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いよいよブロンズクラス

連日投稿

今日も仕事がありません

生きていけるのでしょうか??

アイアンクラスになって3年が過ぎた。

楽屋のリーダーになったので、白薔薇師匠や清丸師匠だけじゃなく、色々な師匠と話して異世界の落語事情を教えてもらった。


ジャパック王国には12の州があり、それぞれの州に寄席がある。

有名な寄席は

ジャパック王国第2の都市、カーサック州には天馬亭。

北西にあるワルサック州には、べリュ演芸ホール

妖精族が住む宝島、バルザック州にはフェニックス演芸場

ジャパック王国中央にあるアマガン州には極楽亭


もちろん、ジャパック王国の首都トーキンにあるビルド亭が一番の老舗だ。

ブロンズクラスになると、武者修行ではないが、いろんな州の寄席に旅をして高座に上げてもらう。

そしてその土地の落語家や芸人と交流して落語を教わったり、仕草を紹介しあったりする。


もちろん、地方の落語家さんも、1番格式のあるビルド亭に出演したい。

そのために、自分たちが出ている寄席のジェネラルから紹介状を書いてもらいビルド亭にやってくる。

しかし、簡単には紹介状は書いてもらえない。

そのことを教えてくれたのはカーサック州から来たキララ光子(みつこ)姉さん。


「ほんまに難儀したわ。天馬のジェネラル厳しくてなぁ。『お前の芸じゃビルドには10年早いわ』なんて小言ばっかしや。それでも、あきらめずにわての新作でお客ガンガンを笑わせたら『ワシの顔に泥ぬるなよ』ってやっと紹介状書いてもらったわ。ほんま、苦労したで」


なんと、光子姉さんは、新作落語をやる悪魔族。大きな瞳は愛嬌があり、肩で切り揃えた金髪から黒い触覚が2本ちょこんと突出している。そしてお尻には先端が矢印になった尻尾。可愛い悪魔さん

でも押しの強さと負けん気は人一倍、ニ倍三倍。


初めてビルド亭の楽屋に来たときに

「なんや、案外貧乏臭いところやのー」

と言って、他の師匠の顰蹙を買った。でも持ち前の愛想の良さで

「すんまへん、田舎から出てきたさかい、物知りまへん」

にっこり笑って、正座すると

「カーサックから来ました、光之助の弟子の光子と言います。この芝居、出させていただきますよって、あんじょう、よろしくお願いしますわ」

そう言って、紙袋から豚まんを出すと

「どうぞ楽屋の皆さんで食べておくれやす」

それで一気に楽屋の人気者となった。


光子姉さんの新作は、カーサックの図々しいおばさんネタが多い。

「おかん、うどんの中にハエがおる」

「何言ってんの、好き嫌い言っちゃだめやで」


こんな調子で、パワフルなおばさんが大活躍。

ビルド亭の客も最初はカーサック訛りに引いていたが、あまりのバカバカしさに大笑い。客をぐんぐん惹きつける。


そんなある日のこと

「小鬼の師匠は赤鬼師匠やな」

「はい、そうです」

「赤鬼師匠がうちの師匠のネタやってくれるの喜んでるねん」

「光之助師匠がですか?」

「そや『自分の作った話が、花のビルドでお客さんに聞いてもらえる。こんな嬉しいことがあるか』言うてな。ええか、自分の作った話が、大勢の落語家にやってもらえる、これが新作冥利や」

