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老人前座じじ太郎その2

1日おいての投稿です。

明日からちょっと地方に行くので、投稿は無理ですよ

3日後位に投稿できたらいいなぁ

さあ、老人前座じじ太郎の後半突入!


「プルルル」

「お、木戸から電話だ。はい、楽屋……開演ね、わかりました」

ガチャン(電話を置く)

「じじ太郎、開口一番だ」

「はじめての高座、ドキドキ」

「アイアンクラスは持ち時間10分だ。マクラを振って、落語だぞ」

「マクラって?」

「最近あった身近な面白い話だよ。それで軽く10分、何が出来る?」

「うーーん、シド浜…」


客の弾ける笑い。うねり昇るオーラ。

シド浜とは前世の芝浜、有名な人情話で最低でも30分かかる。その事を落語マニアのお客さんは皆知っているから、でかい笑いになる。


「何で開口一番で人情噺なんだよ、ダメに決まっているだろう。しょうがねぇなぁ。俺が今短い小話を教えてやるよ」

「おお、三返(さんべん)稽古ですか?よろしくお願いします」

三返稽古とは昔の落語の稽古のやり方で、師匠が3回同じ話を繰り返し、弟子がその3回で落語を覚えるなければいけない。

江戸時代はICレコーダーも、録音デッキもないから、こんなシビアのやり方で落語を覚えていたそうだ。


俺がいた平成の時代は、もちろんICレコーダーで録音して、ノートに書き起こして稽古したそうだ。

ちなみに、俺は誰からも落語を習った事がないので、そんな事はした事ないけどね。


「それじゃあよく聞いてろよ」

「はい、お願いします」

「世界で1番短い天国の小話…………あのよー」

「??今の噺にどこに人情が?」

「あるわけないだろ。天国だからあの世、あのよーーー」

「ーーーくだらない」

「文句言わずにやるんだよ」


 さぁ、開演のベルが鳴り、太鼓の音がドンドン、緞帳が開きます。

まだ始まったばかりですから、ビルド亭の客席には、落語マニアのおじさんたちが5、6人。

「また最初は前座か、聞かなくてもいいや」

「最近の前座は大学の落研が多いから、やけに流暢なんだよ」

鼻が詰まったようなキザな喋り方で

「『するってーと、何かい、お前さん』ってかっこつけるんじゃないよ」

「どうせ若造が出てくるんだ。みんな寝ていよー」

お客さんは誰も期待しておりません。


「さあ、初めての高座がんばるぞ!」

扇子を杖がわりに、腰を曲げてヨタヨタ高座を歩くじじ太郎。

「皆さんーーーいらっしゃい」

この仕草で、敏感な客はクスクス笑い出す。


「おい、すげえ爺が出てきたぜ」

「あんなじいさんがアイアンクラスにいるのか?」


その時でございます。客席にいた友達のゴリさんが

「おお、出てきたぞ、ゲジさんが。よし、応援しないとな」

両手を口に当て、大きな声で

「待ってました!コリン街4丁目2ー23 ヒマワリ荘302号室!!」

「おい、客席から声上がったぜ」

「でも個人情報だだ抜けたよ」


ドカーーン。笑い爆弾爆発!

ふくれ上がった、客席のオーラが赤く染まっていく。

笑いの質が上がった。


「でも声かけられるって事は、シルバークラスじゃないのか?」

「いや、だって開口一番だぜ。普通はアイクラスだろ?」

「きっと次の仕事が急ぐから、順番変わってもらったんだよ。それに着物見てみな、黒紋付きじゃねーか?アイアンクラスが黒紋付き着るわけないだろう?」

「それじゃあ、シルバークラスの名人?」

「そうだよ、今シルバークラス650人もいるんだから、俺たちの知らない名人がいたって不思議じゃない」

「開口一番で名人見られるなんて、俺たちはついてるぜ」

「よし、俺たちも掛け声かけてやろう」

「待ってました。名人」

「名人たっぷり」

「わしの事を名人だと………うれしいなあ。それじゃあたっぷり『シド浜』でも」

ドドドーーン 爆笑の渦が客席を吹き上げる!

