新前座入門!
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頑張ったよ
さぁ、これから仕事行こう
アイアンクラスになって1年が過ぎた。
相変わらず、楽屋で働いているのは肉丸、デビ助、小鬼の3人。
高座返しも1年もやれば、座布団の位置や、マイクの位置、わざわざ確認しなくても体が覚えて勝手に動く。
高座返しが終われば、着物を畳んで、お茶を出して、着替えについて、お茶を出して、また高座返し。この繰り返し。
肉丸は立て机の前に大きな体を収めると、もう立ち上がらない。ネタ帳を書いて、師匠連に差し出すと、後はニコニコしているだけ。
動くのは、中入りになった時、前座部屋でおやつを食べる時だけだ。
デビ助は太鼓の前の椅子に座って、お囃子のおばちゃん達と話ている。
緩んだ空気が流れる。代わり映えしない日々。
そんなある日の事
「おい、クジ楼師匠が弟子取ったそうだぞ」
デビ助が大慌てで楽屋に飛び込んで来た。
「本当ですか?兄さん」
「今、代演聞きに行ったらエリックさんが教えてくれたんだ」
太鼓を叩くアイアンクラスは毎日落語ギルドに行って、その日の代演を確かめる。
代演とは、その日、休む落語家の代わりに寄席に出る落語家を言う。
寄席は10日間興業で原則三日間休む事が出来る。しかしトリの師匠(異世界ではキング)は休む事はできない。どうしても休むなら、平日2日まで。
なので、休んだ師匠の代わりに出る落語家を代演と言う。
その名前を確認して、めくりに加えるのだ。
もちろん、めくりを揃えるの1番下端の俺の仕事
「弟子入りで来たって事は、感知玉が光ったって事ですよね?」
「それがエリックさんが言うには『1年ぶりに金庫から感知玉取り出そうとしたら、盗まれていたんだ』って騒ぎになって警察呼んだんだってよ」
感知玉が盗まれた?価値があるものだったのかしら?
「そこなんだよ。エリックさんも『言霊しか測れない感知玉盗んでどうするつもりなんだ?』って不思議がってたよ。でもさぁ、金庫の中にはさらさらの砂なしかなかったんだって」
「砂?なんで金庫の中に砂があるんですか?」
「そんな事俺にわかるわけないだろ、小鬼。盗んだ奴がいたずらで、砂撒いて行ったんじゃねーのか」
猫がおしっこした後、砂かけるみたいなもんかな?
「まあ、後は警察に任せたそうだ。それでギルドマスターが家に保管していた感知玉を貸してもらって測ったんだってよ」
ギルドマスターと言うと、美魔女天使アンジェラ様。ああ、お会いしたいな。
「おーーす」
肉丸が楽屋に入って来た。
「兄さん、聞きましたか?新しい弟子入りが来たって」
デビ助が早速伝える。
肉丸のメガネの奥の小さな目がぱっと開く。
「ーーーーまじかよ」
「クジ楼師匠が弟子取ってくれたんですよ。ほら、この前楽屋で兄さんが『新しい弟子入りがいないから、いつまでたってもブロンズクラスになれないんです。クジ楼師匠お願いします』って頭下げたじゃないですか」
「そうか、あの一言が聞いたのか。これで俺もブロンズクラスになれるぞ」
モフモフの手でガッツポーズをする肉丸。
そして、1月後、楽屋に新しいアイアンクラスがやって来た。
「海ノ家クジ楼の弟子の海ノ家イワシです。よろしくお願いします」
イワシといっても獣人族、それもラクダだ。首が長くて、まつげの長いたれ目。どこかぼーっとしている。
「イワシ、よろしくな。俺がリーダーの肉丸だ。おい、お前たちも挨拶しな」
「デビ助です。よろしく」
「小鬼です。よろしくお願いします」
ちょこんと頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします」
眠たげな目が大きく開かれ、まつ毛がぷるぷる揺れている。
緊張してるんだな?まぁ無理もない。初めて楽屋に入ったんだ。。
俺みたいに前世で経験してるわけじゃないからね。
だから俺は緊張をほぐすためにイワシの肩にそっと触れる
「一緒に頑張ろうね。わからない事があったら何でも聞いて」
イワシが微笑む。嬉しそうに何度も首を振ると
「よろしくお願いします。小鬼兄さん」
小鬼兄さん、なんていい響きだ。俺にもやっと後輩がで来た。
そして、吉報が続く。
半年後にまた弟子入りが来た。
アニマル亭ムーミン師匠のところに、女性の弟子入り。
アニマル亭ノンタン、19歳のドワーフ族。コロコロと太った達磨みたいな女の子。
大きな瞳に、おかっぱ頭。前世の中華街のお面みたいな愛嬌のある顔だ。
