ゴールドクラス四天王
久しぶりのお休みなので、ちょっと長々書いてみました。
連日投稿。
これがいつまで続くのやら。
次の日、二日酔いの頭を抱えて楽屋の立て机に座る。
昨日ビルド亭の後、満腹亭でそば吉と飲んだ。
最初はガゼットさんやアルバイトのイグル姉さん、常連のお客さんと楽しく飲んでいた。
しかし夜がふける程に、そば吉がホッピーに焼酎をドボドボ入れ、煽るように飲み始めた。
「オーラが11しかないからシルバーに成れないって誰が決めたんだよ、ヒック、冗談じゃねーぞ」
「後、たった4つじゃねえか。すぐにシルバーに成れるよ」
ガゼットさんがカウンターからなだめる。
「そうですよ。僕にとってはオーラ11が凄いですよ」
俺も手助け、人助け。
「ふん、レベルが低い腐れ鬼と一緒にするな」
絡み酒の堕天使の勢いは止まらないね。
「オーラかローラか知らないけど、くだらない事にいつまでもガタガタ言うんじゃーーねえよ」
ふと見るとイグル姉さんが羽根を広げて威嚇している。
日本酒「鬼殺し」の五合瓶を右手の鋭い爪がホールド。
そのままラッパ飲み。
おいおい、このドS姉さん、誰がこんなに飲ませたんだ!
そば吉が振り返ってイグル姉さんを睨む。
ホッピーのジョッキをゴフゴフと流し込む。
「素人の学生がーー生意気な事言うーな、この鳥頭が!」
イグル姉さんの目がグッと据わる。白目が真っ赤に充血。
「おい、芸人、てめえ、今鳥頭って言ったか?」
「言ったけど、それがどうした、鳥女」
「許さねえーー!」
五合瓶を振り上げ、そば吉に襲いかかる。
慌てて俺がイグル姉さんの懐に飛び込み身体を正面から押さえた。
バサバサと羽ばたきもがくイグル姉さん。両手を広げておいでおいでをする、堕天使そば吉。
「おらーー、将来の名人にかかって来やがれ」
みんなでイグル姉さん止めているの知って、わざと挑発。
本当に、この天使、性格悪いわ。
それから2人を俺とガゼットさんがどうにかなだめ、店から追い出す。
常連客も呆れて帰って行った。
そして、その後、俺は1人部屋で焼け酒を煽って二日酔い。
馬鹿な話だ。
どうにか二日酔いも治った中入り後に、楽屋にこの芝居のキング、フラワ亭白薔薇師匠が入ってきた。
馬人族だが、ただのお馬さんじゃない。黒黒とした角刈り頭に真っ白い1本角が伸びている。珍しいユニコーン族だ。
踊りで鍛えた、がっちりとした体に西洋マントを羽織り、黒いサングラスをかけている。闇の王ドラキュラみたいな威圧感。
そう、この白薔薇師匠が、トーキンに4人しかいないゴールドクラスのお一人なのだ。
「おう、小鬼、調子はどうだい?」
立て机の横の座布団に、どっかりとあぐらをかくと気やすげに声をかけてくれる。
「いやー頭が痛くて」
「頭が痛い?」
そう言うと、俺の顔に鼻を近づけてクンクン。
「いい匂いさせてるじゃねーか。二日酔いか?」
「すいません、昨日調子に乗って飲み過ぎました」
「ははは、若いうちは、飲み過ぎるのが当たり前だ」
そう言うと、ノンタンの差し出したお茶をうまそうに啜る。
そして、自分のカバンの中から、小さなバックを取り出して
「ほら、この薬、二日酔いに効くから飲みな」
小さな包みを俺に渡す。
「ありがとうございます。師匠」
俺は両手でその薬を受け取った。
その様子を、イワシとノンタンがうらやましそうに見ている。
そりゃそうだろう、ゴールドクラス四天王の中でも、白薔薇師匠が芸も人望も一番ある。名人と呼ばれるには1番ふさわしい人だ。
フラワ亭白薔薇。お父さんも名人と言われたフラワ亭薔薇太郎。
異世界で落語が生まれたロマノフ王朝。そのロマノフ王朝で出来た落語を古典落語と言う。
その古典落語の当代の名人と言えば、まずこの人が上がる。
流暢なロマノフ語り。端正なたたずまい。ロマっ子の粋とイナセ。
現代のリムール朝で唯一、ロマノフ王朝の風を1番まとっている落語家である。
そうだ、ここで前世と異世界の時代を比較してみよう。
前世で古典落語が生まれたのが江戸時代。だから異世界ではロマノフ王朝。
江戸時代→ロマノフ王朝
明治時代→カザーム朝
大正時代→カザーム朝後期
昭和時代→リムール朝
だから今、俺が異世界に転生している時代は、リムール朝後期となる。
そんな白薔薇師匠に客だけじゃなく芸人も落語家も憧れる。
誰もが側に行きたい、声をかけてもらいたいと思っている。
現に三味線のおばちゃん達も体をひねって、こちらをチラチラ見てる。
さて、なんでこの当代の名人が、俺に話しかけてくるのか?
