オーラ感知玉の異変
なんと三日間連続投稿
「よかったね、ポテトン。これでとりあえず弟子入りはお願い出来るよ」
エリックさんは、そう言うとオーラ感知玉を座布団に乗せたまま持ち上げ、大事そうに席を立ち、後ろの金庫にしまった。
「ありがとうございます」
「だからといって、赤鬼師匠が弟子に取ってくれるわけじゃないけどな。それは君の運次第だ」
運次第って、その時の赤鬼師匠が機嫌がいいか、悪いか?その時の気分次第?
まぁとりあえずもう一度お願いしよう。もしダメなら他の師匠を探せばいいんだ。
これは、前世でもあった事だが、最初に入門をお願いした憧れの師匠に断られ、仕方なく次の師匠にお願いしたら入門出来た。
なんて事はざらにある。
その上、憧れの師匠が実はガミガミうるさい小姑みたいな師匠だったと楽屋に入った後からわかったりする。
仕方なく弟子入りした次の師匠が、自分と妙に馬が合い楽しい前座生活を送れた、なんて奴も俺は知っている。
まぁ楽しい前座生活を送ったから、落語家として売れるってわけじゃないけどね。
「ありがとうございました」
もう一度、お礼を言うと、落語ギルト出た。
赤鬼師匠の家がどこにあるかわからないから、ここは一旦満腹亭に帰ろう。
今、気がついたのだが、もし赤鬼師匠が
「弟子になりたいって?それじゃあ詳しく聞きたいから私の家に来なさい」
なんて言われて着いて行ったら、夜の満福亭の仕事、どうするつもりだったんだろう?
すっかり忘れていた。
この異世界には携帯電話なんかないから、ガゼットさんに連絡出来ない。
「ポテトン、いきなり仕事休みやがって。この店から出て行け」
なんて言われたかもしれない。危ない、危ない。
急にお目当ての師匠が見つかって、俺もテンパってたみたいだ。
さぁ、早く満腹亭に帰ろう。
その日の深夜、トーキン落語ギルドで小さな異変が起こった。
夜中の2時、さすがに賑やかなビルドも静まり返っていた。
誰1人として歩いていない。
真っ黒い野良猫が落語ギルドの前を通った時
「ピカーーーー」
まぶしい光がギルド建物の窓から溢れ出す。
「ふにゃー」
驚いた野良猫が、30センチ、飛び上がるとその場から逃げ出した。
光はすぐに収まり、何もなかったようにギルドの建物は闇に沈む。
その異変は、落語ギルドの金庫の中で起こった。
紫の座布団の上に置いてあった。真っ黒なオーラ感知玉。
その感知玉の真ん中から小さな渦が巻き起こった。やがて、その黒い渦は玉全体に広がるとすごいスピードで回転を始めた。
まるで宇宙のブラックホールが、星々を飲み込むように渦巻く。
やがて目にも止まらぬスピードになると、感知玉の中心に小さな光が現れた。
その光がだんだんと大きくなると、真っ黒だった感知玉が緑から青、赤、黄色、そして最後には真っ白になる
抑え込んだ力が限界点に達し、爆発するように凄まじい光がほとばしる。
扉を閉めた金庫のわずかな隙間からその光が飛び出し、ギルドの建物の窓から外に溢れだしたのだ。
まるで超新星が爆発したようなものだ。
そして、金庫の中では、真っ黒な感知玉が、透明になっていた。
占いに使う水晶玉みたい、どこまでも曇りなく透き通っている。
そして風もないのに、さらさらと砂になって崩れていく。細かい細かいガラスの破片。
やがて、紫の座布団の上に、一握りの透明な砂だけが残っていた。
1 年後、トーキン落語ギルドに弟子入り志願者が来て、エリックさんが金庫の扉を開けたら紫の座布団の上に、細かい砂がうっすらと残っていた。
「大変だ、オーラ感知玉が盗まれた!」
慌てて警察を呼んだが、いまだにこの事件は解決していない。
そして、この小さな異変の事は、俺もまだ知るよしもなかった。
満腹亭に戻ると、ちょうどガゼットさんが夜の仕込みを始めたところだった。
「ポテトン、どこ行ってたんだ。早くテーブル拭いてくれ」
