赤鬼師匠とご対面
調子に乗って、連日の投稿。
ビルド亭の真裏にある楽屋口はベニヤ板一枚の粗末な作り。
まさか、ここから芸人が出入りしているなんて誰も思わない。
なんで俺が知ってるかと言うと、そば吉さんに教えてもらったからだ。
「歴史あるビルド亭だから楽屋口も立派だと思うだろ。それが違うんだよ。ゴミ置き場の入り口みたいな楽屋口。時々、弟子入りしようとして裏まで来るんだけど楽屋口がわからなくて、ウロウロしている若い奴がいるんだぜ、ひひひ」
性格の悪い天使です。
俺はそのベニヤ板の横に少し離れて立っていた。
15分位いた頃か。
きききき、と軋む音を立てて戸が開く。
黒いジャンパー姿に、グレーのスラックス。
着物から着替えた赤鬼師匠がぬっと現れた。
俺が1歩近づく。
赤鬼師匠がびくっとして
「なんか、用かい?」
「僕を弟子にしてください。お願いします」
俺は思いっきり頭を下げる。
「おいおい、こんなじいさんに、弟子入りしてどうするんだい」
「寄席で師匠の芸を見て決めたんです。お願いです。弟子にしてください」
「俺は今まで弟子なんか取ったことないんだ。それにあんた、弟子入りする資格はあるのかい?」
弟子入りする資格って何?
「そんなことも知らないのかい?落語ギルドで聞いてきな」
それだけ言うとさっさと赤鬼師匠が立ち去っていった。
何のことかさっぱりわからない。
そこでまたビルド亭の前に回って切符売り場にいる狐目のノリコ姉さんに聞いてみた。
「落語ギルドで聞いて来いって言われた?やっぱりそうなるよね。まぁ無理だと思うけど行くだけ行ってみな」
そこで、落語ギルドの場所を聞くと、ビルド亭のすぐそばにあるらしい。
お礼を言って、教わった通りに行ってみる。
しばらく行くと、くすんだ石造りの3階建ての建物が見えてきた。
正面には立派な板でできた扉があり、その横に「トーキン落語ギルド」と書かれた表札がぶら下がっている。
俺は扉を開けると中に入った。
20畳ほどの部屋の中に、机が8つ並べられ、そこに4人の人が何やら事務仕事をしていた。少し離れた大きな机には、眼鏡をかけたエルフ族のおじさんがチラリとこちらを見た。
「すいませんませ、ここ落語ギルドでしょうか?」
「そうだけど、なんだ君は?」
「赤鬼師匠に弟子入りしようとしたら、資格はあるのかって聞かれて?それでわからないので、黙っていたら落語ギルドに行けって言われて」
「なるほどね。しかし最近、こんな飛び入りの弟子入りも珍しいね。こっちに来なさい」
僕を連れて、部屋の奥に行くと、薄板で遮られた場所があって、テーブルと椅子が4つ置いてある。その1つに僕を座らせ、メガネエルフが正面に座る。
「落語家になるには、魔力が一定以上なければいけない、って事は知ってるよね?」
そんなの初めて聞きました。
「え、知らないの?それでよく落語家になろうとしたね」
「僕、エポック州のガルシア村から出てきたんです。もともとは山奥で家族だけで暮らしていて」
仕方ないので、今までの異世界での俺の人生を語って聞かせた。
「そうか、何も知らずにトーキンに出てきたのか?でも、そば吉を知っているんだろう?あいつ教えてくれなかったのか?」
そういえば、そば吉さん、最初会ったときにこう言ったよね
「夢見るんじゃねーよ。落語家なんて諦めな」
それはこのことを言ってるのかな?どんなに落語家になりたくても、魔力が足りなければなれない。でも、何の魔力だろう?
