高座覇気
毎日暑すぎる。
仕事もある
なので夏はちょっと投稿間隔空きます。
でも辞めないからね。
ああ、まだ7月だよ
楽屋に戻ると目を見開いたヤングが茫然と立っていた。
おこんはその後ろでオドオド不安そうに俺を見ている。
お囃子部屋ではデビ助が追い出し太鼓を一緒懸命叩いている。
俺の次に芸歴が浅いから仕方ないね。
「お先に勉強させて頂きました」
畳に正座して頭を下げる。
誰も何も言わない。
立ち上がって楽屋の隅で着物を脱ぐ。
ゴザを引いて自分で着物を畳んでいると
「おい、お前なんであんなに慣れてるんだ?」
ヤングがぶっきらぼうに聞いて来た?
「慣れてるってなんですか?」
「お前未だ若いだろう?それなのに何で高座に慣れてるんだよ?ベテランみたいによ」
「ええ、そんな事言われても…夢中でやっただけですから」
「…マジか?俺の見当違いかよ?」
ヤングちゃん、見当違いじゃないよ。
さすが、ブロンズクラスの名人、よくわかったね。
落語と言うのは、いくら才能があっても名人になれない。
様々な高座に上がり、経験を重ねなくてはいけない。
前にもちょっと言ったが、前世の漫才は20代、30代で売れっ子になる。
それはテレビに出ると言う事が前提になる。
M1で優勝したら、あっという間に人気者。
これもテレビの力だ。
M1優勝の看板があれば漫才をやらなくても、ひな壇芸人になり、旅レポをして、MCになり、自分の名前を冠とした番組を持つ。
そうなれば、若くして大金を稼ぎ、女優と結婚して、勝ち組人生。
落語家も笑点のメンバーになれば、全国区となり、地方の落語会で大金を稼ぎ、勝ち組人生を送る事が出来る。
地方の落語会に行けばわかるが、笑点以外の落語家で客が知っているのは人間国宝位だよ
今じゃ、人間国宝も知らないお客さんがたくさんいる。
そもそも、前世、俺が地球で生きていた時代、テレビに出られない落語家ばかり。
東京だけで真打400人以上いるのよ。
それなのにみんなが知っている東京の落語家って誰?
笑点のメンバーに志の輔師匠、立川志らく兄貴位でしょ、東京の有名人落語家って。
後はダメな子、三平ちゃん?
それに例え、テレビに出たとしても「日本の話芸」「落語研究会」
これ、視聴率何%だよ。
見る人間なんて落語マニア爺いか、大学の落研ばかり。
「あー今日も仕事疲れた。ビールでも飲みながら「日本の話芸」見て笑うか」
そんな奴はいないよ。
そもそも、日本の話芸で客が爆笑しているの見た事がないだろう。
俺は若い頃、「日本の話芸」の収録落語会に出た事が何度もあるが、あそこの客は会員制で、頑固な古典落語鑑賞爺いばかり。
古典落語でもピクリとも笑わないよ。
どうせ、俺は新作落語で「日本の話芸」には出れないから、絶対NHKで放送出来ない危ない事言って受けたものだ。
俺の新作じゃ笑うんだよ。
客もいくら笑っても「こいつはテレビに出ないから」なんて思ってリラックスしてるんだよ。
うう、俺も生きているうちに一度位出せよ!
死んだ今じゃ負け犬の遠吠えだけどね。
話が飛び飛びでごめんね!
1つ悔しい事思い出すと、次から次へと思い出しちゃってさ。
話を戻すと
テレビに出なくても、笑点のメンバーじゃないけど、大金を稼ぐ落語家はいる。
寄席や自分の独演会で客を呼び、人気者になる。
落語の世界は狭い。
日本で1番落語ファンが多い東京でも、寄席や都内落語会に足を運ぶ熱心なファンは5000人位だと言われている。
福山雅治が1人で横浜アリーナに12,000人ファンを集める事を思えば、なんと小さな規模なんでしょう。
だから今誰が面白いか、お金を払って聴く価値があるのか、あっという間に噂が広がる。
スマホ全盛時代はその速度は光回線並みに早い。
また話が変わるが
東京には都内の落語会や地方の落語会を企画している会社が沢山ある。
例えば、地方で落語会を企画する。
会社だから儲けたい。そのためには原価を安くして儲けを大きくしたい。
地方だから、全国区の笑点のメンバーを使いたい。
お客さんも沢山来る。
ところが、笑点のメンバーは、ギャラが高い。
出演する落語家3人を笑点メンバーにしたいが、予算オーバーするので、1人だけ違う落語家を加える。
でも、その落語家さんが、笑点メンバーよりも、つまらなかったらすぐに評判が落ちる。
地方では文化施設が予算を組んで、お金を出すから
「あの○○企画はお客さんの評判がいまいちだったから、来年は✖️✖️企画にしましょう」
そうなったら大変だ。
だから、笑点メンバーよりも、知られてなくても確実に地方でも受ける落語家を常に探しているのだ。
地方で受けるためには、東京で絶対受けなきゃいけない。
だから、そんな実力のある新しい落語家を、企画会社は欲している。
世間的に知られてなけりゃ、ギャラも安くて済むからさ。
そして選ばれたら様々な高座に対応しなくちゃいけない。
自分の事を全く知らないアウェイのお客さんに認めてもらうにはどうしたらいいのか?
