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弟子入り報告

短い間隔で更新しまーす

赤鬼師匠の家を出ると、まっすぐ満腹亭に帰った。

ランチの時間が始まる前だったので、荷物を部屋に置くとすぐにカウンターの中に入る。

ガゼットさんがチラリと見るが何も言わない。付け合わせのキャベツの千切りを切っている。

ドワーフ族のコロネおばちゃんが

「のれんを出すよ」

元気に言うと扉の外に出た。

すると、開店を待っていたお腹を空かせた学生や近所の勤め人がドカドカ入ってくる。

あっという間に席は満席。

ドラゴン族のアルバイト、ボイス兄さんもひっきりなしに注文を受け、出来上がった料理をテーブルに運ぶ。


俺はその間ひっきりなしに、ランチの皿にキャベツの千切りを乗せ、ご飯と味噌汁をよそって、お盆の上に乗せる

シンクには大量の皿と食器が積み上がる。

戦場のような慌ただしさが落ち着いたのが、午後の2時。

俺はたまったお皿を必死に洗う。

そして午後3時にはお客さんがいなくなり、コロネおばちゃんもボイス兄さんも帰っていった。


「ポテトン、弟子入りどうだった?」

カウンターに座ったガゼットさんが聞いてきた。

皿を洗い終えた俺は、タオルで手を拭きながら隣に座る。

「赤鬼師匠に弟子入り出来ました」

「本当か、そりゃよかったじゃねーか」

ガゼットさんがにっこり微笑んだ。元々、顔の怖いドラゴン族。微笑んでも可愛くない。でも喜んでくれているのが嬉しい。


「でも、弟子入りが決まったら、もうここで働けねぇのか」

「師匠が『見習いのうちは働いてもいい』って言ってくれました」

「本当かよ。でも、見習いじゃなくなったら働けねってことだな」

「はい、それでお願いがあるんです」

「なんだい?」

「師匠の家が狭いので、一緒には住めないと言われました。だから、落語家になっても、しばらく2階の部屋貸してくれませんか?もちろん部屋代は払います」

ガゼットさんは青い鱗に覆われた、両腕を組むとしばらく考えた。

「そりゃ構わないけど、アイアンクラスの落語家で稼げるのかい?」

「それはわかりませんが、持ってきたお金まだまだありますし、しばらくは大丈夫だと思います」

満腹亭に居候をしていたので、部屋代も食費もかからない。服や雑貨を買った位だ。

「そうかい、それじゃ2階に住んでても構わないぜ」

「ありがとうございます」

「シナモンにも教えてやったらどうだい?」

ガルシア村の役場の上司、シナモン先生。夢破れた学者さん。


先生と出会ったおかげで、魔力のことも知ったし、ガゼットさんも紹介してもらった。俺にとっては大恩人。

「いや、まだ見習いですから。ちゃんと落語家として一人前になってから報告します」

「そうだな、すぐに破門になるかもしれねぇからな」

縁起悪いこと言わないでよ。


でも、前世では良くあったこと。入門して1年も経たずに辞めていく弟子入りがたくさんいた。理由は様々。

自分が思っていた落語家生活と違う。修行が厳しい。やっぱりめんどくさい。上下関係が厳しい。

自らとっとと辞めて行く。

反対に、まだまだ落語家生活を続けたいのに、師匠から破門にされる場合もある。

1番多い理由は、人間関係。弟子がいくら師匠が好きでも、その師匠が弟子が気に入らなきゃ破門になる。落語家の世界は、理不尽な世界。師匠が黒いものを白いと言ったら真っ白でございますと言わなきゃいけない。