俺自身わからない。
でも、俺がリーダーになって立て机に座るとすぐに
「小鬼は、普通のアイアンクラスの連中とは何か違うんだよなぁ」
そう言って、俺の顔をじっと見つめた。
まさか俺がこの異世界に転生してきた芸歴37年ある新作落語家だと、薄々感づいているのか?
そんなわけは無い。楽屋に入ってから、猫をかぶって大人していた。
開口1番の高座だって、習った通り普通に古典落語をやっている。
しかし、芸人の勘で俺がただ者じゃないってわかるのかしら?
実は、前世でも同じ事があった。
前世で、俺が落語家になったのは、ただの偶然だ。
本当はテレビのプロデューサーになりたかった。そしてアイドルと結婚したかった。
でも、雪国の田舎者高校生には、どうしたらプロデューサーになれるかわからない。
その当時は、スマホもパソコンもない。
図書館で、いろいろな大学の就職先を調べていたら、日本大学芸術学部放送学科と言う、そのものズバリの学科があり、就職先は東京の有名なテレビ局ばかり。
「ここしかない」と目標を定め、必死に勉強して受験したのだが、見事に失敗。その代わり滑り止めに受けた同じ大学の文芸学科に引っかかった。
雪国の貧乏な自転車屋の次男坊に浪人の選択肢は無い。
そこで、文芸学科に入学し、放送学科に転科する事にして東京に出てきた。
しかし、大学に入れば、文芸学科も放送学科も関係ない。
地獄の空手部に無理矢理入部させられ、息抜きで入った童話研究会で毎日酒を飲みダラダラ過ごしていたら、卒業間近になった。
その時、俺の夢はテレビのプロデューサーではなく、小説家になっていた。
文芸学科のゼミで出した同人誌で俺の小説が評判になり、友達から「あんな面白い小説かけるなら、きっと直木賞をとって、売れっ子の小説家になれるよ」なんて言われて夢を見てしまった。
でも、現実はいろんな文芸誌の新人賞に原稿を送ったが、はしにも棒にも引っかからない。
そんな事をしているうちに、大学を卒業してしまい、田舎の親から「自転車屋を継ぐんだから、早く帰ってこい」と言われ続けた。
あんな雪国に誰が帰るんだ。
適当な理由をつけて、東京でぐずぐずしていると、親が怒って仕送りを止めた。
貧乏アパートに住んでいるとは言え、生きていくには金がかかる。だから、必死にアルバイトの毎日。それでも貧乏から抜け出す事は出来ない。
そんな貧乏に、心が折れそうになった時、偶然、椎名町の古本屋で見つけたのが
「貧乏自慢」と言う昭和の名人、古今亭志ん生師匠の本。
「貧乏だったら負けてないぞ」
そう思って30円で本を買い、読んで、初めて落語家と言う商売があるのを知った。
追い詰められていた俺は「それじゃあ俺も落語家になってみるか」
そんな動機で落語家になった。
だから落語も知らなければ寄席も知らない。
もちろん落語家なんて笑点のメンバーしか知らない。
当時は、三波伸介さんが司会で、歌丸師匠と小円遊師匠の掛け合いが面白く、小学生の頃は夢中で見ていたものだ。
そんな俺が新宿の立花亭で1番下っ端の前座だった時に、その事件は起きた。
昭和の終わり頃、落語家で当代の名人と言えば、満開亭夜桜師匠と言われていた。
もちろん俺は知らない。
忙しい夜桜師匠は、めったに寄席に出ないが、その日は、たまたまスケジュールが空いていたので、立花亭に急遽出演する事になった。
