23話「嬉しい偶然」
翌朝、バス停へ向かうといつもと異なり莉奈の姿が無かった。慌てて時計を確認するも時計はいつもと同じ時間を指している。
……一本早いバスで行っちゃったのかな。
詩織が不安になった時だった。
「お。詩織じゃん」
「え! ? 」
背後からの声に驚き背を向けるとそこには潤の姿があった。
「潤先輩こそどうしてここに」
「部活が休みだからちょっと遅めに家を出たんだ」
……いつもより遅いってワタシはいつもこの時間なのに
そう言いたくなるのを堪えて「そうだったんですか」と相槌を打つとキョロキョロと辺りを見回し莉奈を探す。
「どうした? 」
「いえ、そう言えば今日は人が多いなって」
梨奈を探していたのを慌てて誤魔化すと笑顔を作る。
……もう、どうして梨奈は来ないの! ? こんな時に限って寝坊でもしたのかな? このままじゃもしかするとバスでワタシ先輩の隣の席に……心の準備が出来てないから梨奈早く来て!
そんな詩織の期待と不満が入り混じった詩織の願い虚しく梨奈が現れる前にバスがプシューと音を立てて停車する。
「乗らないの? 」
「いえ、乗ります乗ります」
詩織は答えるとバスの運転手に会釈をしてから座席に視線を向ける。
バスはいつも通り空いていて2席分のスペースが幾つもあった。
「座らないの? 」
「いえ座ります座ります」
促されるままに潤の隣に座って数秒程でバスは出発した。
直後、詩織が何となくバス停へ目を向けるとしてやったりとばかりにこちらにピースサインを出す梨奈の姿があった。
……り、梨奈あああああ!
詩織の心の叫びは梨奈に届くはずもなく彼女はバス停とともにどんどん小さくなっていった。
〜〜
「どうしたの? 」
「いえ、友達が今バス停に着いたみたいで」
「ハハッそりゃ災難だ、そういう俺も今日は淳達を置いて1人でバスに乗ったんだけど」
言われて潤もいつもと異なり1人なことに気がつく。
……もしかしてこれって、運命? いやでも梨奈が余計な世話を焼いてくれた結果で。
「奇遇だね」
詩織が頭を巡らせていると潤が言う。
「そうですね、奇遇ですね」
……え、嘘待って潤先輩も運命だと思ってる? 待って待って心の準備が。
「どうしたの? 顔赤いけど熱でもある? 」
「い、いえ熱なんてありません! 大丈夫です……」
グイッと顔を近づける潤に対して詩織は慌てて距離を取り首を振る。
「そっか、元気そうで良かった」
「いえいえ、先輩もお元気そうで良かったです」
「心配してくれてサンキュー」
そう言いながら潤はウィンクをする。その仕草が素敵で詩織は思わず見惚れてしまった。
「どうしたの? 」
「いえ、何でも……そう言えばもうすぐ文化祭ですけど先輩達の所は何を出されるんですか? 」
「文化祭か……あー」
「あー? 」
「まあ来てのお楽しみかな。そういや大輝と従妹なんだっけ?」
「あ、はい」
……潤先輩まで広まっているんだ。
詩織にとってはその場凌ぎの嘘のつもりだったので2年生の潤にまだ知っているのは予想外のことだった。
「何故かあいつも張り切っていたからまあ……楽しみにしといてよ」
「はい」
……先輩が張り切っている?
ふと、デパートでの出来事を思い出す。
……素直に聞き入れてくれたのかな、それなら正直にストーカーをやめて下さいって言えばもっと早くにやめてくれたのかも。
いまいち何を考えているのか分からない大輝の顔を思い浮かべていると赤信号が視線に移る。それを見てバスがゆっくりと速度を落として停車した。
「詩織の所は何やるの? 」
「ワタシの所はですね……お化け屋敷です」
詩織は冗談混じりに『お楽しみです』と答えたい衝動に駆られるも内容がお化け屋敷と人によっては避けたいものであろうからと素直に答えると潤は微笑んだ。
「そっかお化け屋敷か、俺、怖いの好きなんだよね」
「本当ですか? 」
「遊園地とか行くと決まって入るかな。結構場所によって違いがあって面白いんだ」
「そうなんですか」
……と言うことは潤先輩をガッカリさせないためにも頑張らないと!
詩織はお化け屋敷作りに一層真剣に取り組もうと心に決めた。