客席のオーラが真っ赤に染まった。


「馬鹿野郎、早くマクラを振って小話をやれ!」

「はいはい、わかりましたよ。そば吉さん」

きちんと正座し直して、1つ間をおいて客を見渡す。

「お、名人が話に入るぜ、何やるんだろうなぁ」

「やっぱり、最初だから滑稽話じゃねーか?」

「軽く笑わせてくれるんだろうなぁ」

客が期待を膨らませるセリフを挟む。


しんみりした口調で、じじ太郎が喋りだす。

「実は私10年前に婆さんに先立たれてしまいまして、寂しい毎日でした。

それで3年前にカラオケ教室に通うようになりまして、そこで知り合ったクルルさんと言う天使族の綺麗なおばあさんがいまして、何かと私に親切にしてくれる。

『なんでですか?』と聞いたら『私は甘えん坊だから年上の人が好き』

なんて事言うんですよ。

それからお付き合いして、今一緒に暮らしているんですけどね……。

やはり、けじめをつけなきゃいけないと思いまして『結婚しようか』と言ったら

『もうこんな歳だから恥ずかしい。でもあなたが死んだ後心配だから、この書類にサインしてほしい』

お役所からもらってきた公正証書遺言と言う書類なんですけど、まぁ年寄りにはよく解りません。

でも、クルルさんが『最後の頼みだから』と言うので、サインして右手の親指で判を押したら、とても喜んでくれてね。

それから一段と優しくなって

『この薬はとても体に良い薬だから、あなたに飲んでもらいたいの』

なんてニッコリ笑って頼むものですから喜んで飲むんですけど………

その薬を飲むとね、心臓がきゅーっと苦しくなって、頭がぼーっとしてきて……。

死んだ婆さんが夢に出てくるんですよ『あなた、まだこっちに来ちゃだめですよって』……婆さんのやつ、焼もち焼いてるんですよ、ハハハ」

「……おいおい、リアルな怪談話が始まったぜ」

ズズズーン、客席が震える。

赤く染まったオーラが、竜巻のように、ビルド亭の天井に吹き上がる。

一人一人の客の笑いが、全部まとまると、地鳴りのような衝撃となるのだ。

でも、俺は慌てない。まだまだこの先があるのを知っている。

前世の寄席で(客席が震えるほどの笑いに包まれる)なんて事は日常茶飯事。

普通に古典落語をやっている連中には、絶対経験出来ないような事を俺は何度も…いや、何百回も経験している、



「おい、じじ太郎、その女は財産目当てだ」

「殺されちゃうぞ、じじ太郎!」

騒ぎ立てる客を横目に、しみじみと話す。

「お客さん、そんな事わかっているんですよ。でもね、実のせがれは正月にも帰ってこない。二言目には、死んだ後の遺産がどうだとか、お金をいくら貯めているとか、そんな事しか聞いてこねぇ」


ここで扇子をキセルに見立てて、膝の上に置いた手ぬぐいの隙間におもろに突っ込む。キセルにタバコの葉を詰める仕草をもったいつけるようにゆっくりと。


「お客さん、そんなせがれよりも、嘘でもこんなじじいを愛してくれると言ってくれた女に金をやりてえと思うのが…………」

震える手で着せるお口に持っていき、ゆっくり吸ってゆっくり吐き出す。

そして、威勢良く、左手の平に叩きつける。

パシッー!

「………男ってもんじゃねぇですかね?」

「いい人情噺が始まったぜ」


さっきの笑いよりも、もっとでかい笑いの爆発!

客席に満ちていた。赤いオーラが、黄色く輝いた。

「腹の底から笑う」客、「涙を流して笑う」客、今まで経験した事のない笑いで

客席は幸せオーラに包まれた。

なぜ異世界で俺の新作落語がこんなに受けたのか?