だから楽屋がいつになく緊張して、前座の兄さん達もそわそわしている。
ちょうど中入りで、お囃子のおばちゃん達は、伊勢丹にお弁当を買いに出かけた。
その時、楽屋の電話が鳴る。
立て前座が電話に出ると
「夜桜だが、車を止めたいんだが、駐車場が空いてないんだ。誰か代わりに車、駐車場に入れておいてくれないか?」
たまたま免許持っていた立て前座が
「師匠、すぐに行きます」
と楽屋を飛び出して行った。
太鼓番の前座も
「木戸に行って、夜桜師匠が遅れるかもしれないと伝えてくる」
そう言うと、この兄さんも楽屋を飛び出して行った。
楽屋にいるのは、俺1人。高座では中入りの師匠が、やっとネタに入った。
その時、楽屋の扉がガラガラと開き、1人の男が立っていた。
真っ黒なトレンチコートに、マフィアのボスが被ってるような帽子、後で知ったがボルサリーノと言うらしい。
スラッとした、かっこいいおじさんが楽屋に入ろうとする。
俺が見た事もない人だ。だからとっさんに言った。
「すいません、ここは楽屋ですから、お客さんは客席に回ってください」
すると、そのイケオジがニヤッと笑って
「兄ちゃん、俺の事知らないのか?」
そこで俺は察した。この人は落語家だ。でも俺の知らない落語家。
きっと、上方の落語家さんだ。
当時「浪花恋しぐれ」と言う演歌が流行っていた。その歌に出てくる大阪で有名な落語家さんに違いない。
そこで俺はとっさにご挨拶。
「桂春団治師匠、ご苦労様です」
「ははは、俺は春団治じゃないよ。満開亭夜桜って言うんだ。よろしくな」
それが昭和の名人、夜桜師匠との出会いだ。
それから何かにつけて夜桜師匠は、前座の俺に声をかけてくれた。
いっとくが、俺は当時、仕事の出来ない、落語も知らない馬鹿前座として有名だった。
何人もの師匠から「鬼助(俺の前座の時の芸名)を俺に近づけるんじゃね」とご指名されたほど嫌われていた。
でも、夜桜師匠は、そんな俺を哀れんでいたのか
「鬼助は馬鹿だから仕事がないのか?今度俺の独演会で使ってやる」
なんて言ってもらっていた。
夜桜師匠は打ち上げに前座連れて行かない。でも何故か俺だけは連れて行ってくれた。
そして、打ち上げで働こうとすると、夜桜師匠の2つ目のお弟子さんが
「鬼助はお客さんだから働かなくていいよ」
そして、何故か夜桜師匠の隣に座り
「まあ、鬼助1杯飲みな」
なんて言われて、夜桜師匠からお酌されたものだ。
そんな俺の事を、周りの落語家は妬んで
「ふん、きっと夜桜師匠は鬼助を落語家として見てないんだ。珍しいペット扱いだよ」
なんて影て言っていた。
今でも思い出す。
楽屋で夜桜師匠と2人きりになった時。
俺だけに聞こえるような小さな声で
「古典落語は俺の代で終わってまうかもしれねぇなぁ。もう昭和の風を知る客も芸人もいなくなっちまう」
そう言うと、寂しそうに笑った。
ゴールデンクラス四天王の白薔薇師匠に優しくされると、前世の前座の頃、思い出が急に頭の中を駆け巡る。
前世と異世界、やはりどこか繋がっているのであろうか?
江戸時代は異世界では最初、セザール朝と書いてしまったことが判明。
ですので、江戸時代は異世界ではロマノフ王朝に統一します。
やっぱり最初から読み返さないと間違い気がつかないね。
危ない危ない。




