22話「夜」
夜の闇に包まれた校内を詩織と梨奈は手にした懐中電灯で照らし進んで行く。
「大丈夫? 」
暗所恐怖症の詩織に気を遣っているのだろう、梨奈は左手を彼女の肩に置きながら声をかける。
「平気平気、ここさえ乗り越えれば街灯や家の明かりとかもあるから」
詩織は応えながらも僅かにすくむ足に力を入れて進む。今2人が歩いている地点は校舎からの灯りは届かず街灯もない場所だった。とはいえ、それは距離にすれば数十メートル程、常人なら何も気にしない程度の距離だが、詩織にはそうではないのだった。
「あれ? 」
ふと詩織は目の前にポツリと明かりがあるのが目に入った。
「なんだろう? 迎えを待っているのかな? 」
「だとするとおかしいよあと少し歩けば校門なんだからその近くで待った方が断然良い」
「確かに梨奈の言う通りだね、となると誰か生徒を待っている? 」
「学年違いのカップルなのかも」
「なにそれ素敵~」
「だね、まあいずれ詩織も……」
「もう! 」
莉奈の冗談に思わず潤のことを思い浮かべ歩を進めていると徐々に立っている人物の姿が露になる。立っていたのは……大輝だった。
「大輝先輩、何しているんですか……まさかワタシを待っていたとか? 」
先程の会話を思い浮かべながら半信半疑で尋ねる。
「まあ、そんな感じかな」
「どうしてですか? 」
……色々あったとはいえ、ワタシと先輩は恋人同士ではないからこうやって待っている必要はないしストーカーとしては大胆過ぎるし、というか付き合っていたとしても約束なしに突然来るのは迷惑……でもないかな大輝先輩なら。
詩織は脳内で答えを探っていると大輝はふう、と息を吐いた。
「別に大した理由じゃないけど、文化祭の準備で勉強会が出来なくなるからどうしようかと、とりあえず今日の分はこれかな」
そう言いながら大輝は詩織に数枚のプリントを渡す。ライトで照らすと世界史の内容が書かれたプリントの様だった。
「もしかしてこれって……」
「勿論今日やる予定だった範囲のプリントだ、俺と桜木さんは先生と生徒みたいなものだから」
……先生と生徒って。
弟だと思っていた大輝に生徒だと思われていたことに詩織は目を細める。そんな彼女には気が付かずに大輝は莉奈に視線を向けた。
「莉奈さん……だよね。欲しければ君の分もあるけど」
「いえ、結構です」
バッグからプリントを取り出そうとする大輝に莉奈がキッパリと答えると大輝は「そっか」とチャックを締めた。
……冗談じゃないよ、ただでさえ宿題もあるのに夜遅くに帰ってまたたっぷりと勉強をしないといけないなんて
「とりあえず今日はそのプリントを眺めてくれればいい、ただ明日からはどうやってプリントを渡そうか……流石に教室まで押しかけるのはマズいだろうし」
「結構です」
「え? 」
「もう家庭教師は結構です! 」
詩織は大輝に向かってハッキリと言うと莉奈の手を掴む。
「莉奈、行こう! 」
「えっ、ちょっと……」
……引き留めようとしたって立ち止まるものか!
詩織は覚悟を決めて校門へと向かう。だが、彼女の予想に反して大輝は引き留めようとはせず去り行く彼女を見送っていた。
~~
「良いの? 拒否しちゃって」
「良いの! 」
「大輝先輩には強気だね」
「まあ、大輝先輩は弟だからね~」
「それにしては急な……そっか、弟だと思っていたら生徒みたいだと言われたからか」
「うっ……そうかも」
「でも姉弟ってそんなものなのかもね」
校門を出てバス停を目指しながら街灯に照らされた道を進みながら莉奈と1人っ子同士の会話をしていた時だった。
ピーッ!
車のクラクションが鳴り響いたと思うと車が急停車し2人の真横に停まる。2人にとっては見覚えのある車だった。
「やっほー詩織」
窓から顔を出したのは康子だった。
「お母さん、どうしてここに? 」
「遅くなるっていうから迎えにきたのよ。メッセージ見なかった? 」
「あ〜送るだけ送って電源切っちゃったから見てないやごめん」
「なんて薄情な……お母さんは悲しいよよよ」
「はいはい」
陽気な母の嘘泣きを慣れたように流すと車のドアを開ける。
「梨奈も乗っていきなよ」
「いや、悪いからいいよ」
「何言ってるの梨奈ちゃん、乗っていきなさいよ」
「それじゃあお言葉に甘えて……」
梨奈が申し訳なさそうに乗り込むと扉を閉める。
「助かりました、最近色々と物騒ですから」
「そうね、最近物騒よね。でもバラバラ殺人の犯人捕まったらしいわよ? 」
「「え? 」」
「ついさっきニュースでやっていたわよ。ほら、これ」
康子がスマートフォンの画面を二人に見せる。画面には大きく『バラバラ殺人犯 逮捕』と大きく掲載されていた。
「良かったあ~」
詩織は声を上げて座席にもたれる。可能性は0に等しいとはいえ自らが被害者になるかもしれないという不安は拭えなかったので肩の荷が下りた気持ちだった。ふと横を見ると莉奈も同じ気持ちの様だった。
「これで大手を振って買い食いが出来るよ~」
「へー貴方買い食いしてるのね? もしかしてこの前も参考書を買うと言いながら」
「違うよあれは……」
『大輝先輩に買ってもらった』と繋ごうとしたのを慌てて言葉を切る。
……買ってもらったなんてまずいよね。
ふと彼女の脳裏に大輝の顔が浮かぶ。
「あれは? 」
「先輩に……選んでもらった」
「へ~それってもしかして、この前あった爽やかな男性? 」
「違うよ、いつも勉強教えてくれる人」
「あ~って言っても私あったことないけど、2人の男の子と家にお招きするまで仲良くしてるの! ? 」
「そういう訳じゃないよ。潤先輩と違って大輝先輩はこんな時間になっても自習とか言ってこんなプリント渡してくるし」
詩織は口を尖らせバッグに手を入れるとプリントを取り出して母に見せる。すると母は面食らったように硬直した。
「凄いわね……この書き込み」
「ですね」
ようやく出た言葉に梨奈が同意したのを見て詩織は一度もプリントを見てなかったことに気が付き引っくり返し見つめる。そこには、歴史上の出来事から始まりそこから連想される言葉や語呂合わせがビッシリと書かれたメモリーツリーがあった。
……こんなに書き込んであるなんて。
「やーだ、そんなに書き込んだのをこんなプリントだなんて詩織ったら惚気話なんかしちゃって」
「そ、そういうことじゃないよ! そ、そんなことより早く車だして」
慌てる詩織を見て「はいはい」と笑うと康子はアクセルを踏み車を動かした。




