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前座の日常

ちょっと早く3日お休みで更新したよ。

これからさすがに毎日更新は無理だけど、続けて読んでくださいね


アイアンクラスになってビルド亭で働くようになって、3ヶ月が過ぎた。

朝、師匠赤鬼の家に行き、掃除朝飯作り。朝ご飯を師匠と食べて、後片付け。

夜席ならそのまま居残って、稽古してもらったり、買い物に行ったり師匠のお供をする。


昼席なら、満腹亭の部屋からビルド亭に1番早く楽屋に行き、扉を開ければ真っ暗。

明かりをつけて、洋服のまま今日のめくり(出演者の名前の札)を揃えてめくり台に挟む。

高座に座布団を引き、座りマイクとめくり台を所定の位置に置く。

2階の色物さんの楽屋に行き座布団を並べて終了。


前座部屋で着替えていると

「おはよう」

陰気だがカン高い声で、デビ助がやって来る。

デビ助の師匠マウン亭空海は弟子修行が厳しくて有名だ。

通い弟子だが、朝6時には、師匠の家に行って、大きな庭の掃除から始まり、ビルド亭に入る時間までみっちり働かされる。

「あー、今日は急に『池の掃除をしろ』なんて言われてもう汗だくだよ」

悪魔なのに既に目が死んでいる。


ぐったりと椅子に座ると、カバンから取り出したカップ酒を一気に煽る。

「兄さん、朝から酒はまずいんじゃないですか?臭いでわかりますよ」

「だいじょぶだよ」

そう言うと、ポケットから取り出した小瓶を見せる。

中に緑色の液体が入っている。

「これで口をすすげば絶対にわからない」

ニヤッと笑うと蓋をひねる。

途端に、前座部屋に強烈な、ミントの香り。

半分ほど口の中に入れぶくぶくする。

そして、そのまま飲み込んだ。

「キクー!」

「兄さん、それ、うがいしたら吐き出さなきゃいけないんじゃないですか?」

「小鬼、飲んだ方が、胃の中の酒を中和してくれるんだよ」

ヒヒヒ、と不気味に笑う悪魔。

「俺様の聖水さ」

自分で悪魔払いをする悪魔に、俺もお手上げ。


「おーース」

肉丸のむくんだ巨体が入ってくる。

椅子に座るなり

「あぁ腹減った」

手に下げていた紙袋から、でかいフランスパンを取り出すと、先端からかぶりつく。

「モグモグモグ、グ、ぐるジイ」

喉に詰まったのか、目を白黒させ、カバンから大きな瓶に入った牛乳を取り出し、ゴクゴクと飲む。

「ふーー助かった」

肉丸の師匠ミート家コロッケは放任主義で朝飯は無いらしい。内弟子で住み込みだから自分で作ればいいのに、ギリギリまで寝ているから、朝飯は抜き。

いつもパン屋で買ってくる。巨大なフランスパンと1リットルの牛乳が朝ご飯。

「小鬼、一番太鼓叩いとけ」

そう言うと、またフランスパンにかぶりつく。


着物に着替えて一番太鼓を叩く。

「おはよう」

やっと可愛らしい妖精ちゃん登場。

「ネギミ姉さん、おはようございます」


肉丸にネギミ姉さんが今まで1度も高座で受けてないと言うことを教えてもらった次の日

「姉さん、昨日はすいませんでした」

と、謝ると

「アイアンクラスは受けなくたっていいんだ。楽屋で働くのが仕事だよ」

姉さん、そんな考えだから受けないんですよ。

と思ったけど、そんな事は言いません。

「はい、ありがとうございます」

おとなしく頭を下げた。

「わかればいいんだよ、落語家なんて先が長いんだ」


姉さん、それ誰かの受け売りでしょ。

きっと売れない先輩が姉さんに言ったんでしょう?

売れない芸人は、そういう甘いことを言って、仲間に引きずり込もうとするからな。

俺もあったよ。抜擢真打で俺たちを追い抜いて行った後輩を

「今売れているから、いい気になりやがって。真打決める落語連合の理事なんて、見る目がないんだよ。芸は人成り。あんなヨイショ野郎に騙されるなんて、所詮、馬鹿。俺たちは本当の芸で勝負しようぜ。50過ぎから落語家は実力を発揮すればいいんだ」


