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こんな師匠の弟子になりたい

4日ぶりの更新です。

ゴールデンウィークも終わりました。

俺は遊んでいたわけじゃありません。毎日仕事仕事。

異世界で、どんな落語家さんに弟子入りしたいかの前に、死ぬ前の俺の師匠を紹介するよ。

 

前世で俺の師匠だった鬼笑亭鬼勝(きしょうてい おにかつ)は新作落語の天才だったが、狂気の人でもあった。

ぱっと見は、痩せていて、髪を七三に分け品があって学校の先生みたいだが、その中には、ドロドロに熱したマグマみたいな情熱を秘めていた。


とにかく、勝ち負けにこだわる。いわゆる勝負師。

落語の勝ち負けってなんだ?

客に受けたか受けないかが全てだ。

ある新作の会でトリに上がった鬼勝が「カワウソの長吉」と言う話をやった。

この話は、カワウソの長吉と呼ばれる泥棒が20年ぶりに刑務所から出てくる。すっかり世の中は変わってしまったが。20年前と同じように振る舞うのだ。

例えば、マクドナルドに入った長吉が、チキンナゲットを指差して「姉ちゃん、そこの小さないなり寿司くれねぇか?」なんて具合だ。

面白いのだが、その時の客と合わずに小さな笑い声しか起きなかった。

すると、鬼勝は楽屋に戻ってくるとパイプ椅子を蹴飛ばし

「ちくしょう負けた。なんで受けねえんだ」

叫んで、楽屋で暴れだす。

机の上にあったペットボトル、ティッシュの箱、手当たり次第、壁に投げつける。


「師匠、落ち着いてください。お客さん、ちゃんと聞いてましたよ」

「馬鹿野郎、落語聞くの当たり前じゃねーか。今日は俺の負けだ。俺はもう帰る」

「いや、この後打ち上げがあるんですよ。師匠がいなかったらカッコつきませんから」

「うるせえ、ネタがこけたのに、打ち上げなんか出られるか」

そう言うと、着物を詰めたカバンを前座からひったくると楽屋口から飛び出して行った。

俺と残された出演者は呆然と見送るばかり。


そして、鬼勝の口癖は

「古典落語をつぶせ」

鬼勝が若い頃、周りは全て古典落語家だった。だから、新作をやる鬼勝はずいぶん馬鹿にされたそうだ。

寄席の楽屋には、ネタ帳と言うものがあって、自分の前に上がった人が、どんな落語をやったか、そのネタが書いてある。

そのネタ帳を見て、自分がやる落語を決めるのだ。

例えば、ネタ帳に「親子酒」と書いてあったら、酒の話は避ける。

次に高座に上がる鬼勝がネタ帳を見ていたら、先輩落語家が

「新作やるやつなんて、こんなもの見なくたっていいだろう」

そう言って、目の前のネタ帳を取り上げて笑ったそうだ。

こんな嫌がらせを何度も受けた鬼勝はいつしか、古典落語をやる噺家を憎むようになり、ついには古典落語を敵だと思い込んだ。

「古典落語があるから、新作落語が日の目を見ないんだ」

とにかく、思い込みの激しい師匠であった。

そんな師匠に振り回されて、俺の前世の修行時代は、そりゃ悲惨だった。

罵倒され、殴られ蹴られ、無理難題押し付けられた。


2つ目の頃、俺が「河童の手」と言う新作落語を作って高座でやった。

それを聞いた師匠が「明日、家に来い」と言うので行くと

鬼切(おにぎり)、お前の河童は偽物だ。これからお前が河童になる稽古をする」

「河童になる稽古って何するんですか?」

「庭に出ろ」

何の事かわからず、庭に出ると、1年以上掃除してない緑に濁った池を指差し

「この池に頭までもぐれ。いいか、河童の気持ちになるまで出てくるんじゃないぞ」

そう言って、なぜかシャンプーハットを手渡された。

「まさか、これをかぶって潜るんですか?」

「当たり前だろう、少しでも河童に近づけ」

初夏とは言え、水の中に入るのはまだ冷たい。でも、そんな言い訳は、師匠には通用しない。

「早くパンツ1枚になって潜らねーか。潜らなきゃ破門だ」

仕方なくパンツ1丁になって池の中に入る。もう水はぬるぬる。腐った匂いがするし、金魚だか鯉だかわからないが、ぬめっとしたものが、俺の体に触れる。

「俺が合図するまで潜っていろ。早く沈め」

俺は度胸を決めて、耳の穴を指で塞ぐと目を固くつぶって、池の中に頭を沈める。

生臭いゼリーで体中覆われている気分だ。どのくらい経ったかわからないが、もう1分以上潜っている。さすがに息が続かなくなり、ブワーと池から飛び出すと

「馬鹿野郎、俺が手を上げるまで潜っていろ」

「師匠すいません、池の中で潜っているので、手を上げたかどうか見えません」

「心で見るんだよ。そんな事ができねぇから、お前の落語はつまらねぇんだ。」

俺、剣の達人じゃありまん。

こんな理不尽な修行を何度もやらされた事か。


だから俺は生まれ変わったら、穏やかな落語家さんの弟子になろうと決めていた。

でも、ただ穏やかだけじゃダメだ。何かキラリと、俺を惹きつけるようなものを持っている師匠が良い。

別に売れていなくてもいい。でも、ああだ、こうだと、何かと俺に指図するようなおせっかいな師匠は嫌だ。


そんな師匠はいないか?休みの日の度にビルド亭に通ったがなかなか出会わない。

そんなある日の月曜日、満腹亭の大将ガゼットさんが急に昼間外せない用事ができて、ランチが中止になった。

夕方まで空いた時間がもったいないのでビルド亭に行くと、平日なので、お客さんはガラガラ。

もう既にブロンズクラスの2つ目さんが高座に上がっていた。

俺はいつでも帰れるように1番後ろの席に座る。

2つ目さんが終わり、出囃子が鳴ると福笑いみたいな顔をした坊主頭のおじいさんが出てきた。頭の上に、小さな角が2本。鬼人族の落語家さんだ。

めくりには「ヘヴン家赤鬼」と書いてある。

確かに、日焼けなのか酒焼けなのか、顔が真っ赤だ。

そして、喋り始めたのが「伊勢海老」と言う不思議な話だ。

居酒屋の大きな水槽にいる年老いた伊勢海老が新しく来た伊勢海老に、どうしたらこの水槽の中で生き延びられるか小言を言う落語だ。

「いいかい兄さん、捕まらないためには、水槽の隅でじっとしているのが1番だよ。そうすれば生きが悪いと思われて見逃してもらえるのさ、ほほほ」

前世でも聴いた事がない落語。もしかして初めて聞く異世界の新作落語?

そして、語り口調がゆっくりで穏やか。人の良さ、いや、鬼の良さがひしひしと伝わってくる。

実は弟子入りで1番気をつけなきゃいけない事は、高座の上では人の良さそうな落語家も、実は楽屋に戻ると口うるさい爺いだったりする。

でも、俺には前世の37年間の落語経験がある。高座を見れば、どんな落語家かその本質がわかるんだよ。

そして俺は、この赤鬼師匠が俺の探し求めていた異世界の師匠にふさわしいとわかった。

「君に決めたぜ。Baby」


俺は赤鬼師匠が高座終えたと同時に、席を立つ。

ビルド亭を出て、裏の楽屋口で待ち伏せする事にした。

やっと弟子入りする師匠が見つかったよ。

しかし、まだまだ落語の世界の入り口です。

やっと扉の前に立てたかな?

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