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いよいよ楽屋入り

5日ぶりの更新です。

お待たせしました。


 次の日の朝9時50分

 俺はビルド亭の楽屋入り口の扉の前に立つ。


 前世のはじめての楽屋入りを思い出す。

 まだ23歳、落語の事を全く知らずに飛び込んだ俺は師匠鬼勝に怒鳴られながら、 着物のたたみ方や前座話を教わった。

 でも、不器用で物覚えが悪い俺は、着物をたためばしわくちゃになるし、落語を教われば覚えられず、勝手に図書館で借りた古典落語全集で覚えて「誰がそんな落語教えたんだ」と師匠に激怒された。


 その当時、俺は知らなかったんだよ。古典落語なんてみんな同じだと思っていた。

 でも流派によってそれぞれ違うんだ。

 義太夫の好きなご隠居が無理矢理、長屋の住人に語って聞かせる落語がある。

「寝床」と言う話だが、これが違う流派がやると「素人義太夫」と題名が変わり、筋も少し変わる。


 まぁ、そんな落語素人の俺が寄席の楽屋に入るんだ。緊張するってもんじゃなかったよ。確か場所は浅草の笑笑(ワラワラ)ホール。昔、上がストリップ劇場だったと有名な笑いの殿堂。


 舞台の下手側に太鼓部屋があり、ここで前座が着物を着替える。

 そこに行くと、前座の兄弟子が2人、タバコを吸っていた。

 俺の顔を見ると

「おめが、鬼勝師匠の新入りか?」

「はい、鬼助(おにすけ)です。よろしくお願いします」

 鬼助は俺の前座名

「とっとと着替えろ。やる事は山のようにあるんだ」

「はい」

 そこからは、緊張しまくり、びびりまくりで記憶にない位だ。


 でも、今は芸歴37年の経験がある。

 さぁ、異世界の前座修行はどんなものか、ワクワクするぜ。


 扉を開けて薄暗い道を通ると、ガラス戸が1枚はまっている。

 そこを開けると、半畳ばかりの靴脱ぎ場。

 靴を脱いで、横にある木の棚に置くと目の前の扉を横に開く。

「おはようございます」

 元気に挨拶。

「おう、待ってたよ」

 小太りの犬人族ミート家肉丸さんが立っていた。

 以前、ビルド亭で開口一番で上がった人だ。

 まん丸で小さなお目目、普段はメガネをかけているんだな。

「赤鬼の弟子の小鬼です。よろしくお願いします」

「今、アイアンクラスが少なくて困ってたんだよ。頼むよ」

 ビルド亭の楽屋に入る。

 楽屋は10畳位の広さで正方形。真ん中に丸い火鉢が置いてある。その周りに4枚座布団が引いてある。

 右側に大きな窓。障子がはめ込まれ、その向こうが高座だ。高座の出入り口は右角にあり、昇る小さな階段がついていた。


 その障子の前に、出囃子を三味線で引くお姉さんたちの椅子が2つ並んでいた。

 部屋の左隅に小さな座り机。ネタ帖らしき細長い帳面が置いてある。

 その机の後ろに大きな太鼓と締太鼓。

 締太鼓(しめだいこ)と言うのはドラムのような和楽器で、太鼓の皮が張るように紐で締めてあるから、締太鼓。

 その締太鼓の前に角刈りで、ガリガリに痩せている目の細い若い男が立っていた。

 肉丸兄さんが、その男を指差して

「こいつが、今、高座返しをやっているデビ助だ」

 デビ助?まさか初めて会う種族?