確かに、先が長い商売かもしれないけど、昨日今日の努力でだんだんと差が開いてくんだよ。

50過ぎて花開くためには、30、40歳代の日々の稽古がどれだけ大切か。


まぁ、それがわかったのが、俺も前世で50過ぎだけどさぁ


多くの落語家が、その真実に気がついたときには、売れない芸人の仲間入り。

でも、そんなこと、俺が生意気に言うことも出来ず

「ありがとうございます」

とにかく1番下は頭を下げていりゃあ問題なし。まだ楽屋に入ったばかりだからね。


「遅くなってごめんね。ブロンズクラスに決まって、忙しいんだよ」

珍しく短めの白いスカートにふわりとしたピンクのブラウスが、妖精ちゃんを女神様に引き上げる。

最近、可愛さが危険領域までアップしてますよ、ネギミ姉さん。


なんで姉さんが最近輝いているかと言うと

やっと2年ぶりに、俺が楽屋に入って、アイアンクラスが4人になったので姉さんのブロンズクラス昇進が決まったからだ。

昇進が来年の春だから、あと半年後。


落語家で1番嬉しいのは、真打になることよりも、前座から2つ目になる時が嬉しいと言われている。

そりゃそうだろ。師匠の家の雑用から楽屋の仕事、すべてから解放されるのだ。

そして、落語家として一人前と認めてもらい、羽織を着ることが出来る。

前座は先輩から仕事をもらうだけだったが、2つ目は自分で仕事を作り、金を稼ぐことが出来る。そして何よりも自由が手に入る。

まぁ、この自由と言うのが曲者で、仕事がなければ、毎日がゴールデンウィーク。

その代わり、貧乏に喘ぐことになる。


「贔屓のお客さんが、昇進祝いだからってご馳走してくれて、夜遅かったの」

ペロっと小さな舌を出す。

かわいい。ロリっ子好きのアニメファンなら一発でノックアウト。

でも、俺は美魔女好きなので、びくともしない。


「姉さん、よかったですね」

「ふふふふ、さぁ、今日も働くよ。開口一番はデビ助。肉丸、小鬼と2番太鼓」

「「はい、」」

肉丸と声を揃えて返事する。

しかし、いつの間に着物に着替えて俺の後ろに立っていたんだ、この肉の塊は?

あのでかいフランスパンはどこに消えた?

「小鬼、言うなよ」

着物の懐からチラリと見えるフランスパン。

「腹が空いたら、お前にも分けてやるからな」

人肌に温たまったフランスパンなんか誰が食うか。

「肉丸兄さん、ありがとうございます」

でも、一番下っ端だから、このセリフしか言えないんだよね。悲しいよ。


開演のベルが鳴ると、次から次へと落語家が楽屋に入ってくる。

最初は、ブロンズクラスの兄さんや姉さん。

そして、若手のシルバークラスの師匠。

中堅どころに大御所。

最後にその芝居のトリ、異世界ではキングと呼ばれる師匠が入る。


色物の先生方も入ってくる。

手品のヨルダ3世先生

漫才のミサイルマン

曲芸師のカニ家ゆで太郎ゆで之助師匠

ギター漫談ポポアヤメ先生

紙切りのハサミ家チョキ楽師匠


その間、俺はお茶を出し、高座返しをやり、着物をたたむ。

デビ助は着替えに付き、肉丸は出囃子や紙切りや曲芸の太鼓を叩く。

ネギミ姉さんはネタ帳を書き

「師匠、お後よろしくお願いします」

「ネギミ、ブロンズクラス決まったんだって?よかったなぁ」

「ありがとうございます。師匠のおかげでございます」

「よせよ、俺はそんなに偉くないよ」

「いえいえ、私の中では師匠はとっても偉いんです」

「言うねえ、ネギミ、今度2人で飲みに行こうか?」

「ぜひお願いします」

にっこり微笑むかわいい妖精。

おじさん落語家はもう目尻下がりっぱなし。

こういうところは、前世も異世界も変わらないね。


そうやって、あっという間に寄席が終わる。

時々、肉丸とポパイ食堂でご飯を食べながら、くだらない話をする。

「ブロンズクラスに上がったら、こんな落語をやるんだ」

「もしかしたら、俺、すごいスキル持ってるかもしれない」

「今度、唐揚げ食べ放題の店発見したので行こうぜ」

「おこん姉さん、俺の好みなんだよね」

一方的に肉丸がしゃべるだけなんだけど。

俺は、ただ頷きながら

「兄さん、きっと名人になりますよ」

「小鬼、俺が売れたら引っ張り上げてやるからな」

「ありがとうございます。俺は兄さんについてきます。」

嘘ですけどね。


まぁ、そんな日々の繰り返しが、前座の日常。

前座の落語会があったり、芸を競いあったり、ライバルを発見したり、名人から親しげに声をかけられた、そんな事はリアルではありません。

ただ、同じ毎日が淡々と繰り返されるだけ。


ちなみに、前世で前座の時に名人と呼ばれる師匠から「あの子は、将来、良い落語家になるよ」と言われて、その気になって消えていった奴がどれだけいるか。

「出る杭は打たれる」なんて言われるのは2つ目、ブロンズクラスになってから。

前座、アイアンクラスは師匠の前では、目立たぬように、そっと生きていく。

これに限ります。

前世で俺も大好きだった落語漫画があるけど、あそこに出てくる主人公の女の子は俺から言わせれば前座だけど既に名人クラス。柳家小三治超えてます。


そんなことを考えながら、楽屋仕事をしていたら、落語ギルドのエリックさんが、ビルド亭にやってきて

「小鬼、高座もう30回超えたろ。一度ギルドに来てギルドカード更新するように」

すっかり忘れてました。開口一番で寄席の高座30回超えるとギルドカードに職業欄が加わることを。

「ありがとうございます。今日終わったらすぐに行きます」

どんな風にカードが変わるのかちょっとドキドキするね。





読んでくれてる皆さんは落語に興味がない方ばかりなので、ちょっとバレバレで書いちゃったりしてます。

これからも、落語に興味持たないように。そんな皆さんに、読んでもらうのが嬉しいのよ。

いちいち名前変換したりするの大変なんだよね。



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