落語を知らない地方のお客さんに落語で笑ってもらうにはどうしたらいいのか?
俺なんて「そもそも落語は古典落語」だと思っている地方のお客さんに自分の新作落語をぶつけるわけだから、その大変さは、古典落語家の3倍以上だ。
寄席なら「受けなくても明日があるさ」となるが、地方の落語会で1席で100,000円もらえる仕事に失敗したら、二度と声がかからない。
その恐怖と戦いながら「地方のお客さんにも自分が作った落語で笑ってもらいたい」
と考えて、試して改良して、でも失敗して受けなくて。
それでも諦めずに、またどん底から這い上がり、地方の落語会に呼ばれるようになる。
そのためには、長い年月がいる。
地方の落語会だけじゃない。都内の落語会、こっちの方が激戦区。
東京かわら版と言う雑誌がある。
東京近郊で行われる落語会の情報が網羅されている。
ページを開けば、見た事も聞いた事もない落語家が毎日これでもかと会をやっている。
そんな小さな落語会じゃなく、さっきも言った、落語を企画して儲けようとしている会社が、都内の大きな会場で落語会を開く。
そのためには、東京近郊の落語ファンが来てくれるメンバーを揃えなくてはいけない。
すると、不思議な事に、笑点のメンバーは入らない。
ギャラが高いと言うだけじゃなく、目の肥えた東京の落語ファンは、芸で見極める。
俺が死ぬ前は、そんな都内の大きな落語会に出る落語家は、大体20人ぐらい。
落語家トップ20だ。
その中のメンバーが入れ替わり立ち代わり出演する。
そして、都内で独演会、たった1人で300人の会場を満席に出来る落語家は10人位。
そのトップ10に入れば、テレビに出ていなくても、大金を稼ぐ事が出来る。
そうなると、青色申告じゃ追いつかず、会社を作って法人化する。
しかし、そこまでになるには、自分の芸を磨き、寄席のトリでお客さんを集め、独演会で大きな会場を満席にする。
ここでワンポイントアドバイス
昔は落語家と言えば、お客さん付き合い。
お旦と呼ばれる贔屓客がいて
「何?今度寄席のトリを取る?ワシに任せとけ、チケット1000枚買ってやるわ」
そんなありがたいお客さんがいたそうだ。
そのためには、そんなお旦をヨイショしたりゴルフに付き合ったり、つけ届けをしたりしたそうだ。
今でも、寄席のトリや独演会を開くとき
「是非、来てください。待ってます」
ハガキやメールで客や知り合いにお願いする落語家も沢山いる。
俺はそんな事は邪道だと思っている。
芸が良ければ、客は来るし、悪ければ来ない。
お願いして来てもらう?客に付き合う?ヨイショする?
そんな暇があったら、自分の芸を磨け!
落語家は高座が全て。
まぁ、そんな生意気な考えだったから、2つ目の頃は、全く仕事がなく、線路脇の雑草食べる超極貧生活が20年も続いたんだけどね
まぁ、いろいろ脱線しちゃったけど、俺が言いたかったのは
そんな山あり谷ありの長い落語家経験があって、お客さんを納得させる高座が出来るようになる
だから、落語家として、1人前になるのは50歳以上だ。
昭和の名人、三遊亭円生師匠が売れたのは60歳からだと言われている。
古今亭志ん生師匠もそう。若い時は、酒や博打で身を崩し全く売れなかった貧乏暮らし。歳をとってから名人と呼ばれるようになった。
いくら才能があっても、若ければ落語で客を納得させる事は出来ない。
大爆笑をとっても「しみじみと落語っていいなぁ」と思わせる事は出来ない。
落語家が落語に出て来るのはまだまだ。一流の落語家の話す落語は映画のようにキャラクターだけが立ち上がる。話している落語本人は消えるのだ。
客を納得させる力、これが歳を経た落語家しか持たないスキル「高座覇気」だ。
それをまだ20そこそこの俺が、見せたからヤングが驚いたのさ。
「なんでお前、そんなに高座に慣れているんだ?」
またまたいろいろ書いていたら、思い出して
余計なこと書いちゃいました。
次回からは、さくっと進めたいと思っているけど
この暑さで頭が回りません。
本来の仕事も、何かと立て込んで。
浅草はこんなに暑いのに、インバウンドも外国人がたくさんいらっしゃいます。