9話「攻撃は最大の防御」
翌日の昼休み、詩織は莉奈、翔子と3人でランチを食べながら昨日の出来事を翔子に話していた。
「そんな事があったんだ」
全てを聞いた彼女の一言目がそれだった。呆気ないように思えるが、わざわざ彼氏と昼食を摂る約束を反故にしてこうして相談に乗ってくれているのだから2人も批判はしなかった。
「それで、どうしたら良いと思う? 」
詩織が尋ねる。
「そうだねー」
翔子はそう言いながら卵焼きを口に入れ咀嚼する。
……やっぱり難しいよね、莉奈もストーカーだと警察も余り動いてくれないって言っていたし。
と詩織が諦めかけた次の瞬間、彼女はとんでもない事を口にした。
「それなら、付き合っちゃえば? 」
「え? 」
……今、付き合うって言った?
詩織は耳を疑う。それは当然でストーカー相手にこちらから近寄れなんて何が起こるか分からない事を提案する者などいないだろう。
「今、何て行ったの? 」
遅れて梨奈が尋ねると翔子が首を縦に振る。
「ストーカー先輩と付き合っちゃえばって言ったの。攻撃は最大の防御って言うでしょ? 」
「いやいやいやそれは危険だよ、詩織が何をされるか」
「それにそれは……先輩にも悪いし」
「平気よ、それならウチと梨奈で見張るとかすれば、例えば……詩織の家のクローゼットの中に隠れるとかしてさ。それに詩織はストーカーに苦しめられたんだからそれくらいしてもバチは当たらないでしょ」
梨奈と詩織が意見を言うと翔子が顔色一つ変えずに説明をする。ここまで言われると詩織は納得するしかなかった。
「それなら……やろう」
「ちょっと詩織」
「そう来なくっちゃ」
「と言っても梨奈がクローゼットの中に隠れてくれたらだけど……」
途端に歯切れが悪くなり梨奈を見つめる。彼女はハアとため息をついた。
「分かった、やるよ、それで詩織が助かるのなら」
「ありがとう梨奈……でも、いつからやる? 」
「勿論今日から、やるなら早い方が良いでしょ」
翔子がノリノリで答える。それを聞いて詩織は思わず立ち上がった。
「今日! ? でもそれじゃあ放課後までに先輩に告白しないといけないって事? 」
「まあそうなるね」
「ストーカーされてるって事は気付いてない体を装った方が良いかもね、何なら思いっきりだらしなくして向こうから見限って貰えば良いかも」
翔子の同意に梨奈が付け足す。
……そうなると、今から告白するしかないの? もしかすると同じ教室にいる潤先輩の前で。
「そんなの無理だよおおおお〜」
思わず机に突っ伏しながら詩織は声を上げた。
〜〜
昼食を済ませると詩織は梨奈と翔子に連れられ2年2組の教室前に来ていた。
「どうしよう、2年生の教室に来たのなんて初めてだよ」
「確かに、結構緊張するね」
幾つかクラスがあるとはいえ1年共に過ごしてきた2年生の面々は廊下の見知らぬ生徒である詩織達に好奇の視線を向けていた。
「まあまあ仕方ないよ、ほらドーン」
翔子はそんな視線をものともせずに詩織を押す、勢いよく押された詩織はよろけながら開け放たれている扉から教室に入る形になった。
そこで目に入ったのは……潤だった。
「おお、詩織、どうしたんだ」
「嘘、あの人潤と付き合ってるの? 」
「結構可愛いじゃんやるな〜潤」
潤の気さくな反応に周囲が反応する。
……うう、潤先輩とこんな形で話す事になるなんて。
この状況に悲しみながらもこの状況から脱したいという気持ちが勝った詩織は予め決めていた文句を口にする。
「その、大輝先輩はいらっしゃいますか? 」
「……大輝? 」
周囲が凍りつく。
……え、大輝先輩ってそんなに口に出したら駄目な人なの?
「いや、驚いた。まさか大輝か……あいつなら図書室だと思うけど何の用なんだ? 」
「実は……一昨日告白されて、その返事をお伝えしたくて」
「ああ、そういやそんな事あったなあ。ともかく大輝なら図書室だ」
「ありがとうございます」
「おう、またな詩織」
「はい」
……良かった、まだ脈が無くなった訳じゃなさそう。
と依然優しく接してくれる潤を見て安心しながら詩織は2年生の教室を後にした。
〜〜
潤に言われた通りに図書室に向かうと閑散としている図書室の勉強机に齧り付くようにして座っている大輝の姿があった。
「あの、先輩」
「ん? ああ……何? 」
大輝がこちらに身体を向ける。
……今から嘘とはいえ告白するの、やっぱり無理!
「何でもありません」
と逃げようとするのを背後から2人に肩を掴まれ阻まれる。
「ほらほら図書室だと静かにしないといけないよ詩織」
「そうそう先生に怒られちゃうよ」
……ノリノリじゃん。
翔子の言葉通り目の届くカウンターには司書の先生がいる、そのためか2人は顔に笑みを浮かべこの状況を楽しんでいるようにすら思えた。
「それで、何の用? 」
「あの、その、えっと……外まで良いですか? 」
そろそろ目をつけられるかもという思いから詩織はそう口にする。
「分かった」
大輝はそう頷くと廊下へと向かった。
「それで話って何? 」
図書室を出るや否や大輝が尋ねる。今すぐにでも勉強に戻りたいと言う様子だった。
……凄い素っ気ない、本当にワタシの事好きだったのかな?
詩織はそのような複雑な感情を抱く。
「実は、ワタシ先輩の事が好きなんです」
必死さを出すために勢いよくお辞儀をすると共に何度も頭の中で反芻した言葉を口にする。
「……潤が好きなんじゃないのか? 」
「…………」
……流石学校一の秀才と呼ばれる先輩、賢い。
痛い所を突かれて詩織は言葉に詰まる。
……でも、ワタシもここで引くわけにはいかない。潤先輩と付き合う為にも大輝先輩にはストーカーを辞めて貰わなきゃ!
「違うんです、ワタシ先輩の事が好きで。大学、行きたいなって思って……勉強教えてもらえたりなんかしたら幸せだな〜って」
必死に言葉を継ぎ接ぎしてそれらしい文章を作り出し口にする。すると彼は「ああ」と口にした。
「勉強教えて欲しいって事なら良いよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
……やった、上手くいった。
とりあえず第一段階が成功した事に詩織は内心ガッツポーズをする。
「それで、いつ? 」
「今日の放課後は大丈夫ですか? 」
「今日からか、熱心だな。別に構わないけど場所は……教えるとなると図書室はまずいな」
「それなら、ワタシの家とかどうですか? 」
「詩織さんの家? いやそれはまずいでしょ」
詩織の両親の帰りが遅い事を知っているからか彼は狼狽する。
……ストーカーなのにそこは慌てるんだ。
詩織は思わず声に出して口にしたくなる衝動に駆られるも何とか堪えると彼の両手を握る。
「大丈夫ですよ、いつもやっている事ですから」
本当は家に入った男子は未遂に終わった潤だけなのだが嘘をつく。莉奈の提案した呆れさせて見限って貰おうと言う作戦のためだった。
「そうか、じゃあ放課後、詩織さんの家で勉強しよう。青木のバス停集合で」
彼は大胆にも詩織の家から近いバス停を集合場所に指定すると図書室へと戻って行った。