オーラの研究
落語家の名前が設定と間違ったので訂正したよ。
連日投稿。
今日はすごい雨だね。
こんな雨の中、仕事行くの嫌だなぁ。
楽屋に戻って来ると
「お先に勉強させていただきました」
深々と頭を下げる。
ピチピチ師匠が肉で盛り上がった。細い目をいっそう細めて
「本当に勉強になったよ、小鬼師匠」
ブロンズクラスのオレを師匠と呼ぶなんて毒舌が止まらないね。
「いや、たいしたもんだよ」
珍しくまじな声で、俺の耳元でささやいた。
「えっ?」
思わず顔を上げ、パンパンに膨れたピチピチ師匠の顔を見上げる。
そんな俺の事を無視して
「それじゃあ、お先に勉強させていただきまーす」
楽屋にペコリと、頭を下げて高座に上がっていった。
キュウリン師匠は何も言わず、次の出番に備え、ネタ帳を睨んでいる。
でも、背中から
(ブロンズクラスの成り立てが、ふざけた事しやがって)
怒りのオーラがにじみ出ている。
なので、それ以上余計な事は何も言わず、羽織だけノンタンに渡す。
「ちょっと一休みするよ」
高座の裏の前座部屋に向かった。
「ふーーー」
息を吐いて丸椅子に座り、今の自分の高座を思い出す。
オーラの動き、色の変化。初めて見る現象。
「兄さん、お疲れ様でした」
イワシが小さなテーブルの上にお茶を置く。
「初めて兄さんの、新作聞きましたけど、めちゃくちゃ面白いですね」
「お世辞はいいよ」
お茶を1口飲む。うまい。やはり緊張していたのか、喉がカラカラ。
「いや、お世辞じゃありませんよ。あんな新作、いつ作ったんですか?」
イワシが興味津々食いついてきた。
「早く楽屋戻りな」
いつの間にか、イワシの後ろにネギミ姉さんが立っていた。
「す、すいません」
びっくりして、急いで立ち去る。
ネギミが空いている丸椅子に座ると
「あんな新作、いつ作ったんだい」
イワシと同じ事を言う。
「いつって、暇なときに作りました」
「そうかい、赤鬼師匠の所は楽だから、時間はたっぷりあるんだね」
確かに、俺は師匠の所に行くのは午前中だけ。寄席が終われば、後はフリーの時間。新作落語作り放題。
でも、ネギミがいるベジ家は、修行が厳しいので、寄席が終わっても、師匠の家に戻り、あれこれ用事をこなす。アパートに帰れば、後は寝るだけ。次の日も早朝から師匠の家に行かなくてはならない。自由な時間なんてほとんどない。
だから皮肉を込めて、「時間はたっぷりあるんだね」と言ったのだ。
「でもさぁ、初めて高座にかけたんだろう?それなのにあんなに受けるなんて。
シルバークラスだってあれほど受けないよ」
ネギミちゃん、ごめんなさい。あのネタは初めて高座にかけたんじゃありません。
前世で2つ目の頃に作り、それから長年、寄席で100回以上かけて磨き上げたものです。
もっと言えば、やはり初めての異世界ブロンズ高座だったから、様子見で力を抑えてやってみました。
ドラゴンボールのフリーザ様の第一形態て所かな?
「たまたま受けただけですよ」
ここはおとなしく、偶然を装おう。
それよりも、今ネギミと2人きり。以前から気になっていた事を聞いてみよう。
「姉さん、今、魔力ってどの位あるんですか?」
ネギミが驚いた顔をして俺を見る。
「なんでそんな事を知りたいんだ?」
「いや、僕、人のギルドカード見た事がないんで、普通はどの位か知りたいんです」
すいません、以前シナモン先生のギルドカード見た事はあります。
「普通は教えないけど、あんな面白い新作落語聞かせてもらったお礼だよ。誰にも言うんじゃないよ。私の魔力は13だよ」
「さすがですね、僕よりも3つも多い」
「そりゃ先輩だから、当たり前だよ」
ちょっと得意そうに胸をそらせた。ネギミちゃんの小さな胸にドキドキ。
よし、ここは自分の手をさらして聞いてみよう。
「僕、落語技術レベル2しかないんですけど、姉さんはどの位ですか?」
すると、ネギミが憐れむような顔をして
「何だい、それっぽっちしかないのかい?私は落語技術レベル12だよ」
ひえーー!俺の6倍。さすが仕草にうるさいベジ家一門。
「姉さん、ブロンズクラスになって新しいスキル何か手に入れましたか?」
「お前よくわかるね」
え、ただのヨイショで言っただけなのに、手に入れたの?
