41話 「暗雲」
詩織が目を開けると真っ黒な景色から真っ白な景色が広がった。キョロキョロと辺りを見回し彼女は自分がベッドの上で寝ていることに気がつく。
……あれ、なんでワタシベッドに。
寝起きで本調子ではない脳を働かせて記憶を遡った時だった。
ガラリと勢いよく扉が開いたと思うと仕切りになっている純白のカーテンがそろそろと開かれ梨奈と翔子が姿を現す。
「詩織、良かった、気がついたんだね」
「え、あ、うん……」
「良かった、心配したんだよ」
「本当、倒れたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ」
……倒れた? ワタシが?
翔子の言葉が合図だったかのように詩織の脳裏に倒れる直前の記憶が蘇る。途端に胸が苦しくなり両手を胸に当てる。
「そうだった……ワタシ、潤先輩と2人きりでお化け屋敷に入って……急に何も見えなくなって……」
「無理に思い出さなくていいから、ほら落ち着いて」
慌てて梨奈が背中を摩るとほぼ同時に反対側のカーテンが開いた。
「ちょっとどうしたの? 静かにって約束だったでしょ」
「ごめんなさい、私が余計なこと言ってしまって」
「翔子のせいじゃないよ、ワタシも何でここにいるのか思い出そうとしてたから」
詩織は微笑みを浮かべ応えるもうまく笑顔になっているのか分からなかった。
「まあ、無事で良かったよ」
「うん無事無事! でも潤先輩には悪い事をしちゃったなあ」
詩織は咄嗟に話題を変えようと口にするもどういうわけか2人は目を逸らした。
「え、どうしたの? ワタシ、潤先輩に嫌われちゃった? 」
「そういうわけじゃないけど……弟君がね」
「ちょっと翔子、今はまだまずいよ」
「でも、どうせすぐに分かることじゃん」
何かを言いたげな翔子を梨奈が制す。しかしそれは遅すぎた。
「待って、弟君? 弟君って大輝先輩の事だよね? どうして潤先輩のことを尋ねたのに大輝先輩が出てくる? 」
一度生まれた好奇心は止まらず詩織が口にすると梨奈はため息を吐いた。
「実はね、詩織が倒れた後大輝先輩と潤先輩が喧嘩したの。2人とも理由は話さないけど……」
……私のせいだ。
よりによって今日、という事実に2人の反応をみると詩織には自分が原因としか考えられなかった。
しかし、自己嫌悪に陥ったのは1秒にも満たない僅かな時間だった。
「それで、大輝先輩は? 」
立ち上がりカーテンを開くとすぐさま他のベッドの様子を伺う。しかし彼女の横にあったベッドには誰もいなかった。
「ちょっと詩織、どうしたの」
「どうって……2人が喧嘩したなら大輝先輩が大怪我していると思って……もしかして、病院に行くほど酷かったの? 」
「実は……そうなんだ」
「と言っても病院に行ったのは弟君じゃなくて潤先輩の方だけど」
「え? 」
運動が得意な潤と勉強が得意な大輝、喧嘩をしたのなら勝つのは潤だろうと思い込んでいた詩織は翔子の言葉に思わず息を呑む。
「弟君以外と強くてさ。人は見かけによらないんだね……って詩織? 」
「ちょっと大輝先輩の所に行ってくる! 」
「行くって……無理だよ、今、大輝先輩は呼び出されて職員室にいるらしいから」
「じゃあ尚更行かないと」
2人が引き止めるのも構わず詩織は靴を履くと保健室から飛び出しると職員室目掛けて走った。
久しぶりの全速力への走りに身体が悲鳴をあげている気がしてが、そんな事はお構いなしに職員室まで飛ばす。そして職員室へ辿り着くや否や勢いよく扉を開こうとしたその時、ガラリと職員室の扉が開き大輝が姿を現した。
「大輝……先輩…………」
「誰かと思ったら桜木さんか。そんなに息を切らしてどうしたの? 」
「それはこっちが聞きたいですよ! あんなに内申を気にしていたのに急に喧嘩をするなんて……どうしてそんなことをしたんですか! 」
まるで何事もなかったかのように挨拶をする大輝に詩織は詰め寄る。
詩織が驚いたのはこの点だった。喧嘩をして勝っただけで止まらず病院に行く程の傷をつける、そんなことを内申を気にしていた大輝がするとは考えられなかったからだ。
そして、その回答について詩織は僅かに期待を寄せていた。
ところが、大輝の回答は彼女の期待を大きく裏切るものだった。
「本当、どうしてだろう。桜木さんの警戒がとけていたからチャンスだと思っちゃったのかな」
「え? 」
「気付いてたんだろ? 俺が後を尾けていたこと」
「いや、それは……」
「誤魔化したって無駄だ。何度もこちらを振り返ったり常に警戒しているような視線を向けたりしていてバレバレだったよ。それが変わったのは、俺の家に来てから。恐らく俺の家の外観をみて安心したんだろうが……2階の窓、休日で親がいなかったから車がなかっただけで本来窓の下に車が止まるんだ。これがどういうことか分かるかな? 」
「どういうことって……」
……2階の窓の下に車。それなら車が足場代わりになって玄関にいる人に気付かれることなく家から出られるってこと?
戸惑いながらも詩織は頭を働かせ1つの答えに辿り着く。それは彼女にとっては恐ろしすぎるもので彼女の顔はみるみる青ざめていった。
「気が付いたか」
大輝がそう告げると共にガラリと扉が開き生徒指導担当の及川が姿を表す。
「なんだ、なんか話していたのか? 」
「いえ、別に……じゃあ……また」
大輝はそう言うと及川に連れられ廊下を歩いて行った。