昔、師匠の鬼勝(おにかつ)に弁当買って来いと言われ、幕の内弁当買って行ったら、「馬鹿野郎、こんなもの食えるか。パンにハムが挟まったやつ買ってきやがれ」

そう言って、弁当投げつけられたことがある。だったら、最初からサンドイッチを買って来いって言って欲しいよ。

でも、そんな事は言えず「すいません。すぐ買ってきます」

こんなことが、ザラにある世界。

でも、まぁこれは俺が前座だった昭和の時代の話だ。今の時代だったら、パワハラですぐに訴えられるかもしれないね。


「それで師匠のうちに毎日行くのか」

「とりあえず3日後に来いと言われました」

「そうなるとランチの手伝いは難しいなぁ」

「そうですね、弟子が師匠に『アルバイトがあるから帰ります』とは言えませんよ」

「そうなると、昼のアルバイトもう1人雇わなくちゃいけねぇなぁ」

「すいません」

「気にしなくていいよ。俺だって田舎から出てきたポテトンなんて大して役に立つとは思わなかったからな」

「ちょっとひどいじゃないですか、ガゼットさん」

俺は頭の上にある角を両手でつかんで大きな角にして怒ったふり。

「ハハハ、それが思った以上に役に立ちまって、ポテトンなしでは、満腹亭が回らなくなっちまった。それがいなくなっちまうんだから、大変だよ」

「夜ならお手伝いできると思います」

「そりゃありがたいが、無理するなよ。その時はちゃんとアルバイト代出すからな」

「アルバイト代は晩御飯で手を打ちますよ」

「そりゃ安上がりでいいや。これからもよろしく頼むぜ」

そう言うと、ガゼットさんが右手を差し出した。青い鱗に覆われたゴツい手。でも、爪はきちんと切ってやる。料理人の常識だね。。

「本当に今まで面倒を見てもらってありがとうございます」

俺はそう言うと、ガゼットさんの右手を両手でぐっと握り締めた。

誰も知らない異世界で、こんなに人の出会いに、恵まれるなんて。

もしかしてこれも神様の思召しかしら?


「ほほほ、ありがたく思えよ、鬼切師匠。最初位は、ちょっと手を貸してやらんとな。でも、これからは自分で切り開いていけよ」


そして、その日の夜も、満腹亭を手伝っていると

「ポテトン、どうだった?」

そば吉がやってきた。

「赤鬼師匠に弟子入りできました」

「まじかよ。あの人、今まで弟子なんか取ったことねーんだぜ。あ、俺ハイボールね」

仕方ないので、皿洗いの手を止めて、ハイボールを作ってカウンターに置いた。

「グビグビグビ、カー仕事終わりは体にしみるね」

「ビルド亭だったんですか?」

「違うよ、先輩の落語会に呼んでもらったんだ。ブロンズクラスの俺なんかめったにビルド亭に出してもらえないよ」

「そうですか?」

めったに出られないって、そもそもブロンズクラスの落語家さんは何人いるんだろう?


「どうやって弟子入りできたんだよ?」

そば吉がお通しで出た。きゅうりの漬物をバリバリ食べながら聞いてきた。


「とにかく、赤鬼師匠の弟子になりたいって、お願いしたんです」

詳しく話すと、このそば吉が楽屋でどんな尾ひれをつけて話すかわかったもんじゃない。ここは漠然と話すに限る。

「ふーん、それで弟子になれたって運がいいんだなぁ」

「僕もそう思います。それで3日後にまた赤鬼師匠の家に行くんです」

「3日後?俺なんて弟子入り許された次の日の朝6時に呼ばれて、うるさい兄弟子から

掃除の仕方をみっちり小言沢山で教わったもんだ」

見かけに寄らず、苦労してんだね。

「まあ、赤鬼師匠もはじめての弟子だから、いろいろ準備がいるんだろう」

「何の準備ですか?」

「そんなこと知らねえよ、けえ」

大きな舌打ちをすると、ハイボールをゴクゴク飲むそば吉。

むかつくけど、この兄さんがいなかったらまだ落語家になれなかったかもしれない。

そう思うと、ちょっとこの堕天使にお礼しなくちゃ。

「そば吉さん、もう1杯ハイボールいかがですか?僕がご馳走しますよ」

そばの目がパッと開く。頭上の輪っかがくるくる回る。

「本当かい、ポテトン?良い心がけじゃねーか?これからもわからないことがあったら教えてやるからな、ハハハ」

あんまり調子に乗るなよ、そば吉。前世の芸歴を加えたら、お前なんか遥か下っぱなんだからな。

「ありがとうございます、そば吉兄さん。これからもよろしくお願いします。」

俺は深々と頭を下げた。


満腹亭での後始末ちゃんと書いておかないとね。

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