ブロンズクラス昇進
連日投稿。
今日も仕事がありません。
この人大丈夫かしら?
でも、今日は本当に暑かった!
新しく入ったピカイチが楽屋に慣れた半年後。
俺はブロンズクラスに昇進した。
昇進する当日の朝、落語ギルドに呼ばれ、エリックさんから
「シルバークラスじゃないから確認しなくてもいいんだけど、ブロンズクラスに上がった言霊レベル知っておいたほうがいいだろう?」
俺のギルドカードを更新したのは、1度きりだから、俺も今の魔力を知りたい。
エリックさんが机の上に銀色の箱を置く。
カバンからギルドカードを取り出すと
「お願いします」
と、差し出した。
無言で受け取ると、箱の中に差し込んだ。
「win win win win」
微かに振動すると、カードが吸い込まれる。しばらくして、カードが差し出し口から出てくる。
「どれどれ?」
まずエリックさんが見ると、うなずきながら、俺に渡した。
俺のギルドカード。
名前 ヘブン家小鬼
年齢 22歳
職業 落語家 ブロンズクラス
MP 10
スキル 言霊Lv4
高座度胸 Lv5
落語技術 Lv2
国籍 ジャパック王国
更新してから3年経つのに対してレベルは上がってない。
そりゃそうだろう。だって自分を隠して、大人しく前座話をしていただけだ。
習った通りに、大きな声でやるだけ。
客が笑っても、笑わなくても関係ない。
前世で前座だった時は、古典落語しか出来なかったが、それでもオーバーアクションでやったり、おかしな顔をしたりして客を笑わせた。
すると、その後上がる2つ目が
「鬼助の後はやりにくい」
と言って嫌われたものだ。
中には
「俺が上がる時は、絶対に鬼助をあげるな」
と名指しで開口一番を拒否された。
でも、異世界のアイアンクラスで、そんな事はしない。
一度「からぬけ」でオーラの動きを確認したから大丈夫。
変に目をつけられるのを防がなきゃいけない。
下手に敵を作るのは愚策。それも逆らえないアイアンクラスなら、弾を避けるように
頭をずっと下げてれば良い。
頭を上げるのは、自分が武器を持って敵陣に攻め込む時だ。
「思ったよりレベル上がっていませんね」
「まぁそんなもんだろう。最初の更新で、高座度胸のレベルが高かったから期待したかもしれないが、ブロンズクラスじゃ平均だよ。気を落とす事はないよ」
「はい、ありがとうございます」
ありきたりの挨拶をして落語ギルドを出た。
俺のブロンズグラス昇進の出番はビルド亭夜の部だ。
午後6時上がり。持ち時間は15分。
午後5時開演で、アイアンクラス、ブロンズクラス、手品のヨルダ3世先生。そしてその次が俺の出番だ。
まだまだ、時間があるから、師匠の家に行く。
「おはようございます」
そう言って、家に上がり、座敷に行くと、ちゃぶ台の前で赤鬼が新聞を読んでいた。
「おお、きたか。まぁ座れ」
俺は、畳に正座すると
「今日からブロンズクラスになりました。ありがとうございます」
「これからは、毎日来なくていいぞ。そうだな。初日だけ顔を出せ」
初日と言うのは、月を10日で区切り、1日、11日、21日の事だ。
「でも師匠朝ご飯どうするんですか?」
「心配するな。そもそも俺はお前が弟子になる前は朝飯は食わなかったんだ」
初めて聞いた。それじゃあ、俺と一緒に朝ごはん食べていたのは?
「しょうがないだろう。弟子を取ったんだからな」
そうだったのか。俺に合わせて、眠いのに朝起きて一緒に飯を食べてくれたんだ。
そんな優しさが、今の俺はとても嬉しい。
前世では、そんな優しさが邪魔だと思っていた。
実は、前世で鬼勝の弟子だった頃、前座時代でも、めったに師匠の家には行かなかった。
鬼勝が
「師匠の家に来る暇があったら、映画を見ろ、本を読め」
と、言ってくれたからだ。
本当は、弟子が家に来ると、早起きしたり、弟子に小言を言ったりと、自分のペースが乱されるの嫌ったからだ。
実は、俺も前世で3人弟子がいたが、滅多に家に呼ばなかった。
弟子に会うのが、1年に1度なんてザラだ。
俺のポリシーは
「師匠に気を使うな。そんな暇があったら新作落語1本でも作れ。落語家は誰にも頼るな。自分1人の力で登って行け」
なんで弟子を遠ざけるのか?
