38話 「メイド喫茶のメイドくん」
時計の短針が12を指したと同時に詩織と梨奈は二年生の教室のドアを開く。
「「「お帰りなさいませ〜」」」
途端にメイド姿の男子達が挨拶をする。詩織はメイド服姿の大輝が一歩後退りしたのを見逃さなかった。
「お嬢様方、本日はどちらのメイドをご所望ですか? 」
「へー今日だけの専属メイドってことなんだ」
「作用でございます」
「どうする詩織? 」
「いやー、どうしよう梨奈〜」
迷っているフリをしながら大輝を横目で見る。彼は目を合わせないようにと別のテーブルへと視線を向けていた。
……もうちょっと揶揄いたかったけど良いかなあ〜
「じゃあ〜大輝ちゃんで」
「畏まりました」
詩織が大輝を指名すると大輝が硬い表情でこちらへと歩いて来た。
「いらっしゃいませお嬢様……なんで12時なのにここに、店番は? 」
「変わってもらいました〜。お似合いですよ〜一歩下がるところとか可愛かったですし」
引きつった笑顔を浮かべながら小声で尋ねる大輝に対してあっさりと答えると梨奈と笑い合う。
「それで……おほん……おすすめのメニューは何かな? 」
「おすすめは…………こちらのソフトドリンクですかね」
……あ、嘘だな。
「それではこの、メイドの愛情たっぷりオムライスを一つもらおうか」
「それならアタシはカレーで」
「畏まりまし……さっき弁当食べていたのに大丈夫か? 」
……大輝先輩を揶揄うのに夢中で忘れていたけ、ワタシ、満腹だった。
大輝の一言でハッと気が付いた詩織は紙のメニュー表に慌てて目を通す。
……デザートもさっきチョコバナナを奢って貰って別腹とも言えないしなあ。
悩んだ末に詩織はソフトドリンク欄の牛乳を指差した。
「ふむ、それならばミルクでも貰おうか……愛情スマイルマシマシで」
メニューの右端に『愛情スマイル0円』とあったのを見逃さなかった詩織が言うと大輝がポロリとペンを落とす。
「し、失礼致しました! それでは直ちにお待ち致します」
そう言うと彼は厨房らしきカーテンで区切られた場所へと姿を消す。
「よくやるね〜あんなにやって大丈夫なの? 」
「平気だよ、前も話したけど誤解だったみたいだから」
「誤解と言っても実際に後をつけて来てたよね? 」
「それはきっと親戚の家がたまたまあの近くにあったんだよ」
「そうなのかなあ……」
納得していない様子の梨奈をよそに詩織はカーテンから大輝が出てくるのを待つと程なくしてミルクとカレーをトレイに乗せた大輝が戻って来る。
「お待たせ致しました、こちらカレーとミルクでござい……」
「アタシは愛情とかそういうの結構なんで」
苦笑いを浮かべながら梨奈を見つめる大輝に彼女は言う。
「畏まりました」
安堵のため息と共に心からの笑顔を浮かべ彼は頭を下げる。
……大輝先輩ってあんな風にも笑うんだ。
驚きつつもそれが自分に向けてではないことにだろうか思わず拳を握り締め笑みを浮かべると口を開く。
「それなら彼女の分の愛情もワタシのミルクに増してくれたまえ……萌え萌えキュンキュンとね」
「はい……萌え萌え……キュンキュン」
「愛が足りない! 」
「萌え萌えキュンキュン! 」
1度目の小声で指摘を受けた大輝は吹っ切れたかのように大きな声を上げる。するとその場にいた全員が何事かと大輝を見る。
「何あの子照れてるんだ可愛い〜」
「あの子に入れてもらおうかな〜」
「大輝ちゃーん私にもお願い〜」
次々と大輝を呼ぶ声がしたかと思うと彼はそれに応えて詩織達の元を離れトレーを持って右往左往する。
「なんか人気者になっちゃったみたいだね。食べたら出よっか」
「うん」
答えながら詩織はミルクを飲む。
……甘いけど、ちょっと苦いかな。
詩織は忙しそうな大輝を見つめながら初めて飲んだ苦いミルクに困惑した。




