45話 「運命の人」
翌日、詩織は高校を休み警察の事情聴取等を済ませると見舞い用の病院へと向かった。
『バラバラ殺人事件の犯人は、なんと宅配便の運転手でした。危うく被害に遭うところであった町内の女子高校生は、警察に無事保護されましたが犯人の暴行を受けた男子高校生は数時間意識が戻らず……』
病院の待合室ではテレビが流れておりニュースキャスターが昨日起きた『バラバラ殺人犯逮捕』の一部始終を報じていた。
事件直後、詩織はすぐ助け出され犯人の男は逮捕されたのだが、大輝は頭の打ちどころが悪かったのかしばらく意識が戻らなかったのである。
……大輝先輩、何か後遺症とか残ったらどうしよう。
不安を胸に抱えながら詩織は看護師に大輝の病室を訪ねると表札を頼りに部屋へと入るとそこには身体を起こして参考書を眺めている大輝の姿があった。
「大輝先輩、大丈夫なんですか? 」
「ああ、暇で暇でさ。ついつい参考書を」
「でも、絶対安静なんじゃ……」
「ん? 意識は朝には戻っていたけど……」
若干噛み合わない会話に詩織は後遺症を心配する。するとそれを察したのか大輝は苦笑いを浮かべた。
「安静って言っても起き上がるくらいなら平気だよ。それで、今日はどうした? 」
「どうしたって……」
改めて尋ねられると素直に心配で来たとは言えずに口ごもる。そして、恥ずかしさからか彼女は思い切った行動に出た。
「大輝先輩がワタシの家の前にいたのは、ワタシのことを見張っていてくれていたからですよね」
我ながら甘いかもしれない、と詩織は考える。ただ、彼女がそう思いたかっただけといえばそれまでであって、また、そうでなくても彼は首を縦に振るだけでストーカーの事実を帳消しにできてしまうのだから。
「……まあ、確信はなかったけど、次に狙われるとしたら桜木さんかなって思って」
気まずそうに大輝が答える。
「やっぱり、ワタシが狙われる何かがあったんですね、聞かせてください」
「簡単なことだよ、まず、共通として狙われているのは女子高生。そして、最初の被害者は伊河高校の市江さん、どちらも数字の1が名前にある。次は二葉高校の新奈さん、数字の2だ。それで三原とくれば最後は……」
「四条高校で4が名前にある詩織……ワタシということですね」
「そういうこと。もしかしたら、先生達も気づいていたかもしれないけれど、予告があったわけでもないし大きくは動けなかったんだろうな。まあ、かくいうオレもわざとバレるようにして警戒してくれれば位だったからさ」
詩織ではなく詩織という名前故に彼はこういう行動に出たわけであって別に他の人でも良かったのだ、と彼の答えに落胆した直後、
「待ってください」
解説する彼を前に彼女には引っかかるものがあった。それを取り除くべく大輝に尋ねる。
「翔子も名前に4がありますよ。それに、他にも探せば4に関係する名前の人っていると思うんですけど……」
この問いに対して今までスラスラと答えていた大輝が固まる。
「それは……言われてみるとそうか。でも、ほら、前に言った通りで……」
「前って一体いつ……」
言われて教室での告白を思い出す。もし、大輝の考えることがその事だとしたら……そう考え、詩織の顔がカアっと熱くなる。
その時だった。ガラリと扉が開き一人の女性が姿を現した。
「あら、ごめんなさい。お邪魔だったかしら」
「どちら様……もしかして田中先生! ? 」
「そうよ、懐かしいわねえ。卒園式以来かしら。二人とも大きくなって」
「先生もお元気そうで何よりです」
「わざわざお見舞いに来て頂きすみません」
「大輝君。そんな事ないわよ、私もニュースで知って怖かったでしょうね。でも、懐かしくもなってね。やっぱり二人はそういう関係だったんだって」
「えっと、やっぱりというのはどうしてですか? 」
詩織が首を傾げる。
「そもそも田中先生と大輝先輩にはどういった関係が? 」
詩織が言うと田中が目を丸くする。
「あら、詩織ちゃん覚えていないの? 二人とも同じ幼稚園だったじゃないの。まあ、大輝君はあの後すぐお引っ越ししちゃったけれど」
「まあ良いじゃないですか、それより……」
「あの後……あのってなんですか? 」
と話を終えようとする大輝を遮り詩織は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら尋ねると田中は意外そうな顔をした。
「覚えてないんだ。10年近く前となると仕方ないかもしれないわね。実はね……って私がこんな風に話して良いのか分からないけれど、詩織ちゃんが暗い迷路に入っちゃった時にね、大輝君が助けに行ったの。あの時の大輝君格好良かったわよ」
詩織はガツンと頭を殴られたような衝撃に襲われる。
……大輝先輩が運命の人? 嘘、そんな。
「待ってください、そのことは覚えていますけど。それは岡田さんじゃないんですか! ? 」
「岡田? 潤君のこと? いいえ、大輝君よ」
「でも、ワタシは確かに上履きに『おかだ』って書かれているのを……」
はっきりと見ました、という代わりに詩織の脳裏に考えがよぎった。
……もしかして、ワタシが見た『おかだ』って苗字の『おかだ』じゃなくて苗字の『おか』の後に『だ』から始まる名前が続くってこと?
「あの、岡って苗字の人はその時に何人いました? 」
「大輝君一人だと思うわ」
そうなると、ワタシの『運命の人』は……大輝先輩ってこと! ?
衝撃の事実に言葉を失っていると
「残念ながら先生、彼女には『運命の人』がいるみたいです。僕じゃありませんよ」
と大輝が残念そうに言う。心からの言葉なのだろうが、詩織は勘違い故の恥ずかしさから赤面する。その姿を肯定と受け取ったのだろうか田中は
「あら、そうだったの? それなら仕方ないわね。とにかく元気そうで良かったわ、はい、これお見舞い」
と言うだけ言って出て行ってしまった。
気まずい沈黙が訪れる。だが、詩織はここしかチャンスはないと覚悟を決めた。
「あの、さっきの『運命の人』の話ですけど、誤解なんです。ワタシの『運命の人』は……」
言葉を切る。『運命の人は大輝先輩でした』と言うのは恥ずかしかったからだ。代わりに
「大輝先輩が前に言った件なんですけど、OKってことじゃダメですか? 」
と尋ねると彼は笑いながら首を縦に振った。
これにて完結です。
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