ただ、めんどくさいから。これが1番の理由。
0から、落語を作るのは日々のたゆまぬ努力が必要だ。
テレビは朝のニュースを見る位。その後、午前中は新聞を読み気になった記事をファイルする。そして近々ある落語会でやる新作の稽古。毎日自分の作ったネタを稽古すると作品が育つ。
「キャラクターをこう変えよう」「この場面は削ろう」「こんなギャグを入れよう」
気がつけば午後1時。
そこから山手通りを歩き、ネタおろしをする新作を作る。
歩くと言うのは、新しい発想を生む。アインシュタインもよく散歩していたそうだ。
2時間以上、あぁでもないこーでもないと考えながらネタの輪郭を作っていく。
そして帰ってきてシャワーを浴びたら、今浮かんだ朧げなネタを、パソコンで打ち込み台本にする。
そして晩飯を食べて本を読んで休憩したら、今度はお風呂で稽古だ。
先ほど台本にしたネタを防水のタブレットに入れて、お風呂に入りながら声を出して喋ってみる。これが約90分
そして、風呂から上がって、漫画を読みながら、芋焼酎のお湯割りを飲むのが俺の唯一の娯楽。
そして12時に寝て、朝8時に起きて、朝のニュースを見ながら新聞を読む。
これが毎日繰り返し。
このルーティンの中に「弟子一緒にご飯を食べる」「弟子に落語の稽古する」「弟子と最近楽屋であった面白い話を聞く」
そんな無駄な事をする時間は無い。
「それでも師匠か!」と怒る人もいるでしょう。
でも、俺は人から稽古をしてもらって覚える落語家じゃない。
すでに台本があり、長年先人たちによって磨かれて完成した古典落語をやるわけじゃない
0から落語を生み落とすには、膨大な知識と発想と努力が必要なのだ。そして才能も。
ある意味で、こんな唯我独尊の人間じゃなきゃ、新作落語は作れない。
俺の師匠、狂気の天才、鬼笑亭鬼勝もそんな人間だった。
「古典落語は敵だ!俺が息の根を止める」
そう宣言して、たった1人、古典落語の巨大な城に切り込んでいった。
俺も、そんな師匠の背中を見て、育ったのだ。
2つ目になって、いきなり放り出された。
「お前は1人で生きていけ」
最近、2つ目になって、お披露目の落語会を開く馬鹿がいる。
順番で2つ目になって、何がめでたい?自分の師匠や売れてる落語家を呼んで客を集めても、それは自分の実力じゃないんだよ。
そしてもう一つ俺が危惧している事がある。
自分の師匠が寄席でトリを取ると、その恩恵で弟子達が寄席に入る。
自分の師匠が人気があれば何度もトリを取る。
そうなれば弟子達もたくさん寄席に出る事になる。
すると、そんな弟子たちは
「俺たちは、沢山寄席に出ているからすごいんだ」
なんて勘違いする。
そして、そのために、師匠に気を使い、毎日師匠の家に行き、地方の落語会にお供をして、何かと一門で落語会をやろうと企画する。
しかし、師匠が死ぬと、弟子達がさっぱり寄席に入らなくなる。
師匠におんぶに抱っこ。背負ってくれる人が、いなくなれば、自分1人で立つ事も出来ない。
俺はそんな落語家を前世で沢山見て来た。
しかも、不思議なもので、落語ファンと言うのは、そういう師匠と弟子の濃密な関係に憧れるものだ。
落語の小説や漫画は必ず麗しい師弟愛がある。
師匠の厳しい教えに、耐えて花開く弟子。ライバルのようで助け合う兄弟弟子。
あのねー、リアルではそんな事ないのよ。
師匠の言う小言は殆どが、とんちんかん。
俺なんて鬼勝から
「お前は落語家に向いてない。なぜなら、お前の心に雪が降っている」
何を言ってるかさっぱりわからない。