「教えてくれなかったです。弟子入りしたい師匠を探して、お願いしろって」
「あいつも意地が悪いなぁ。こうやって君が困るところを想像して、今頃笑っているんだろうな」
あの堕天使の笑い声が聞こえる。
「ポテトン、今頃びっくりしてるぜ。ひひひひ」
そば吉覚えてろよ。お前の頭の上にある輪っか、真っ二つに叩き折ってやる。
「僕はトーキン落語ギルドサブマスターのエリックといいます」
メガネエルフのおじさんの名前は、エリック。なんかしっくりくるね。
「僕はポテトンと言います。コリン街にある満腹亭で働いてます」
「お父さんもお母さんも亡くなっているんだよね。たった1人で落語家になりたくてトーキンに出てくるなんて偉いね」
いや、俺も前世で死んでるんです。それにこの異世界では落語家一択って神様に言われたので選択の余地がないんです。
「それじゃあ教えてあげよ。落語家になるには、魔力が必要なんだ。そしてその魔力を使って、あるスキルを獲得しなきゃいけない」
やっと、異世界ファンタジーの世界になってきたぞ。
「どんなスキルが必要なんですか?」
「それは『言霊』と言うスキルさ」
言霊?それはどんなスキルで、なんで必要なの?
「落語家は言葉でお客さんを笑わせたり、泣かせたり感動させなきゃいけない。そのためには、自分の言葉に魔力を乗せて客に届けなきゃいけない。その言葉の持つ力が言霊と呼ばれるスキルさ」
なるほどね。俺の前世でも名人と言われる落語家さんは言葉に力があったと言われている。
昭和の名人、八代目桂文楽師匠が「船徳」を演じるときに、マクラで
「四万六千日、お暑い盛りでございます」
と、言っただけで春でも、客がまるで灼熱の太陽に炙られたように汗をかく。
多分言霊ってこんなイメージでいいのかな?
「でも、いくら魔力を持っていても、言霊を操れる魔力がなければダメだ。この場合、魔力と言わず、オーラと言うんだがね」
あ、それ知ってる。シナモン先生が教えてくれた。お医者さんになりたくても、人を治すオーラがなければ、成れない。
そして自分が人を治すオーラを持っているかはわからない。自分がそのオーラを持っていると信じて修行するしかない。
でも、山にこもって300年修行して、でも、結局自分には人を治すオーラがなかった、じゃあんまりにもかわいそうだ。
「そこで落語家になれる言霊のオーラがあるか、事前に確かめるるんだ」
あれ、自分がどんなオーラを持っているか、わからないんじゃないんですか?
「確かに、昔はそうだった。例えば、料理人の子供は、料理のオーラを持っているんじゃないか?医者の子供は人を治すオーラを持っているんじゃないか?なんとなくで、自分の持っているオーラを予想したものさ。
でも、今はオーラ感知玉と言うのがあって、特定のオーラなら、事前に計測することでわかるようになったのさ」
シナモン先生、文明が進んでますよ。
「だから、まず、落語家になりたい者は、落語ギルドに来てオーラを計測するんだ。そこで合格したら晴れて弟子入りしたい師匠にお願いする。不合格だった場合は、諦めるしかないね」
結構シビアなんですね。それで合格率はどのくらいなんですか?
「うーん、時代と共に、人間の魔力がだんだんと減ってきてるんだよね。昔は1年に10人もの弟子入りがあったけど、最近じゃ1年に1人か2人。ここ2年誰1人として弟子入りはいなかったんだよ。。
なるほどね、だから、切符売り場のノリコ姉さんが俺を見て
「まぁ無理だと思うけどね」
と言ったのは、そういうことか。2年間、誰も弟子入りできなかったのに俺みたいなよく落語も知らない田舎者が弟子入りできるなんて、そりゃ無理だ。
「とりあえずポテトンの言霊のオーラを測ってみよう」
そう言うと、エリックさんが立ち上がり、自分の机の後ろにある大きな金庫の扉を開ける。
そして中から紫の座布団に乗った野球のボール位ある水晶玉を取り出した。
その水晶玉を俺の目の前に置く
この水晶玉、透明じゃなくて真っ黒。もしかして巨大な正露丸?
