4話「夢」
詩織は薄暗い中を1人蹲って泣いていた。
「ヒッグヒッグ……怖いよお。何で入っちゃったんだろう」
外野では楽しそうな園児の声が響き渡る。と言ってもこれはいじめでは無くただの遊びだった。幼稚園のイベントで年長者の出し物がこのダンボールで作られた暗闇迷路で詩織はそれに1人で挑んだのである。
「先生、梨奈ちゃん……助けて」
か細い声で助けを求めるも保育士が入れる大きさでもなければ梨奈は病欠のため来ていない。
……ずっとこのままなのかな。
諦めかけたその時だった。
「ほら、こっち」
その言葉とともに誰かが詩織の手を引いて引っ張ってくれる。男性の声だった。
「ったくだから言ったのに、デカすぎんだよこの迷路……ごめんな、怖かっただろ? 」
「うん」
迷路を作った年長者であろうその男性は迷わずに道を曲がり出口を目指す、やがて詩織の視界に光が飛び込んで来た。
「もうすぐゴールだ。ほら」
そういうと彼は優しく彼女の手を引っ張った。
「詩織さん! 詩織さあああん! 」
直後聞き慣れた声が響く。それと同時に迷路も彼も消え去った。
「ふえ」
詩織が目を覚ますとそこは教室だった。大勢の生徒の視線が集まっている。女教師の田中が彼女の肩を叩きながら名前を呼んで起こしていたのだ。
「全くHR中に寝るとは何事ですか」
……そっか帰りのHRの時に眠っちゃったんだ。参ったなあ、夢の中で岡田先輩と出会えた幸せと先生に怒られる不幸が同時に来ちゃった。
ボンヤリと状況を把握すると彼女は口を開く。
「……寝てませんよ」
「はい? 」
これには生徒に対して厳しいと言われる田中も眉を顰めた。
「起きてました、ずっと起きてました」
「そう、それなら伝達事項を覚えているわよね」
「えっ……」
思わぬ反撃に言葉を失い助けを求めるように梨奈に視線を向けるも彼女は苦笑いを浮かべるだけだった。
……うう、梨奈の意地悪。こうなったなら仕方ない。
意を決して詩織は笑みを浮かべる。
「勿論ですよ、明日は頭髪検査でしたよね」
「はあ……違いますよ」
詩織が当てずっぽうで答えると田中は呆れたように溜息を吐く。
「すみません、眠っていました」
「最初から素直にそう言って下さい、それでは改めて伝えますが、これから1週間部活は中止、予定していた文化祭も延期となります」
「部活がですか? 」
「はい、近頃物騒な事件が起こっているので学校側としてもこのような措置を取ることになりました。く•れ•ぐ•れ•も部活がないからと遅くまでどこかで遊ぶ事がないように」
「物騒な事件って……バラバラ殺人」
詩織の問いに田中は首を縦に振る。
……そっか、近くの高校から連続で被害者が出たから先生達も警戒するよね。
詩織は納得を示しながらも潤と出会える数少ない機会の部活がなくなる事を残念に思うのであった。
〜〜
HRを終えてバス停への道を歩く。
「はあ……」
「ため息なんてついてどうしたどうした」
笑いながら梨奈が肩を小突く。
「別に……あの時どうして梨奈が助けてくれなかったのかな〜って」
冗談交じりに先程の事を責めると先程のように梨奈は苦笑いした。
「なるほどね、それは悪かったと思っているよ、でも仕方ないじゃん。田中先生が目の前にいる状態で先生に気付かれないようにあんな長い事伝えるなんてテレパシーでもないと無理だよ」
「そうだね」
……確かにそうだなあ。
梨奈の弁解に納得を示す。
「よし、許そう。ワタシが梨奈の立場でもそうなっていただろうから」
「ありがとうございますお代官様〜」
昔見た時代劇のお偉いさんの真似をすると梨奈はそれに乗って来る。
実際、詩織は先ほどの件で梨奈を責めてはいなかった。それよりも夢の中で運命の人と出会えた事が嬉しかったからだ。
「それで何の夢を見ていたの? 凄い幸せそうだったよ」
「え、そうだったの? 」
「そうだよ、頬杖付きながら凄いニヤニヤしながら眠っているんだもん。凄い幸せな夢を見ているんだなって。消しゴム投げて起こそうとしたのが憚られる位だったし」
「そ、そんなに? 」
その光景を想像するとたちまち詩織は恥ずかしくなった。
「そんなにだよ、それで、何の夢を見ていたのかな〜? 」
「それは、あの日の夢……」
「……そっか良かった」
詩織の返答に梨奈はワンテンポ遅れて反応をする。
「どうしたの、急に」
「いや、詩織にとっては良い思い出なんだね」
「うん! だって岡田先輩と出会えたし」
「でもそれで詩織は暗所恐怖症になって……」
「もうどうしたの急に、いつもは梨奈から運命とか言って来るのに」
「そうだよね、ごめん」
恐らく梨奈の中には詩織が運命の人と出会えたきっかけが作れたという嬉しさだけでなくあの日、自分が来ていればあのような事は起きなかったと言う自己嫌悪もあったため詩織にとっては幸せな出来事だと認識している事に関して安心したのだろう。
詩織はそこまで悟る事はしなかったが、梨奈が自分の事を心配していたというのは何やら察知したようだ。
「ありがとう」
「どうした急に」
「いや、何となく」
「そっか」
「お礼にどうですか今からスーパーで一杯」
「親父か」
親指と人差し指でお猪口のような円を作り飲む仕草をするとすかさず梨奈がツッコミを入れる。これは2人の間ではスーパーのカフェスペースでイチゴミルクでも飲もうという提案を意味していた。
「まあまあ、飲んだら楽になりますぜ」
「有難いけど今日はやめとくよ、田中先生と鉢合わせたらまずいし」
「うっ……」
痛い所を突かれて言葉を失う。
……確かに早く帰れなんて言ったって事は学校としては娯楽施設の見回りはするよね。そうじゃなくても田中先生なら個人的にやりそう、そこであれだけ注意されたにも関わらずスーパーにいるのが見つかったら……
詩織は思わず身震いをする。
「やっぱり辞めておこうか」
「それが良いよ……あ」
梨奈はそう言うと共にバス停の列を見てニヤリと笑った。
「どうしたの? 」
「良い子の詩織に神様からのプレゼントかな〜」
意味深な言い方をする梨奈の視線を追う、そこには待機用の椅子に座りながら男友達と談笑している岡田の姿があった。