32話 「妹さんにご挨拶」
トイレを出ると詩織は廊下を歩き階段へと向かわずリビングへの扉を開く。するとそこには数時間前の大輝の言葉通り少女の姿があった。
「こんにちは、友恵ちゃんだよね? 」
「こんにちは! お姉さんお兄ちゃんの彼氏? 」
「か、彼氏ってそんなんじゃないよ、ただ勉強を教えて貰っているだけ」
……いきなりすごいこと言うな~。
詩織がドギマギしているとその様子を見ながら妹がにんまりと笑った。
「そうだよね、お兄ちゃんがモテる訳ないし」
「いや、それは……まあ、そうなの……かな? でもほら、優しいし」
「やっぱり、好きなの? 」
「いやだから違うって! 」
やんわりと否定しただけでこんなに勘繰られてしまっては堪らず詩織は本題に入ることにした。
「ところで、実は先週の日曜日も勉強教えてもらうはずだったんだけど、用事があるって断られちゃって……そんなに忙しかったのかな? 」
「先週の日曜日……家にいたと思うけど」
「本当? 」
「疑ってるの? そこまで気にするなんて浮気とか疑ってたりする? 」
「いや、そうじゃなくて……」
……そんなに深入りしたかなあ?
戸惑いながらも一応目的は果たしたので次の作戦へと移るべくテレビへと視線を移す。
「お、ゲームやっているんだ」
「まあね」
「ねえ、2人用のゲームないかな? それならワタシもやりたい」
「え……」
少女が呆気にとられた表情で詩織を見つめる。それもそうで兄に勉強を教えて貰っていたはずの人がトイレに行った直後に1人で自分とゲームがしたいだなんて滅茶苦茶な上に兄にとって極めて失礼なことだ。
……顔には出さないけど怒っているんだろうなあ。
詩織は少女を見つめながらぼんやりと考える。
彼女自身、これが意味不明で無礼極まりないことは自覚している。しかし、大輝に幻滅されるという意味ではやっておいた方が良い、と彼女は考えたのだった。
彼女の思い通りか否かは定かではないが少女はすぐさま笑顔を作ると幾つもゲームソフトが入っているであろう箱に手を伸ばす。
「じゃあパーティーゲームやり……ます? 」
……凄い気を遣われてる。まだ中学生にもなっていないであろう子に。でも、もう止まるわけにはいかない。
決意を固めると詩織は笑顔を作る。
「じゃあ、それでお願い」
そう言うと詩織は籠に入っているコントローラーであろうものを手に取った。
~~
それから数十分、2人がすごろくゲームに熱中していると流石に遅いと思ったのだろうドタドタという階段を降りる音がし数秒後にリビングの扉が開き大輝が姿を現す。
「お客さん帰っ……え? 」
「どうも、楽しませてもらってます」
困惑している様子の大輝に向かって何も悪い事をしていないかのようにニコリと微笑む。
「楽しませてって……ゲームやってたの? 」
「はい、勉強するの疲れちゃって」
「そっか」
……流石の大輝先輩もこれでワタシに幻滅しただろうなあ。いや、もう一押し。
自らの作戦をより盤石にするために詩織は籠に無遠慮に手を突っ込むとコントローラーを引っ張り出す。
「先輩もやります? 勉強ばかりだと疲れちゃいますよ? 」
「いや、俺は来るまでやっていたわけだから」
「もしかしてゲームは1日1時間を守っているんですか? 」
……大輝先輩なら守ってそうだなあ。
「いや、守っている訳じゃないけど……」
……意外、守ってるわけじゃないんだ。でもこれでトドメだ!
すごろくゲームではなく別のゲームをやっている感覚に陥りながらも詩織は用意していた一言を口にする。
「ゲームが出来ないならワタシ帰ります! 」
勉強を教えて欲しいといって押しかけて来た者が放つこの一言は彼女の想像以上の破壊力があったようで大輝と少女は固まってしまった。
……あれ、ドン引きされてる? まあでもここで怒鳴ってくれれば帰れるしここまでしちゃえばストーカーもされないだろうしいっか!
楽観的に捉えながらも大輝の怒鳴りに備え身体を縮める。しかし、大輝は彼女の予定通りには動かなかった。
「分かった、いきなり何時間も勉強っていうのは辛かったかな。悪かったよ」
そう言いながら彼はコントローラーを受け取ると椅子に座る。
「もももしかして、ゲームやるんですか? 」
「? やるよ? せっかく誘ってくれたんだし」
……え、ええ! ? あんなに失礼なことしたのにやるの! ?
詩織の目論みとは裏腹にソフトが装填されゲームの画面が表示された。