「やっぱり古典落語は男の世界だから、女がやるには少し変えなくちゃいけないと思ってさ、いろいろ試行錯誤してやるんだけど、そしたらスキルに『落語演出Lv1』って出たんだよ」
「落語演出」?なるほど、習った通りにやるんじゃなくて、自分に合わせて古典落語を演出する。そんなスキルがあったのか?
「へえー、すごいですね。僕なんて、あと持ってるスキルは『高座度胸』位ですよ」
「ああ、『高座度胸』は、開口一番1年やってれば、みんなもらえるよ。でも知ってるかい?『高座度胸』がレベル10になると『高座共有』にランクアップするの?」
なんですか、その「高座共有」って?
「私もまだ『高座度胸』レベル4だから、わからないんだけど、キュウリン師匠が言うには「客席と高座が一緒になる」って言うんだけど、どういう事だろうね?」
なるほど、前世の経験がある俺には思い当たる節がある。
「高座度胸」は落語家だけのスキル。
高座を何度も経験し、だんだんと大きな舞台を踏む事によって、緊張せずに落語をやる事が出来るスキルだ。
俺が前世で2つ目30歳の頃、まだ200人のお客さんで、あたふたしていた。そんな時、新宿厚生年金会館で1000人のお客さんの前で上がったときに、目の前が真っ白になり、何をしゃべったかわからなかった。
しかし、だんだんと場数を踏み、大きな会場で何度もやるようになった。
50歳になると、緊張する事もなく、自分の落語やる事が出来た。
これがいわゆる異世界で言う「高座度胸」
そして、その自分の落語をしっかりとお客さんに伝え、自分の作った世界をお客さんと共有する。これが多分「高座共有」だろう。
俺の経験では、「落語共有」が出来れば寄席のトリが取れる。
そうだ、言い忘れていたが、俺が前世で所属していた東京落語連合は、都内4軒の寄席に出る事が出来たが、その寄席で真打のお披露目後でトリを取れるのは3分の1もいないだろう。
残りの3分の2の真打は一生寄席のトリを取れずに死んで行く。
だから、最近言われているのは「真打お披露目バブル」
真打のお披露目で、初めて寄席のトリを取り、披露目が終わればトリも取れない、寄席にも出られない、そんな落語家が沢山生まれた。
「そんな、真打になって寄席にも出られるない落語家なんているの?」
と思うあなた、それがいるんです。
それじゃあ、実例を1人あげましょう。
鬼勝には5人弟子がいる。俺は2番目の弟子だ。
5番目の弟子が鬼笑亭鬼たん、なんと42歳で弟子入りしてきたおじさん。
師匠が言うには
「あのおじさん、今まで何もやってもうまくいかず、死のうと思っていたんだとさ。
でも、たまたまテレビで俺の新作落語を見て、落語家になってみようと思ったそうだ。弟子入りに来たとき、すがるような目つきで、俺を見て『助けてください』って言いやがった。俺が弟子入り認めなきゃ、死ぬかもしれねぇ。そうなると、目覚めが悪いだろう。捨て犬を拾ったと思えばいいんだ」
それから鬼たんが弟子になり、年功序列で59歳で真打になった。
その時は「最年長真打ち」と少しマスコミを賑わしたが、真打のお披露目が終われば、全く寄席に呼ばれる事はなくなった。
一度、俺が鬼たんを呼び出して
「もっと頑張らなくちゃだめじゃないか。お前は何が苦手なんだ?」
そう聞くと鬼たんが、困った顔をしながら
「人前で話す事が苦手です」
おい、おい、そんな奴が落語家になるなよ。
そして鬼勝が死んでからは、音信が途絶えた。
確か今年62歳。噂では秋田に住んでいる妹を頼って帰ったとか、いまだにコンビニで働きながら東京に住んでいる。
いやいや、タイにわたって、ハポン街でクラブ「園」と言う店の店長をしている。
様々な噂があるが、実際長年会ってない。
幻の落語家。
「おーーい、鬼たん、生きているなら連絡くれ」
おっとまた話がそれてしまった。
まあ、こいつほどじゃないが、寄席に出られない、落語の仕事がない真打がコンビニで働いたり、道路工事のアルバイトをしたりで生きている。
もしくは、カミさんが働いて養ってもらっている。案外、こんな落語家も多い。
「落語家はヤクザな商売」と言われるのはこういう由縁。
だから、寄席のトリを取る事が出来ると言うのは、大変な事なんだ。
そのトリを取るために、必要なスキルが「高座共有」
ああ、その事を言いたいために、前世の余計な事を思い出しちまった。
そうか。まだまだ俺の知らないスキルがあったんだなぁ。
思いつくままに、書いていたら余計な事まで書いちゃいました。
しかし、どんな仕事も大変だよね。
俺も笑点のメンバーになりたいなぁ。
それは無理か?ハハハ!




