初めての高座
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時間出来たので。
日曜日、休めるの久しぶり
初日の寄席はあっという間に過ぎて行く。
37年ぶりの前座は、忘れている事もあるし、異世界の落語家の癖も知らない。
デビ助に何度も怒られながら、お茶を出し、ネギミ姉さんに出演者に紹介してもらう。
その度に正座して
「小鬼です。よろしくお願いします」
と言って頭を下げる。面倒臭い。
高座返しのやり方、めくりの位置、立ちマイクの設置の仕方を覚える。
さすがに若返ったので身体も動くし、もの覚えも早い。
60歳じゃこうはいかないよね。
まあ、そんな爺いが高座返ししてれば客も驚くけどね。
気が付けば昼席のトリの師匠が、高座で頭を下げていた。
肉丸とデビ助が中入り太鼓を叩く。
ここでお客さんが入れ替えなら追い出し太鼓だが、流し込み(昼席のお客さんが夜席もそのまま居続ける事を言う)なので、中入り太鼓だ。
緞帳が一旦閉まる。昼席はここで終わり。
トリの師匠が帰るとネギミ姉さんが
「明日から高座返しやってもらうからね」
と言うと、白いTシャツにジーパン姿に着替えて帰っていく。
肉丸もデビ助もとっとと着替えて
「それじゃあ、お先!」
と帰っていく。
そっけないものだ。
よく落語漫画で寄席が終わった後、新入り前座に先輩前座が小言を言ったり、アドバイスをしたりするが、現実はそんな事は無い。
なぜなら新入り前座など、まだ戦力になってないので相手にされない。
楽屋に入ったばかりで、ニッチもさっちも行かないやつに、何か言っても無駄な事を知っている。
まずは楽屋に慣れる事。それが1番大事なのだ。
ビルド亭2日目から高座返し。
高座に上がり、座布団をひっくり返す。
この時、お客様にホコリが行かないように、座布団正面を先に床につけ、ひっくり返す。座布団の正面とは、縫い目が無い場所。残り3方は縫い目がある。
その後、めくりを返し、次の出演者の名前のめくりを出す。
基本的にはこの繰り返し。
漫才の先生の時は、座りマイクを、左角奥に引っ込め、代わりに、立ちマイクを高座に出す。
この時気をつけるのは、マイクのコードを高座前に平行に揃えて直角に曲げる。
なるべくお客さんにコードを見えないようにするためだ。
それが終われば、楽屋の師匠方にお茶を出し、飲み終わった湯呑みを洗う。
魔石ポットにちゃんとお湯が入っているか確認して少なくなったらすぐに水を足す。
そして、いよいよ、師匠方の着物を畳む。
異世界でも落語家は普段着で寄席に来るから、着物はみんな風呂敷に包んでカバンに入れて持ってくる。
高座が終われば、その着物を畳むのだ。
畳み方も師匠それぞれ違う。
大きさでは三つ畳、四つ畳。
一門ではマウン亭畳み、ベジ家畳み。着物の袖を下にするのか、上にするのかで決まる。
後は着物をどこで折り返すか?襟元か裾半分かで違う。
だから俺の師匠の赤鬼になら、着物は
「四つでマウン亭、襟」となる。
まあ牛丼の
「特盛、つゆだく、ネギ抜き」
みたいなものだ。
赤鬼の家で、着物の畳み方はみっちり習ったし、そもそも前世で嫌と言うほど畳んできた。
それでも
「おい、襟元がシワになってる」
「着物の裾があってねーじゃねーか」
「四つ畳じゃねえ、三つ畳みだ」
容赦の無い小言がデビ助から飛んで来る。
偉そうに俺の横に立つと、正座して着物を畳んでいる俺の肩を叩き
「ちょっと変われ。俺が手本見せるから」
そう言って素早く正確に着物を畳む。
神経質そうな細い目を一層細めて、着物を畳む。
それを見ていたネギミ姉さんが
「デビ助は上手だねえ」
と、褒めると
とんがった、耳を赤くして
「それほどじゃありませんよ」
うれしそうにつぶやいた。
おい、おい、このトンガリ悪魔、妖精ちゃんに惚れてるのか?
そして、どうにか慣れてきて、前世の経験も思い出した5日目。
ネギミ姉さんが
「それじゃあ、小鬼、今日はお前が上がりな」
え、俺が開口一番?
