゃね」

「わけのわからねぇ、新作なんてやめちまえ」

ずいぶんと小言を言われた。

でも、晩年、人間が丸くなったのか優しくなって

「鬼切師匠は面白いね」

「俺の師匠(昭和の名人8代目桂文楽)は、昔、こんな逸話があってな」

なんて貴重なお宝話をいくつも嬉しそうに教えてくれた。

おっといけない。また話が脱線。


「小鬼、どうなんだよ、打ち上げに来ないのかよ」

俺の鼻先に顔を近づけて脅すヤング

こいつの息が俺にかかる。

(あれ、ペパーミントみたいな香り)

こいつ、悪魔のくせに、お口のエチケットは守ってるのね!

ちょっと意外。

「どうすんだよ?」

はあー行くわけないだろ。行く前からこんな険悪なムードで、行ったら、どんなひどい目に合うか。

もうめんどくさい。「すいません」と言って楽屋飛び出しちゃえ!


「いい加減にしなさい、ヤング」

パラミさんが2人の間に割り込む。

「小鬼君まだ仕事があるって言ってるじゃない?打ち上げは強制参加じゃないのよ」

そう言って、2人を引き離す。

「さぁ、小鬼君、早く行きなさい。まだ仕事があるんでしょ」

俺の顔を見て、パチっとウィンク。

パラミさん、惚れてしまうやないか。

「ありがとうございます、それじゃあ、お先に失礼します」

この機を逃さないように、カバンを持つと、さっさと楽屋口から飛び出した。


「あんな邪道野郎がいないほうが楽しく飲めるぜ」

悪魔の声が聞こえたが、俺は気にしない。

(ヤングちゃん、そんなに俺の事気になったかい?でも無理無理、あんたごときじゃ俺の遊び相手にさえなれねーぜ)

気持ち良い夜風を浴びながら、俺は、満腹亭に向かって歩き出した。

早く話を進めなきゃと思うんだけど

ついつい余計な逸話を挟んじゃうよ

暑すぎて、クーラーの調子が悪くなった

クーラー壊れたら死んじゃいますよ

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