8話「ストーカーの正体」
「それじゃあ、また明日」
バス停に着くと詩織は莉奈と家が異なる方向にあるためその場で別れようと声を上げる。
「待った」
すると莉奈が詩織の手を掴んだ。
「どうしたの? 」
突然の行為に驚きながら訪ねると彼女はニヤニヤしながら答える。
「いや今日は私が送って行こうかなって」
「え~いいよ」
「そこなんだけどさ、送ってもらった方が良いと思うよ、そうすれば詩織は殺人事件を怖がっていただけで送ってくれた潤先輩が優しいってことになるでしょ? 詩織は一人っ子だし」
「言われてみるとそうだけど……莉奈は良いの? 1人で帰る事になるんだよ? 」
「平気だよ、私の家人通り多いとこだから」
莉奈がドンと胸を叩く。
莉奈の提案は詩織にとっては願ってもないものだった、見得を切ったもののやはり付き合っている訳でもないのに人気者の潤に家まで送って貰い彼が好きな人を敵に回すと言うのは心細いものがあった。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「任せなさい」
莉奈は力強く答えるともう一度胸を叩き詩織の家目掛けて歩き出した。
〜〜
「……でさ〜」
「そうなんだ……よ」
他愛もない話をしていると不意に梨奈が詩織の目の前にジャンプをして進行を妨げる。
「どうしたの」
尋ねると莉奈は真剣な面持ちで詩織に顔を近付け囁く。
「そのまま声を出さないで聞いて私達……尾行されているかも」
「尾行? 」
「さっき小道を曲がる時気が付いたんだけどずっと尾けてくる人がいるの」
「気のせいなんじゃない? 」
「でもほら、私達こうして立ち止まっているのに誰も歩いて来ない」
「そ、そうなんだ」
背後の様子が分からない詩織は未だ真剣な表情の彼女を見て冗談ではないと判断して頷く。
……もしかしてバラバラ殺人の犯人?
そう考えると途端に詩織は怖くなった。
「それで、どうしよう」
「私が帰ったフリをして挟み撃ちにしようか」
「ダメだよ、それは梨奈が危険だよ」
詩織はそう言うと家と家の小道が視界に入る。
……あとはあの小道を左に回って一直線で家に着くのに。家に帰れば後はお父さんかお母さんが帰ってくるのを待って梨奈を送って貰えば負けるのになあ。
詩織はあと一歩という状況で踏み出せないのを嘆いているとある事に気が付いた。
「そうだ、ここを歩いてから左に曲がると斎藤さんってお爺さんの家がある。曲がって走ったフリをしてお爺さんの家の塀の中に匿って貰おう」
「なるほど、いざとなったら大声を出せば良いもんね、それで行こう」
詩織の提案に莉奈は頷く。それから2人は何事もなかったかのように歩き出し小道に入り抜けるや否や走り出しすぐそこにある家の塀に入り込み、塀の穴から外の様子を伺った。
それからしばらくして足音が聞こえたかと思うと止まる。恐らく今頃左右どちらの道にも詩織達の姿がない事に気付き慌てているのだろう。
次の瞬間、ドタドタと足音が聞こえたかと思うと1人の男性が塀を通り過ぎる。その人物の姿を見て2人は言葉を失った。
「…………みた? 」
「…………うん、大輝先輩だった」
沈黙の末に梨奈の問いに詩織は答える。何と2人を尾けていたのは大輝だったのだ。
「どうして大輝先輩が」
「振られたけどあまりに詩織が好き過ぎてストーカーになったとか……詩織? 」
冗談のつもりで口にしたであろう莉奈は彼女の反論がない事に慌てて彼女の顔を見る。詩織の顔は真っ青だった。
「ちょっと、どうしたの詩織」
「実はね、昨日も先輩を見た気がしたの、家の前の電柱で」
「嘘、前から尾けられていたって事? 」
「かもしれない」
「それは……まずいね」
梨奈の反応にハッとする。
「そっか、ワタシの家は知られているから多分もう先回りしている、このままじゃ帰れないよ」
「そうなんだよね、よし、じゃあ私の家に来なよ。後でお母さんに迎えに来て貰えば良いから」
「良いの? 」
「良いよ良いよ、一緒に勉強でもしよう」
「梨奈、ありがとう」
恐怖の只中にいる時に触れた優しさ、それは通常の何倍も有り難くて詩織は思わず梨奈に抱き付いた。