わかりますよ、姉さん。

俺も前世で自分の作った話を後輩たちがたくさんやってくれるのを聞いて「ああ、俺が死んでも作品は残る」って嬉しく思いましたもん。


「小鬼、お前も新作やれや。それでブロンズクラスになったらカーサックに来い。わての新作仲間紹介してるで」

「ありがとうございます、姉さん。必ず行きます」


しかし、俺はいつになったらブロンズクラスになれるんだ。


そろそろ、アイアンクラスになって4年目になろうとした時に、待ちに待った弟子入りが来た。

ツルピカ師匠にはじめての弟子入り。フラワ亭ピカイチ。ドワーフ族の23才。

トーキンの北にあるバードット大学を卒業して入門した。

バードット大学は落語研究会、いわば落研が盛んで、プロになった先輩が7人もいた。いわば落語家のエリート大学。

でもピカイチは落研じゃなかった。

呑気そうなたれ目で、いつもニコニコしている。


「なんでピカイチは落語家になったんだよ」

「偶然、ビルド亭に入ったら、うちの師匠ツルピカの芸を見て、僕も落語やってみたいなーと思って」

おいおい、たまたま偶然かよ。

でも、俺も前世ではそうだったから何も言えない。


楽屋に最初に入った日にピカイチに聞いた。

「何か、得意な事はあるのか?」

俺の目を見つめてにこっと笑う

「僕は絵が描くのが好きです」

おいおい、落語じゃないのかよ。

なんだか捉え所のないやつだ。


でもこれで楽屋のアイアンクラスが4人。

いよいよ、俺のブロンズクラスの昇進も近い。

そんなある日のこと、俺は師匠赤鬼に呼ばれた。

「おい、ビルド亭が終わってから俺の家に来い」


師匠の家の格子戸を開ける。

「おはようございます」

「おう、中に入れ」

座敷に行くと、師匠がちゃぶ台の前でお茶を飲んでいた。


なんか、最初に会った時より、師匠の体が縮んでいるような気がした。

「どうだ寄席のほうは?」

「今、新しいアイアンクラスが入ったので、教えるのが大変なんです」

「ツルピカさんも、弟子を取ったってな。そうやって、順番に恩返しするのよ」

恩返し?誰にですか?

「落語にだよ。落語界のためには後輩を育てなきゃいけねえ。

俺だって師匠鬼蔵に弟子にしてもらった。その俺が、お前を弟子にして寄席で働いている。ツルピカさんも同じだよ。落語家を育てるのは寄席だけだ。自分が弟子入りできたのに、弟子は取らないじゃ筋が通らねえんだ」


ああ、わかるねぇ、その言葉。

「落語家を育てるのは寄席だけだ」


前世では、世間の人はテレビに出ている落語家しか知らない。

笑点のメンバー、志の輔師匠、志らく兄貴。談春兄貴。神田伯山。

上方じゃ文枝師匠、鶴瓶師匠、文珍師匠、八方師匠。

先日お亡くなりになった、ざこば師匠。

俺にはウィークエンダーで活躍した朝丸師匠の方が馴染みがある。

全部合わせても20人もいない。


しかし、俺が生きていた当時、東京だけで1000人近くの落語家がいた。

それじゃあ、残りの980人はどうやって売れていくのか?

寄席に出られない一門や流派は自分の力で登っていくしかない。

それこそ、独演会を開き客を増やしていくのだ。

まさしくハングリーな落語家しか生き残れない。サバイバルゲーム。


さて、俺が所属していた東京落語連盟はおかげさまで都内4軒の寄席に出ることができた。

でも、この前話したように、真打が全員出られるわけじゃない。少ない寄席の出番を大勢の真打が競い合わなくちゃいけない。


寄席で、客を笑わせて「こいつ面白いな」と席亭に思われ、また使ってもらえる。

そして、お客さんのほうも「この落語家さん、面白いからまた寄席にこよう」

と、だんだんとファンが増える。

そうなると「よし、トリを取らせてみるか?」と席亭が決めて初めてトリを取る。

誰だって最初はお客さんが少ない。それでもくじけずに芸を磨き、お客さんを笑わせ、感動させれば、だんだんとファンも増える。

そうなると、東京で落語会をやっている企画会社から「今度、この落語会に出てくれませんか?」とオファーが来る。

最初は、小さな会場から、大勢の落語家の1人として選ばれ、やがてだんだん大きな会場へ、4人会、2人会、独演会。

そして、たった1人で、1200人の会場を埋めることができれば、名人と言われる。


こうやって、俺たちは登って行くのだ。

そして、お金を稼ぐのだ。これがプロの落語家だ。


テレビを見て、ただで笑っている人間は客じゃない。

自分の足で会場まで来てくれて、お金を払ってくれる。そんなお客さんのために一生懸命、落語をするのだ。


だから、そんな落語家が、たまたまテレビに出たりすると、世間は「こんな落語家知らない」「見たこともない」「この人本当に落語家?」なんてネットに書かれたりするが、全く気にしてない。


