31話 「潜入! 」
日曜日の昼過ぎ、詩織は大輝の家の前に立つ。
……大丈夫だよね。
ふと不安に襲われた彼女はポケットで輝くスマホを取り出す。
「梨奈、聞こえてる? 」
「大丈夫大丈夫、てかこの前は先輩の家に乗り込んでやるってあんなに乗り気だったのにもう臆病風に吹かれちゃった? 」
「そういうわけじゃなくて……」
「意地張らないで嫌ならやめても良いんだよ。詩織が危険なのに変わりないし」
「平気だよ、ワタシもスッキリしたいから。でも何かあったらお願い」
詩織はそう言うと通話中になった電話をそのままスカートのポケットへとしまう。詩織の作戦は至ってシンプル、事件が起きたとされる日曜日の行動の手掛かりを得ることであった。そのためには彼の行動を知っている彼の家族に接触する必要があったのだ。
……これは作戦失敗かな、車無いし。
車庫のようなスペースに何も無いのを確認してため息を吐く。
しかし、彼女にはもう一つの手段があった。それは、押しかけである。家に人が少ないのならばそこに詩織が入って行けばネズミ捕りに掛かったネズミのように自らの身に何かを仕掛けてくる、そこを莉奈に通報してもらうというものだ。だが、これにも弱点があった。
……誰もいなかったらどうしよう。
家に大輝がいたのならば命を懸けた捜査、いなければ貴重な休日にバスでここまで来て無駄足に終わるという2択、どちらが良いという感情もなく彼女は勢いよく扉を開く。
「こんにちは、大輝先輩いますか? 」
開くと同時に木造建築の玄関が姿を現す。すかさず靴を見ると大輝の物らしい靴が何足かあった。思わず詩織がポケットの中のスマホを握りしめたその時だった。
「はい? 」
間の抜けたような返事が聞こえたと思うとそれから数秒足らずで扉を開けてジャージ姿の大輝が姿を現す。
「? 何でここに? どうした? 」
……やった、この反応に格好からして大輝先輩にとってこれは予想外だ。
詩織は勝利を確信し思わず頬を緩まないように気を付けながら両手をカバンに入れると1冊のノートを取り出す。
「実は、勉強でどうしても分からない所が幾つかあって、教えてもらいたくて来ちゃいました」
本心からの言葉を投げかける。実際、詩織はこの作戦のために演技で適当な所を尋ねると見破られてしまうからと土曜日はほとんど丸一日勉強をしていたのだった。
「勉強? ああ、良いよ」
「ありがとうございます。お邪魔します」
挨拶をしながら2階へ向かったその時だった。詩織にとって幸運な事に大輝が出て来たリビングに繋がるであろう扉から音が聞こえた。
「あの、こちらの部屋にどなたかいらっしゃるのでしょうか? 」
「友恵……妹がゲームしてるんだ」
「妹? 妹さんがいらっしゃるのですか! ? 」
「一応、いるけど」
「後でお話させて頂いてもいいですか? 」
「いいよ」
……やった、これで妹から日曜日の行動を聞けば目的が2つとも果たせる。
願ってもない幸運に心を躍らせながら詩織は彼の後について階段を上り促されるままに部屋に入る。そこは、勉強机と参考書以外は何もない部屋だった。
「何もないですね」
「邪魔になるからね」
思わず口から出た言葉を拾い大輝が答える。
「でも、どこで寝ているんですか? 」
「どこってここだけど」
「ここって何もないじゃないですか、まさか床で寝ているんですか? 」
「それは流石にないよ、さてはベッド派だな」
そう言うと大輝は押入れを開く。そこには寝具一式が積まれていた。
「寝る時にこれを敷いて寝るんだ」
「そうなんですね」
……襲って来るとしたらここだ!
寝具の話題になったため身構えるも大輝はそんな彼女には見向きもせずに押入れを締め机に向かうと椅子を動かして詩織に座るように促す。そんな一切興味のない様子を見て彼女は身構えていた自分が恥ずかしくなった。
~~
それから数時間、詩織は大輝の勉強机にノートを広げ質問を繰り返していた。
「それで、ここはこうして」
「あ、そうなんですね」
「そうそう、それでその解き方で解けるのがこの問題で~」
「……はい」
と、大輝は質問だけでなくそこから新たに問題を解かせていたため詩織の想定以上に時間がかかっていたのだった。堪らずに詩織は手を上げる。
「すみません、お手洗いお借りしてもいいですか? 」
「ああ、1階だから案内するよ」
そう言うと大輝は詩織を先導してトイレへと移動し
「ここ、じゃあ部屋で待っているから」
と言い残すとスタスタと離れて行った。それを見て詩織は胸を撫で下ろす。
……流石にトイレの前で待っているとかはしないか。
念のため鍵を閉めてから気配が無いのを確認すると詩織はスマホを取り出す。
「あ、詩織。大丈夫そうだね 」
開口一番、莉奈の軽快な声が耳に入る。それを聞いて詩織の中で何かが切れた。
「全然大丈夫じゃないよ! もう日曜日の夕方だよ夕方! せっかくの休日なのに2日とも勉強で無くしちゃって……大体何なのアウトプットって! 教えてくれるだけでいいのにそんなこと言われても困るよ! 」
「お、おおうどうどう」
……でも、莉奈も数時間付き合ってくれたんだよね。
詩織の剣幕に押され気味の莉奈の声を聴いて彼女は我に返る。
「ごめん莉奈、あたっちゃって」
「まあ、それだけで済んだようで何よりだよ。悲鳴が来るんじゃないとヒヤヒヤしてたし」
「勉強漬けで何度も悲鳴を上げそうになったけどね~」
「はは」
「でも、予定していなかったとはいえ自分が告白した人が家に来たのに勉強だけって本当に大輝先輩ワタシのこと好きなのかな……」
「おおっと。もしかして惚れちゃった? 」
「そ、そういうんじゃないけど、他にもやることとかあるんじゃないかな~って」
「まあ、詩織の言いたいことは分かるけど、ストーカーなんてやらかすくらいだからそういう愛情表現っていうか何すればいいとか分かんないんじゃないの? 」
「そういうものか~」
「ていうか詩織、大丈夫なの? こんなに長時間電話して先輩戻ってこない? 」
「その点は問題ないよ、トイレ借りたから」
「なるほどね、今日の詩織は冴えてるね」
「『今日の』は余計だよ……あ! 」
「どうした? 」
「冴えてるついでにもう一つ思いついちゃった」
笑みを浮かべながら詩織は言った。
 




