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寄席修行初日

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ちょっと暇なんで


 一番太鼓の音に誘われて、お客さんがぞろぞろ入ってくる。

  客席が、微かにざわめく。 開演まで、あと15分。

 その時、楽屋の扉が開く

「おはよース」


 前髪を垂らした色男が入ってきた。耳が尖っているからエルフ族?

 薄い茶色のサングラスをかけている。

「ウードン兄さん、おはようございます」

 アイアンクラス、みんなでご挨拶。

 着ていた青いラメのジャケットを脱ぐと右手で突き出した。

「高いんだから、汚い手で触るなよ」

 デビ助が懐の手ぬぐいで両手を拭くと

「兄さんはいつもおしゃれですね」

 愛想笑いを浮かべて、ジャケットを受け取り、ハンガーにかけ、壁に吊す。

 出入り口に1番近い座布団に座るとネギミ姉さんが俺を手招きして

「ご挨拶するから、ここに座りな」

 そう言うとウードン兄さんの真横に正座した。俺もその横に正座する。

「兄さん、新しくアイアンクラスになった赤鬼門下の小鬼です」

「小鬼です。よろしくお願いします」

 俺は頭を下げた。

「赤鬼師匠が弟子を取ったとは聞いていたが、お前が小鬼か?俺はパスタ亭ウードンだ。早く俺みたいに売れる芸人になれよ」

 サングラスを外して、ニヤッと笑う。

 エルフ族なのに垂れ目?結構可愛い顔してるじゃん。でも、偉そうなキザ野郎には変わりない。

「おい、今日の開口一番は誰だい?」

「私です」

「なんだ、ネギミかよ。女の後はやりにくいんだよなぁ」

「すいません、邪魔にならないようやります」

 気の強い姉さんが愛想笑。

 デビ助が俺の肩を叩く。

「お茶!」

 慌てて立ち上がり、お茶を入れ、お盆にのせて正座する。

「兄さん、お茶でございます」

「おう」

 やっぱり偉そう。

「ズズズ」

 ウードンがネギミを睨む。

「おい、俺のお茶はもっと濃いめに入れろって言ってるだろ。そのくらい覚えろよ」

「すいません、デビ助、ちゃんと小鬼に教えなきゃだめじゃないかい。このバカ」

「すいません」

 デビ助は悔しそうな顔をすると、自分でお茶を入れる。

 急須に、これでもかとお茶葉を入れてお湯を注ぐ。

 白い湯呑みに緑色の液体がタップリ。これ、お茶と言うより抹茶?

