26話 「一歩前進」
教室に戻った詩織は数十分だけ4時限目の授業を受けた後3人で昼食を摂っているとスマートフォンが揺れる。
「ウソ、潤先輩からのメッセージだ。『さっきはごめん』だって! 」
「やったじゃん、一歩前進だ。それにしても運命の人とまるまる数十分閉じ込められるなんてツイてるんだかツイてないんだか」
「そうなんだよね、冷静になれば授業が終わればボールを片付けに来た先輩達が異変に気が付いて助けてくれるって気が付けたんだろうけど、あの時は必至で、このまま夜を迎えたらという気持ちもあって半分半分だったかな~」
「そっか……それはまあ、そうだろうね」
「うん、しょうがないよ、それは……でも、そんな詩織を助けてくれたのが弟君なんだよね? 」
「そうだけど……」
詩織は突如翔子が大輝に触れたことに面食らいながらも答える。
「ていうか翔子、弟君って……」
「だって詩織が弟みたいだっていうから弟君だなって」
「なるほど、一理あるかも」
「ええ~」
「まあ良いじゃん、それで詩織は助けてくれた弟君にお礼をしたの? 」
「…………実は、まだなんだ」
「え、どうして? 」
「昨日もあんなことあって今日も突然だったから……まだ」
「それはまずいよ」
「うん」
意外にも莉奈と翔子が大輝の肩を持ったようで詩織は目を見張る。
「どうして? 」
「いや~弟君を労うのがお姉ちゃんじゃないかなって。頑張ったのに褒めてももらえないんじゃ弟君グレちゃうよ」
「そうそう、またストーカーが再開したりね」
……あり得るかも。
冗談交じりの莉奈の忠告を詩織はまともに受け止めるとスマートフォンを取り出す。
『先程はありがとうございました、それと昨日のプリントも助かりました』
メッセージを送信した直後だった。僅かにスマートフォンが振動する。
「速! もしかしてもう返信が来たの? 」
「そうみたい」
「JKもビックリの速さだね」
「いや、テレビで見たけど最近のJKは逆に未読で貯めとくタイプもいるらしいよ」
「へ~ってウチらも最近のJKだけどね。それで、詩織はどうするの? 」
「どうするって未読にしとくかってこと? 」
「そうそう」
「それは勿論見るよ、ストーカーされたらたまらないし! 」
詩織は意気込むとメッセージをタッチし大輝とのトーク画面に移動する。
『無事に見つかって良かった。それで、今日の勉強はどうする? 』
……うわ、開かなければ良かったかな~。
『勉強』という単語に拒否反応が出てしまい詩織は思わずため息を吐くと2人が画面を覗きこもうと近付いてくる。
「どれどれ、何てメッセージが来てたかお姉さんに見せてみな……うわ」
「この時期にも勉強って……なんというか、真面目というか将来はワーカーホリック確定かな」
「ワーカーホリックって? 」
「仕事大好き人間」
莉奈の即答から流れるように笑顔で夜遅くまで仕事をしている大輝の姿が思い浮かび首を縦に振る。翔子も同じようだった。
「……断っても良いかな。夜遅くなるし」
「良いと思うよ」
「うん、文化祭の準備した後に勉強はね……」
「了解、それじゃあ『文化祭の準備で夜遅くまで残っているのでそこから勉強となると先輩にもご迷惑になるので文化祭が終わる来週までは無しにしてください』とこれで良いかな? 」
「上出来上出来」
と乗り気な翔子に対して梨奈は浮かない表情だった。
「梨奈どうしたの? 」
「いや、先輩頭良いから遠回しに断られたって思わないかなって……」
「あー、弟君鋭そうだからね。気付いて拗ねちゃうかも」
「拗ねるが拗ねるだけだったら可愛いのにね」
「本当。ストーカーになるのはなあ……あれ? 」
「詩織? 」
「いや、そもそもワタシ文化祭の準備で夜遅くまで学校にいるんだからストーカー出来なくないかなって……」
「確かに、帰りも車で帰るからね」
「大手を振って断れるわけか」
「そういうこと、それじゃあ送信! 」
詩織が勢いよくボタンを押した直後、不安に包まれる。
「断っちゃったけどこの後凄いメッセージや電話が来たらどうしよう? 」
「スマートフォンの電源を切るとか? 」
「その手があった」
詩織が電源ボタンに手を触れたその瞬間、ブーッとスマートフォンが振動しメッセージが彼女の視界に飛び込む。
「はや」
「なんて書いてあった? 」
興味津々な2人に反射的に詩織は答える。
「『了解』だって」
……それだけ、なんだ。
メッセージアプリを開く必要すらない淡白な返事、加えてその後連続して大輝からメッセージが届くということもなく身構えていた詩織はどこか寂しい気持ちを覚えた。