「すいません、すぐやります」
俺はカウンターに置いてあった小さなタオルを硬く絞って手前のテーブルから拭き始める。
「それでどこ行ってたんだい?」
ガゼットさんがホルモン煮込みに豆腐を千切りながら聞いてきた。
「実はやっと弟子入りした師匠が見つかったんです」
「またビルド亭に行ってたのかい?」
ちょっと驚いた顔で聞き直す。
「やっぱり落語家になりたくて」
「本気だったんだなぁ」
いやいや、ガゼットさん、俺、異世界で落語家1択なんです。本気にならざるを得ないじゃないですか。
「それでなんて言う師匠だい?」
「ヘヴン亭赤鬼って言うんです。知ってますか?」
「聞いた事ないね。まぁ、俺は落語に詳しくないから、有名なのかい?」
「さぁどうなんでしょう?俺も初めて会ったし」
「おいおい、初めて会った師匠に弟子入りなんて、あんまり無茶な事しないほうがいいよ。もっと時間をかけて選んだらどうだい?」
「いや、そんな事より、まず弟子入りするには落語ギルドで合格してからじゃなきゃいけないんですよ」
「なんだそれは?」
それから俺は落語ギルドで、どれだけ魔力を持っているか、オーラ感知玉で計測して光らないと不合格となり、弟子入りの権利が剥奪される事などガゼットさんに教えた。
「へー、そんな面倒くさい事になっていたのか」
「赤鬼師匠に『弟子にしてください』って言ったら『弟子入りする資格はあるのか』って鼻で笑われましたよ」
「しかしそんな事、そば吉全然言わなかったじゃねーか」
「そこなんですよね。落語ギルトのエリックさんが言うには『君がびっくりして、驚いてる様子を想像して笑ってるんじゃないかい?』って言ってましたけど」
「あの野郎、そういう底意地の悪いところがあるんだよなぁ」
そんなおしゃべりをしていると、すぐに夜の開店の時間が迫ってきた。
やがて、アルバイトの鳥人美人アルバイト、イグルさんもやって来る。
広げていた白い羽根を閉じると
「ポテトン、のれんを表に出しときな」
まるで、女将さんのように、俺に命令する。
前世で見た居酒屋と言えばのれん。この事を俺はガゼットさんにさりげなく伝えていた。
今までは、入り口の扉の前に「開店中」と書いてある木の札をぶら下げていた。
「ガゼットさん、木の札じゃ見えにくいから、布を垂らしたらどうですか?」
「布を垂らす?おいおい、そんな事したら店の中が見えねぇじゃねーか」
「いや、カーテンじゃないんですよ。扉の上をちょっと覆うように、竿に布を通してぶら下げるんです。その布に満腹亭って書くんです。俺の田舎では、その布の事を「のれん」といいます。のれんがぶら下がっていたら、お店が開いていると言う合図なんですよ」
俺の田舎ってどこだよ?エポック州ガルシア村?つい前世の記憶で、余計な事をっちまう。
「へーいいじゃないか。ポテトン、お前が作ってくれよ。その「のれん」ていうの」
大して考えもせずガゼットさんが俺の提案に賛同してくれた。
そこで、白地の布に俺が拙い字で「満腹亭」と大きく書いた「のれん」が出来た。
そして「のれん」に竹のような棒を通して開店と同時に扉の前に掛ける。
その仕事が、いつの間にか俺専用になってしまったのはご愛嬌だ。
その夜も、開店からお客さんが途切れる事なく入ってきて、店は大賑わい。
イグルさんも瓶ビールやおつまみをお盆に載せて、あっちこっちと大忙し。
俺も休む事なく、皿洗い。その上、注文が立て込めば、焼き鳥をひっくり返したりホルモン煮込みをよそったり、八面六臂の大活躍。
そして9時過ぎ、やっとお客さんが落ち着いた頃、あの男が入ってきた。
「久しぶり、ポテトン。良い師匠見つかったかい?」
やっと来やがったか、この堕天使そば吉。お前が来るのを待ってたぜ。
明日からまた仕事が立て込んで投稿できなくなります。
5日ほどお待ち下さい