 お盆に乗せて

「兄さん、すいませんでした」

 ウードンは何も言わずにお茶をすする。

「ーーーーこれで良いんだよ。ちゃんと下に教えておけ」


 すると、楽屋のブザーが鳴る。

「二番太鼓叩いて始めるよ」

 ネギミが指示を出すと肉丸が長バチを持って大太鼓の前に立つ。

 大太鼓の隣に置いてあった締太鼓をデビ助が持ち上げ畳の上に置く。

 肉丸が勢い良く大太鼓を叩く。それに合わせてデビ助が締太鼓を手に持ったバチで叩く。

「ステツク、テンテン、ステツク、テンテン」

 ホー、これは前世のニ番太鼓と一緒だ。


 俺は音感がなかったから、太鼓には苦労した。だって落語家になるのに太鼓の修行があるなんて知らなかったしね。

 一番苦労したのが、この二番太鼓。

「ステツクテンテン」が「テンテン、ポー」になってしまう。

 だから、おもちゃ屋で小さな太鼓を買って来て割り箸で叩いて練習したものだ。


 でも、今になって思うが、太鼓を叩くなんて、前座時代だけ。

 太鼓を叩くのが上手い前座が「兄ちゃん、太鼓名人だね」なんて褒められてうれしそうに笑ってる顔を見るが、俺はいつも心の中で

「太鼓が上手くたった、落語は面白くならねえんだよ」

 とつぶやいてたもんだ。


 二番太鼓が終わると締太鼓を戻し肉丸がバチを握る。

 いつの間にか、三味線のお姉さんが障子の前に座っていた。

 お姉さんと言ってもおばあちゃん。高高と結い上げた黒髪から尖った大きな耳が2つ。

 狐人族のお囃子さんだ。


 扇子と手ぬぐいを持ったネギミがウードンの前に正座すると

「お先に勉強させていただきます」

「おう、邪魔するなよ」

 こいつ、ホントにしつこいな。


「それじゃあ始めるよ」

 ネギミの合図で肉丸が締太鼓を叩く。リズムに乗って大太鼓も左手で叩く

「テン、ドド、テン、ドド、スッテン、ドンドン!」


 三味線が鳴る。前座の上がりだ。

 落語家は全員、高座に上がる出囃子を持っている。

 俺の前世の時の出囃子は「桃太郎」 有名な昔話の歌だ。

 しかし、前座だけは出囃子を持ってない。

 だから、前座共通の出囃子が「前座の上がり」だ。


 ビルド亭の緞帳が真ん中から横に開く。

 めくり台には大きな短冊型の白い紙が十数枚挟まっている。

 その1番上の紙に「ネギミ」と太い文字が書かれている。

 人と言う文字を3回手のひらに指で書くとそれを飲み込む仕草をして

「よし」

 と、小さな気合を入れてネギミが高座に昇る。


 その姿を見て「可愛いねえ」と思ってしまう俺。

 だってそんなの迷信じゃない?人を飲む、まあ緊張しないってマジナイ。

 前世でもそんな仕草をしたり、奥さんが背中を叩いて気合いを入れたりする落語家がいたが、俺から言わせれば「高座はいつも常時戦場」何が起こるかわからない。

 だから平常運転。フラットな気持ちで上がる。気合いなんか入れて空回りしたらどうすんのよ。

 それに高座に上がって緊張するなんて、まだまだ経験値が足りないだけ。

 でも、俺も前座の時は高座に上がる前はめちゃくちゃ緊張していたなぁ。

 それを思い出して「可愛いね」と思ってしまった。


 ネギミが座布団の上に座ると頭を下げる。

 顔を上げてみると、広いビルド亭の客席にはお客さんが10人ほどバラバラ座っている。

 平日の寄席の開始はこんなもの。

 いかに少ない客の前で、平常心で落語ができるか?これが寄席に出る芸人の学ばなければいけないスキルだ。


「小児は白き糸の如し。お子さんは生まれた時には真っ白な糸なんでございますね」

「おっかあ、すまねえが羽織出してくれるか?」

「羽織着てどこ行くのさ?」

「ミカエル様に行って来るのさ」

「あら、お前さん、今年初めてのファーストミカエル様じゃ無いかね。賑やかなんだろ?せっかくだからうちのエマちゃん連れて来なよ」

 おっと、以前素人でビルド亭に来た時にブロンズクラスのおこん姉さんがやった「ファーストミカエル様」だ。前世では「初天神」

 ネギミ姉さんの落語初めて聞くがなかなか上手。

 親父の声はドスを利かせて低く、子供エマちゃんの声は甲高く。

 女だけど基本に忠実。習った落語を一生懸命やっている。


 でも客席からは笑い声は起こらない。

「団子買っておくれよ」

 エマちゃんが大声で泣き叫ぶ。

 しかし、その声が、しらじらと客席に響くだけ。

 楽屋で聞いていたウードンが

「チッ」

 と、舌打ちをした。


「こんな事なら親なんて連れて来なきゃよかった」

 オチを言って頭を下げると

「パラパラパラ」

 お座なりな拍手が響く。

 まあ、アイアンクラスじゃ仕方がないか。いや、これが普通。

 前世でも前座は大きな声でやれば良い、なんて言われていた。

「前座は料金の外」

 料金に含まれない、言わばおまけ。

 下手に受けたりすれば

「余計な事するんじゃねえ」

 と怒られる。

 もし古典落語に前座が入れ事、入れ事とは現代のギャグを入れると言う事だが、

 そんな事したら

「お前、しばらく上がるな」

 と先輩に怒られたものさ。

 だから俺は古典落語の演出を変えて客を笑わせた。

 すると二つ目から

「鬼助の後はやり難い」

 と嫌われたものさ。

 だから異世界では下手に敵を作らないように大人しくやりますよ


 ネギミが楽屋に降りて来た。

「お先に勉強させていただきました」

 正座をしてウードンに頭を下げる。

 茶色の縞模様の着物に、黒い羽織を着たウードンが

「本当に勉強したのかよ」

 見下すように言うと

「お後入ったら教えろよ」

 颯爽と自分の出囃子「大盛り節」で高座に上がる。

「はい、兄さん」

 ネギミが楽屋を見回して答えた。


 そのまま姉さんは高座裏の廊下に消える。

 一息入れてお茶でも飲んでいるんだろう。

 すぐに出てくると、立て机の前に座り、ネタ帳に

「ミカエル様 ネギミ」

 と書いた。


 楽屋の扉が開く。

「悪い、遅くなっちまった」

 ハゲ頭のガタイの良いおじさんがダミ声で入って来る。ドワーフ族だ。

 シルバークラス、真打のフラワ亭ツルピカ師匠。

「師匠、大丈夫です。今上がったばかりですから」

 そう言ってネギミが立ち上がり高座の扉を少し開ける。

 これは次の師匠が楽屋に入ったと言う合図だ。前世も同じ事をする。

「よし、着物出してくれ」


 カバンから黄色い風呂包を取り出したデビ助が素早く足袋と長襦袢を取り出す。

 下着になったツルピカ師匠が背中を向ける。

 長襦袢、腰紐、襟留め、着物、帯、羽織と順番に着替えにつく。

 太鼓の前に立っていた肉丸が

「小鬼、お茶」

 と命令する。

(暇なら、お前がやれよ)

 と思ちゃいけない。

 前座仕事はとにかく一番下がやるのが決まり。

 高座返しから、お茶、着替え、着物を畳むまで全部1人でやるのが基本。

 それじゃあ、兄弟子たちは何をするのか?

 1番下が手が回らない場合の時だけ助ける。


 だから、前座は厳しい修行だと人は言うが、後輩が入ってくれば

 後はそいつに任せて、

 前座部屋でタバコを吸ったり、牛丼食べたり、漫画読んだり、トランプしたり

 楽なもんだ。

 まだ自分の芸で競い合ってないから、お気楽なのさ。


 よく落語の本で「前座は気働き」なんて書いてある。

 前座の時に、楽屋で気を使い、何でも上手にこなす前座を「お前はスーパー前座だ」「前座の鏡だ」って師匠達から褒められて、調子に乗ってる奴がいるが、そんな奴が真打になって売れるとは限らない。

 俺が知ってる限り「スーパー前座」なんて言われて、真打になって消えていった奴が山のようにいる。

 まあ、俺の考えだけど

「前座なんて適当でいいんだよ」


 そうやって、俺の前座初日は慌ただしく過ぎて行くのであった。


6月から忙しいので書き溜めておきます

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