そして、他人から教えてもらって芸が良くなる、なーんて事はありません。
何度も何度も失敗して、受けずに転げ回って、あがいて、悔し涙を流して、やっと自分で気がつく。
名人の芸を見て「そうだったのか!」なんて、落語の極意に開眼するのは漫画の世界。
なぜなら、立っている階段の位置が違うから、見える景色も全く違う。
2階の屋根に立ってる奴が、富士山の山頂に立ってる奴と見える風景が違うと言えばわかりやすい。
でも、これも俺が37年間落語家をやっていたから言える事さ。
だから俺のモットーは「高座は一人」
誰も助けてくれない。
世界で1番高く、飛べる鳥は世界で1番孤独な鳥。
前世では、そう思って生きてきた。
俺さえ売れれば、それでいい。ついて来れない奴は、落ちていけば良いだけだ。
新作落語で馬鹿にされ、貧乏から這い上がって売れた俺には、古典落語をやって「乙でございます」なんて言う奴らが大嫌いだった。
そうさ、俺は邪道落語家。文句がある奴はかかって来やがれ!
ハリネズミのように棘棘して他人を思いやる優しさなんて、ゴミ箱の中に捨ててきた。
でも、死んで異世界に転生して出会った優しい赤鬼との前座暮らし。
俺のトゲトゲした心がいくらか丸くなったんだ。
そして、2度目の人生だから、ふと思う。
「もっと弟子を家に呼んで、色々教えてあげればよかったな」
「2つ目のお披露目の会に出てあげればよかった」
さっきあげつらった、売れている師匠の腰巾着だった奴らにだって
「あいつらに生活があるし、家族もいるだろう。生きていくためには必死だったんだよね」
優しい気持ちが湧いてくる。
そんな気持ちにしてくれたのが、この異世界で親切にしてくれた。キャロット婆さん、パンプキン爺さん、シナモン先生、ガゼットさん、そして師匠赤鬼。
みんなが優しくしてくれたから、誰も知らないこの世界で生きていく事も出来たし、落語家になる事も出来た。
そうを思えば、堕天使そば吉にさえ感謝だ。
俺は、そんな事を思うと、前世の自分を思い出し、情けなくて顔を挙げることが出来なかった。
「どうした、小鬼?」
「師匠、僕、僕ーー」
俺の肩にそっと手を置く。
「泣いてる場合じゃねーぞ。これから暴れてくれよ」
え、と顔を上げる。
「お前がこれからどんな落語をするのか、楽しみにしているよ」
「ありがとうございます、僕、俺、僕ーー」
「無理して『僕』なんて言わなくていいよ。お前そんなおとなしい奴じゃねーだろ」
すっかりお見通しか。でも、その優しさが今は辛い。
(師匠、騙してすいません)
「でも、お前が顔を出さなくなったら、俺も寂しい。必ず初日には来てくれよ。
一緒に朝飯食おう。小鬼のためにうまい飯炊いておくからな」
こんなお爺ちゃんが俺のために飯を炊く?
前世で、弟子のために飯を炊くなんて考えもしなかった。
それがまた情けなくて、俺はまた唇を噛んで下を向いた。
「師匠、俺ーーー」
すると、師匠が立ち上がり、
「いつまでめそめそしてるんだ。ブロンズクラスの初高座に行ってこい」
力いっぱい俺の背中を叩く。
その手の平が思ったよりも小さかった。
でも、俺の闘志に火がついた。
ブロンズクラスになったばかりだから、様子見で大人しくやろうと思っていた。
そんな、軟弱な思いが吹き飛ぶ。
思いっきり暴れてやろうじゃねーか。
「はい、ヘブン亭小鬼、ビルド亭に行ってきます」
俺は立ち上がる、赤鬼にちょこんと頭を下げ、家を飛び出した。
明日から連日投稿はできません。
そろそろ仕事をしないと。
だから、何の仕事やってるんだよ?
それは秘密です。