ちょっと説明しよう。


前世で分かった事。

古典落語をありがたがっていた、じいさん連中だって、江戸時代に生きていたわけじゃない。

昭和生まれだから、江戸時代を身近に感じていただけだ。

そもそも、江戸時代に作られた古典落語は、江戸時代生きていた人々にとっての新作落語。そう、リアルな落語なんだ。


平成の終わりから、令和になって、そんな江戸の風を感じる客も少なくなった。

ぶっちゃけて言えば、古典落語至上主義のじいさんたちがいなくなったからだ。

昭和の名人と言われた師匠たちが死ねば客も死んでいく。

そして、新しい名人が生まれれば、新しい客も生まれるんだよ。


その新しい客は、別に江戸の風を感じようなんて思っちゃいない。

笑いたくて、寄席に来るんだ。

でも、寄席に出ている落語家は、いまだに古臭い古典落語にしがみついている。

それじゃあ、笑いたくても笑えない。

でも、新作は、時代にリアルな話を作る。客にとって身近な話。

遺産相続、詐欺メール、婚活詐欺、円高物価高、老老介護…。

そりゃ笑の量が違うのは当たり前。


でもね、ここで一言言っておこう。

それじゃあ、古典落語はダメなのか?って言うのとは違うんだよ。。

そもそも、落語と言うのは「人間の業の肯定」

有名な立川談志師匠の名言。

業とは、男なら女にモテたい。金を稼ぎたい。みんなから立派なと言われた。それも努力しないで楽して望みを叶えたい。

みんなだってあるだろ?

「宝くじが当たればいいなぁ」

「美人姉妹の家に居候出来たらいいなぁ」

「実は、俺の本当の親は、日本有数の財閥の主人だった」

「異世界に転生して、美女に囲まれるハーレムみたいな人生送りたい」

ネットの漫画や小説でいくらでもある。


そんな誰もが、心の底に持ついやらしい欲望。それが人間の業だ。

時代が変わっても変わらない人間の1つの真実。

その業を面白おかしく、また悲しく表現するのが落語さ。

だから、令和の時代でも、そんな人間の業を表現する古典落語の素晴らしい名人たちがいた。

でも、そんな落語の本筋を追求するのではなく、ただ教わった通りの古臭いギャグを伝統だとそのままやったり、現代のくすぐりを言って笑いを取ったり、そんな小手先の芸をやっているからダメなんだよ。


今の時代を敏感に、感じ取り0から、落語を作り上げる新作落語に勝てないのは当たり前。

俺が死ぬ間際、今まで古典落語をやっていた若手が新作落語をやり始めた。

3軒の都内の寄席で同時にトリを3人の新作落語家が取るなんて、昭和の時代では信じられないような事も起こっていた。


その流れが、この異世界でも起こり始めている。

いや、俺が転生してきたからなのか?

それとも神様が何か仕組んでいるのか?


古典落語全盛期の異世界で、俺の出現によって、勢い良く落語界の変化の歯車が回り出した事を感じる。

「老人前座じじ太郎」が前世と同じ位、いや、それ以上受けたのは、これからより大きな変化、いや革命?いやもっと大変な、この異世界の存続に関わる大事件に俺は巻き込まれるんじゃないのか?

おいおい、たかが落語家、まさか勇者になって魔王と戦うわけじゃないよね。


(ホホホ、小鬼は感が鋭いのぉーー)

あれ?神様の声が聞こえたような?


とにかく「老人前座じじ太郎」を終えた俺は耳をつんざくような拍手を浴びて高座を下りた。

さて、久しぶりに神様の声が聞こえたね

まだ俺もこの先どうしようか漠然と考えている事はあるけど

せっかく異世界の落語物語だから、はっちゃけたいね

しかし、そこまでまだまだ遠いよ

気長にお付き合いください

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