「いいかい?ポテトン、この黒い玉に向かってなんでもいいからつぶやいてごらん」
「え、つぶやくんですか?大きな声で叫んだほうが有利じゃないですか」
「いやいや、大声コンテストじゃないからね。普通の声でいいから、でも、気持ちを込めて。自分の名前でも、好きな食べ物でも言ってごらん」
「それで言霊のオーラがあったら、この黒玉どうなるんです?」
「微かに光るんだよ」
それじゃあ、微かに光ったら合格?
「油断したらダメだよ。言霊のオーラがなかったら、全く光らないから。去年も15人弟子入りのために計測したけど、誰1人として光らなかった」
それじゃあ、微かにでも光ったら凄いことじゃないですか?あれ、ちょっと待ってよ。
「そば吉さんは、もちろん光ったんですよね」
「確か今から6年前かな。そば吉が緊張して、この黒玉に向かって『じゅげむ、じゅげむ五劫の擦り切れ』とつぶやいたらポワンと光ったんだ」
すごいじゃないか。あの堕天使。
「でも、合格とわかって、気を失って倒れたよ」
やっぱり小心者だったのね。
「でも、名人なんかになる人はすごく光ったりするんですか?」
「落語の神様と言われるマウン亭青空師匠は『この黒玉が金色に輝いた』って言う伝説があるんだ」
さすが、青空師匠、スーパーサイヤ人並みの才能ですね。
でも金色に輝くと言霊オーラはどの位なのかなあ?
やっぱりジャンプ世代の俺は数字で出して欲しいなあ。
あ、思い出した。シナモン先生がギルドカード見せてくれた時に、確かMPが幾つって数字で書いてあったよ。
MPって魔力だろう?ちょっと聞いて見よう。
「エリックさん、黒玉光るのってMPどの位ですか?」
「ホー、ポテトンMPなんて良く知ってるなあ」
「ガルシア村の役場で働いていた時に上司にギルドカード見せてもらったんです」
「へえ~、田舎の役場にもスキル持ちがいるんだねえ。それじゃ教えてあげるよ。まずMP1〜3じゃ光らない。光るのは4以上だ」
シナモン先生のMPって11って書いてあったから凄い魔力持ちだったのね。
「それじゃあ、そば吉さんは入門した時はMPが4ですか?」
「その位だね。まあ今はブロンズクラスの中堅だから8は行ってないとな」
「シルバークラスになるには幾つ位が目安なんですか?」
「まあ、MPが全てではないけど15は欲しいね」
ふーん、前世で言えば2つ目が真打ちになるには倍の力がいるって事だ。まあ倍の力って言っても様々あるわな。
「それで、マウン亭青空師匠位の名人はどの位ですか?」
「落語の神様のMPか?うーーん、記録はないけど入門時で黒玉が金色に輝くんだからーー100はあるんじゃないか?」
出ました夢の100パワー。
俺もあやかりたいぜ。
「さあーポテトやってやってごらん」
そこで俺は前かがみになって、黒玉に顔を近づけた。
息を吸うと普通の声で喋ってみた。
「僕はポテトンです。この世界に生まれて神様に落語家になれと言われました。よろしくお願いします」
すると、黒玉の奥からじわじわと光が登ってくるとポワンと微かに輝いた。
「凄いじゃないか、ポテトン。そば吉と同じ位に光ったよ。彼と同じ位、才能があるってことだ。これで弟子入りできるぞ。おめでとう」
なんだか全然嬉しくない。神様がこの異世界で落語家一択言うからすごいオーラを持っているのかと思っていた。
この黒玉がパーと光輝いて、まるで太陽みたいにあたりを照らす。
それを見て、エリックさんが
「なんて、すごい言霊のオーラだ。青空師匠を超えている。ここに新しい落語神が誕生した。ポテト君はいきなりシルバークラスだ」
って言う展開だと思っていたのに。あの堕天使と同じレベル。
これはちょっと凹んだよ。でもまぁこれで落語家になる資格は取れたってことだ。
気を取り直して、もう一度赤鬼師匠に弟子入りお願いしてみよう。
いよいよ落語とファンタジーの世界が始まりそうだね