「お前、人前で話すのは初めてだろ。大丈夫か?」
肉丸がうれしそうにちょっかいをかけてきた。
「大きな声でしゃべればいいんだよ」
デビ助が師匠みたいな事を言う。
「いいかい、時間だけは守りな」
ネギミ姉さんが釘を刺す。
時間とは高座時間の事だ。前座は基本15分。
ビルド亭の緞帳が開く。
前座の上がりが鳴る。
俺は、扇子と手拭いを持つと
「お先に勉強させていただきます」
畳に正座してウードンに頭を下げる。
「初高座かよ。緊張して忘れたら『勉強し直して参ります』と言って降りてくればいいんだ」
珍しく優しいアドバイス。
ウードン、何か今日いい事でもあったのかよ?
俺は、階段を上がると高座に出た。
照明が眩しい。
高座の前には、「ズラ明かり」と言って顔に照明が当たるよう光る魔石が埋め込んである。
座布団に座り頭を下げる。
パラパラと僅かな拍手。
客は15人位か?
色々な種族がいる。獣人族、エルフ、ドワーフ、ドラゴン族。
そして、客の体から、黒くて細長い紐のようなものが立ち昇っている。
もしかしたら、これが異世界のオーラなのか?
じっくり観察するわけにもいかず、すぐに落語に入る。
師匠から習った「子ほめ」
「付け焼き刃は剥げやすいと言いますが、習った事をすぐにやろうとして、失敗するなんて、事はよくあるわけでございまして」
「ご隠居さんいますか?」
「誰かと思ったら、ギル公じゃないか」
習った通り、大きな声で淡々と喋る。
本当は、登場人物になりきって声色を変えたり、仕草を大げさにしたら受けるのだが、初高座の前座がそんな事したら
「なんで初めてなのに、あんなに落語が面白いんだ」
って不思議に思われて
「お前、どこかの大学の落研だったのか?」
なんて疑われたら面倒くさい。
だから、あえてつまらなく、淡々と。
そして、客席を見る。
客の体から出ている、細くて黒いオーラが、微かに揺れている。
そこで、俺はちょっと強めにギャグをぶち込んだ。
「番頭さんのお年は、おいくつで?」
「俺は厄だよ」
「え、ヤク、薬剤師?」
客が笑う。
その途端、客の体から出ている黒いオーラが、一瞬太くなり大きく揺れた。
なるほど、そう言う事ね。
それからまた、淡々と落語を続けオチを言って高座を降りる。
「お先に勉強させていただきました」
「ねえ、あの薬剤師って自分で考えたのかい?」
ネギミ姉さんが笑いながら聞いてきた。
おっと、騙されませんよ。
「いえ、師匠から習った通りにやっただけです」
「へえ、赤鬼師匠、そんなくすぐり入れてたかねえ」
「姉さん、赤鬼師匠、最近、新作ばかりだから自分で考えたんじゃないですか?」
肉丸ナイスホロー
「まぁ、師匠から習ったんならしょうがない。でもいいかい?アイアンクラスは余計な事落語に入れるんじゃないよ」
はいはい、わかってますよ、ネギミちゃん。
こういう所が、前世の俺が所属していた「東京落語連合」に良く似てるよ。
東京落語連合は都内の落語団体で一番大きく、都内全ての寄席に出る事が出来る。
また数多くの名人を生み出し、人間国宝も独占している。
歴史も1番古い。
この東京落語連合から、分裂したり、脱退したりで色々な団体や流派が生まれた。
だから、東京落語連合に所属している落語家は
「俺たちが本筋。1番偉い」
なんて言う選民意識があり、保守的だった。
いわゆる、古典落語至上主義。新作落語はつまらない。落語は男の世界。
なんて言う考えが俺が入門した頃は、はびこっていた。
おっと、ここで東京落語連合批判は長くなるので、また今度。
俺は初高座を終えると廊下奥の前座部屋にある俺のカバンに扇子と手拭いをしまう。
そうか、笑うとオーラが揺れるんだ。細くなったり、太くなったりするのは笑いの量なのかな?
「小鬼、早くお茶入れろよ」
デビ助の小言が飛ぶ。
「すぐ行きます」
なーに、まだ初回。これから高座に何度も上がって、異世界の笑いとオーラを解明してやるぜ。
知らない事に挑める高揚感。久しくなかったなぁ。
還暦で死んで、異世界に転生してちょっと嬉しいよ。
「デビ助兄さん、すいません。すぐお茶出します」
笑いとオーラ、これからどうする?
難しいね!