「ドンブラ亭デビ助です。よろしく」

 そう言うと、背中の黒い羽根が小さく開く。まるで蝙蝠みたいな羽。

 やっぱり、この人、悪魔族だ。

 よく見ると、角刈りの頭から、小さな触覚みたいなものが2本揺れている。

「よろしくお願いします」

 俺はペコリと頭を下げた。


「それじゃあ、早く着替えよう」

 そう言うと、俺を高座の後の廊下みたいな場所に連れて行く。

 幅1メートルもない細長い廊下。両脇に着物が何枚もかかっている。

 その奥が少し広くなっていて、小さなテーブルと丸椅子が3つ並んでいる。

「ここが前座部屋だ。荷物は空いているところに置けばいい」

 そう言うと、さっさと着替え始める。俺も服を脱いで着物を着る。

 兄弟子の着替えを見て感心したのだが、肉丸兄兄貴の着物のお尻の部分に、小さな穴が空いており、そこからふさふさした白い尻尾がちょこんと出ている。

デビ助兄貴の背中にも切り込みが2つあり、そこから折りたたんだ黒い羽根が飛び出している。

 さすが、異世界着物。

 俺も師匠からもらった着物に着替える。


「それじゃあ、小鬼。お前にはまずお茶を出してもらう。師匠たちが座布団に落ち着いたら、お茶を出すんだ。デビ助、やってみろ」

 そう言うと、肉丸兄貴が座布団にあぐらをかく。

 2階に行く階段が出入口の横についており、その階段下が小さな台所になっている。

 魔石で湯を沸かすポットが置いてある。既に湯が沸いているのか、下のスイッチのランプが赤く点灯している。

 デビ助兄貴が急須にお茶葉を入れお湯を注ぐ。しばらく蒸らして湯のみにお茶を入れる。お盆に載せて、肉丸兄貴の前に正座すると

「お茶でございます」

 と、バカ丁寧な口調で差し出す。

「おう」

 と肉丸兄貴が偉そうに返事して湯のみを受け取り、畳に置く。


「いいか、もし湯のみを受け取らなかったら、もう一度『お茶でございます』と言ってお前が畳の上に置くんだ」

「分りました。デビ助兄さん」

 そう言うと、俺も正座してペコリと頭を下げた。

「今日は初日だから、お茶出しだけだ。この師匠は、お茶じゃなくて、白湯とか冷たい水とかいろいろ好みがあるからその時に教えてやる」


 デビ助兄貴の神経質そうな細い目がちらりと光る。この人怒らせたら、絶対だめな人だ。いや、ダメな悪魔だ。


「いいか、いずれ高座返しもやってもらうからデビ助のやり方見て覚えろ。わからない事があったら、俺たちに聞け。お前がしくじったら怒られるのは俺たちだからな」

 肉丸兄貴の笑顔が真顔になった。


 その時、楽屋の扉が開く

 小柄で金髪の女の子が飛び込んできた。小顔で大きな瞳にツンと尖ったお鼻。なかなかの可愛い子ちゃん


「ちゃんと新入りに教えたかい?」

「ネギミ姉さん、おはようございます」

 肉丸とデビ助が直立不動で頭を下げる。

「あんたが小鬼かい?ベジ家ネギミだよ」

 背中から透明な羽根が、左右に2枚ずつ。合計4枚の綺麗な羽根を持ったフェアリー族

 こちらも初めて会う種族だ。


「よろしくお願いします。小鬼です」

「赤鬼師匠、はじめての弟子かい?クビになるんじゃないよ」

 軽いジャブを当てられる。

「私がこの芝居のリーダーだよ。私の言う事は絶対服従だからね」

 右ストレート炸裂。

 肉丸兄貴が教えてくれる。

「いいか、小鬼。リーダーって言うのはアイアンクラスだけどこの寄席の進行を任されているんだ。高座の時間を短くやってほしいとか、もう少し長くとか師匠たちに命令する事ができるんだ。師匠といえどもリーダーには逆らえないのよ」


 なるほど、前世で言えば「立て前座」の事だ。前座の中で1番芸歴が長い者がなる。

 寄席の進行だけじゃなく、師匠達から貰ったご祝儀の配分、誰が高座に上がるかを決めるのも立て前座の仕事。まあ、楽屋の専制君主だ。


「さぁ、そろそろ始まるよ」

 そう言うとネギミ姉さんは廊下の奥に消えた。すぐに赤い着物に着替えると火鉢のにある小さな机の前に座る。

 やっぱりこの机は、立て机。

立て机の前に座れるのは立て前座だけ、異世界でもリーダーだけ。


 姉さんが机の上の平べったい箱の蓋を開けると、硯と筆が入っている。

 そこに墨汁を入れると墨を磨る。

 そして、細い筆に、たっぷりと墨を吸わせると、ネタ帳を開く。

 何も書いてないページに「初日」と墨痕鮮やかに書くと

「今日は初日だから、私が上がるよ」

 本日の開口一番はネギミ姉さん。これもリーダーの特権だ。


「さあ、肉丸、1番太鼓叩いておくれ」

 1番太鼓とは、寄席の開演を知らせる太鼓。

 肉丸兄貴が長バチを握ると大太鼓の前に立つ。

「それじゃあ、行きます」

 元気よく太鼓を打ち鳴らす。

 前世の1番太鼓とよく似ている。


「ドンドン、どんとこい、ドンドン、どんとこい」


 さあ、俺の異世界寄席、前座修行の始まりだ。

異世界の寄席でも風習は変わりません。


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