「ノンタンです。よろしくお願いします」
それから、3ヶ月後肉丸のブロンズクラス昇進が決まる。
「小鬼、先に行って待ってるぜ」
そして、半年後、デビ助の昇進も決まる。
「あーー、長かった、アイアンクラスからやっと卒業だぜ」
ブロンズクラス昇進が決まって、前座部屋で飲む酒の量もグッと減る。
「これからは、堂々と飲めるんだ。隠れて飲むのはもうやめた」
いつも機嫌の悪そうな悪魔が、最近ニコニコ。
そして、順番に楽屋から去っていく2人。
落語の世界じゃ当たり前の風景。
でもね、こんなのはまだまだほんの入り口に過ぎない。
前世でも前座から2つ目に昇進して「天下取ってやる!」なんて、息巻いている奴がいたが、1年も経たぬうちに「仕事がない」「寄席に出られない」ってしょぼんとしてたよ。
落語家は真打になってからが本当の勝負が始まるのさ。まだまだ先が果てしなく長い。
でも、その事を知っている俺は、全く焦る事は無い。
そして気がつけば、俺が楽屋のリーダー、立て前座になっていた。
赤鬼に入門してから3年、歳も20歳になった。
アイアンクラスは太鼓番にイワシ、高座返しにノンタン。
立て机に座りネタ帳を書く。
「そば吉兄さん、お後よろしくお願いします」
珍しくこの芝居、パスタ亭そば吉がブロンズクラスとして入っていた。
「いつの間にか、小鬼がリーダーか?俺も歳をとるわけだ」
五分刈りの金髪頭をボリボリ掻きながら、つまらない愚痴を言う。
「兄さんもそろそろシルバークラスですか?」
「馬鹿野郎、まだ上に何人いると思ってんだよ。アイアンクラスみたいに簡単に上がれねぇんだ」
前世では、芸歴15年で誰もが真打になれた。
俺の所属していた東京落語連合は昔は真打試験というのがあったそうだ。
だが落語なんていうのは白黒勝負がはっきりつくわけじゃない。100メートル、12秒で走ったら合格なんて言う目安もない。
審査する大御所の落語家たちの胸下三寸。
人間だから、気に入ってる奴もいれば、虫が好かない奴もいる。
だから、芸は上でも「了見が良くありませんでゲスね」
なんて言われて、落とされれば、そいつの師匠が
「なんであの野郎の弟子が受かって、俺の弟子が落とされるんだ」
と、揉め事が起こる。
「だったら、こんなところやめてやる」
そう言って、東京落語連合から脱退して、自分の流派を立ち上げた名人もいた。
しかし、この異世界では、一応目安がある。
シルバークラスになるには感知玉で言霊オーラが15なければいけない。
オーラが全てではないが、客を納得させる目安としてとてもわかりやすい。
なので、シルバークラスを目指すブロンズクラスは時々落語ギルドに行ってオーラを測ってみるのだ。
「そば吉兄さん、今オーラどのくらいですか?」
「この前、測ったら11だった」
え、11?普通オーラを1つ伸ばすのに1年かかると言われている。
「それじゃあ、あと4年は無理ですかね」
「バシ!!」
いきなり、俺の頭をそば吉が引っぱたく。
「余計なお世話だつーの。お前もブロンズクラスになりゃ俺の苦労がわかるよ」
そう言うと、意味なくネタ帳めくり
「そのためにもジェネラルの覚えを良くしとかなきゃな。やっぱりネタは毎日変えるか」
ジェネラルとは、ビルド亭の社長さん、前世で言えばお席亭。
ビルド亭に出る芸人の選別は、落語ギルドでは無く、ジェネラルがその権限を持っている。
前世でも、寄席の出番は東京落語連合が決めてると思っている人がいるが、それが違うんです。
中には真打なら順番に寄席に出られると思っている人もいるが、大間違い。
お正月の顔見せ興行だけ寄席に出て、後の11ヵ月と20日間は寄席お休み、なんて落語家はザラにいる。
どうしてこういう風になったか、その理由はおいおい話すとしましょう。
「あー俺も早くシルバークラスになりたいよ」
そば吉が楽屋の天井を見上げてため息をつく。
「兄さんなら、きっと抜擢でシルバークラスになれますよ」
俺は心にもないヨイショをしてにこっと笑う。
「小鬼、今日満腹亭で1杯飲むか?」
機嫌を直す、堕天使。
そば吉兄さん、そんなにチョロいからシルバークラスになれないんですよ
俺は、心の中でペロっと舌を出すと
「ありがとうございます。それじゃあ、寄席が終わってから満腹亭に行きます」
たまには、天使肴に一杯飲むか!
もう前座部分は巻き巻きで行きます。
俺が書きたいこと、まだまだ先なんです。
でも、どうにか立て前座の位置まで来たよ。