だって、なことを書くやつは、1度も金を払って寄席に来たことがない奴ばかりだからだ。

お騒がせユーチューバーが「落語家になる」と宣言して100万人その動画を見たそうだ。

そのことについて「プロの落語家さんだったら、もっとお客さん動員できますよね」

なんて、ほざいた奴がいたが、とんだお角違いだ。

俺たちはネット配信なんかに興味はない。コロナの時に仕方なくネット配信をしたが

、俺たちの勝負の場所は、生のライブだ。そして、ただの話題作りのネタじゃなく、磨き抜いた芸でお客さんに喜んでもらうことだ。


でもね、真打が全員、プロの落語家と言えるのか?それは実は微妙な問題があるのよ。

大相撲の幕打ちは、絶対に大学王者の学生には負けないが、落語家の場合、真打が素人の天狗連に負けると言うこともあるんだよなぁ。

だから今まで落語には素人だった漫才師やコメディアン、俳優さんがが落語の世界に入ってきて、すぐに人気者になったりする。

つまらない真打よりもたくさんのお客さん集めちゃったりするからな。これが現実。

このことについては、また後で言いますよ。


赤鬼の言う通り、俺たち落語家は「寄席で育つ」

そんな寄席、いや落語界への恩返しは、後輩を育てる事だ。そして、遺産を残すこと。

遺産とは、新しい落語、これからの時代にあった落語を残すこと。

それが創作落語、新作、落語だ。


かつて、昭和の名人と言われた師匠が死んだ。その時、新聞が「落語が死んだ」

と書いた。


しかし、落語は死んでなかった。さすがに最初は客足が落ちたが、それはその名人のファンが寄席に来なくなっただけだ。

しばらくして、新しい名人が生まれ、人気者が生まれ、お客さんも入れ替わり、若い人や、女性や、子供が寄席に来るようになった。

以前の寄席は古典落語マニアのじいさんや親父や落研ばかり。


いまだに、地方の長く続いている落語会の世話人は、そんな古典落語一途なじいさんが多い。

俺が初めてそんな落語会に呼ばれていくと

「私のところは伝統のある古典落語メインなんですが、ファンのお客さんが『鬼切師匠を呼んで欲しい』なんて言うんで。ハハハ、変な新作落語やらないでくださいね」

なんて言われたこともある。


おっと、愚痴が長くなってしまった。

そんなことより、今師匠と話をしているんだ。


「それで、ツルピカさんが弟子を取ってくれたから、小鬼、お前のブロンズクラスが決まったぞ」

「本当ですか?師匠」

「ああ、今日落語ギルドから連絡があった」

いよいよ、ブロンズクラス。もう自分の力を隠さなくてもいいんだ。


「小鬼、お前あれからずいぶん真面目に落語やってるみたいだな」

「からぬけ」でついつい調子に乗って、客を笑わせたことを言ってるのかな?


「はい、師匠の言う通り、アイアンクラスは教わった通りにやってます」

「そうか、それじゃあ、ブロンズクラスになったら、好きなようにやったらいいさ」

「いいんですか?師匠」

「お前が大人しいふりをしているのはわかる。アイアンクラスは目立っちゃいけねえからな。でもな、俺は感づいてるんだよ」

「何をですか?」

「お前が普通の落語家じゃないってことをさぁ」

「そんなことありません。俺は山奥から出てきた。何も知らない田舎者です」

「ふふふ、そういうことにしといてやるよ」


そう言うと、赤鬼が俺の手を握った。

「頑張れよ、小鬼」

その赤鬼の手が思ったより、小さくて、萎びているのを知った

「師匠、本当にありがとうございました」

俺は思わず泣いていた。

鬼の目にも涙。

ついつい長くなってしまいました。

あとで読み返して、やばい部分は削ります。

ああ、落語関係者が誰も読みませんように。

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