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20話「従妹です」

 翌日、女子テニス部の朝の練習に参加しコートを整えて準備万端で先輩を迎えるも詩織は部長の姿を見るや否や反射的に莉奈の背に隠れるように移動する。


「どうしたの? 」

「何か嫌われてるみたいだから、つい」

「そうだったね」

「それならお姉さんたちが(かくま)ってあげようね」


 翔子が冗談交じりに彼女の前に立ったので詩織は厚意に甘え目立たないようにと身を小さくする。そんな彼女の悩みを知らない様子で部長は周囲を見渡すと「詩織さん」と名を呼び努力虚しく詩織目掛けて歩き出す。

 ……嘘、そんなにワタシ嫌われてるの?

 名指しは流石に庇えない……と言いたげに気の毒そうな視線を向ける莉奈と翔子を視界に詩織は深呼吸をすると翔子の背中から飛び出す。


「何か御用でしょうか? 」


 ……怒鳴られるのかなあ。

 思わず目を瞑ると温かいものが詩織の肩に触れる、それは部長の手だった。


「そんなに怖がらないで、この前はごめんね。キツく言い過ぎちゃったわ」

「え、いえ、気にしてませんから」


 想像とは真逆で優しい部長の対応に目をぱちぱちさせながらもそう答えると部長は満足気にコートへと向かっていった。


 ~~

 朝練を終えて着替えをすませると3人は教室へと向かう。


「結局ずっと部長優しかったけどなんだったんだろ」

「さあ、たまたま機嫌が悪かったとか? 」

「もしくは詩織の誠意が伝わったんじゃないの? 」


 莉奈と翔子が詩織の問いに回答したその時だった。


「あんな可愛い子が大輝とねえ」

「ていうか大輝って異性に興味あったんだな」

「意外とムッツリじゃねえの」


 後ろの男子生徒2人が缶を片手に追い抜きざまにそのような事をヒソヒソと話しながら2年生の教室がある3階の廊下に消えて行った。


「今の人達何て言ってた? 」


 詩織の胸が途端に苦しくなり聞き間違いであって欲しいと願いながら2人に尋ねるも返ってきた答えは彼女の望むものではなかった。


「大輝とあの可愛い子が~なんて言ってたね。もしかしてウチ……な訳ないか」


 翔子は悪いと思ったのか途中でふざけるのを中断すると詩織に向かって頭を下げる。


「どうしよう、土曜日のデート誰かに見られちゃったんだ」


 ……すぐ別れたという事にして乗り換える女なんて思われるのも嫌だし、このままじゃ潤先輩と付き合うなんて夢のまた夢だよ。

 嘆いたその時だった。

 ピリリリリリリリリ

 詩織のスマートフォンが鳴り響く。

 ……誰からだろう?

 歩みを止めカバンからスマートフォンを取り出し確認する。電話の主は大輝だった。詩織は電話番号を教える事はしなかったが彼はメッセージアプリの通話機能を使用して電話をかけて来たのだった。慌てて階段を駆け上がると化粧室へと駆け込み通話ボタンを押す。


「もしもし」

「大変な事になった、土曜日デパートに一緒に行っていたのを沢村に見られた。もう2年生の間で広まっているらしい」

「やっぱりそうでしたか」

「やっぱり? 」

「丁度そのような話をした2年生の方とすれ違いまして」

「それは……悪かった。迂闊だった」

「そもそもデパートなんて言い出したワタシの責任ですから……それよりどうしましょう、このままだとあっという間に噂が広まって」

「それなんだけど考えがある」

「何でしょうか」

「俺と桜木さんは昔からの知り合いって事にするんだ両親が仲が良いとかで……」

「それ、バレませんか? 」

「親にまで尋ねる人なんていないだろうから平気だと思う」

「なるほど、それならそれで行きましょう! 」

「了解、それじゃあ詩織さんのお母さんとウチのお母さんが仲が良いって事で」

「はい」


 こうして大輝との通話は終了した。聞き耳を立てていた2人が頷く。


「なるほど、知り合いとは考えたね」

「流石高校の神童、ウチ達が黙っておけばバレる心配もないからね」

「そうだね、ありがとう」


 予想外の事態はあったものの潤と恋人関係になれる望みが断ち切られた訳ではない詩織は意気揚々と教室へと向かった。


 〜〜

 教室に入るとクラスメイトの視線が詩織に集まる中席に着いた。そこから数秒の沈黙の後我慢しきれなくなったのか美穂が口を開く。


「詩織って大輝先輩と付き合ってるの? 」

「もしかして美穂は大輝先輩のことが好きだったり? 」

「違うよ! 昨日初めて近くで見たくらいだし……」

「おーおー」

「誤魔化さないでよ」


 顔が真っ赤になった美穂を見てペロリと舌を出す。美穂は部活は違うけれど以前から何かあると皆にこうして分け隔てなく接してくる人物なので無論そうではないと知っていたのだが、揶揄いたくなったのだった。


「それでどうなの詩織……付き合ってるの? 」


 美穂は今度は誤魔化されないぞとばかりに顔を近づけながら尋ねたので詩織は温存していた切り札を切る。


「実はワタシと先輩は親戚なんだよお父さんの……お母さんのお兄さんが仲良しで……従妹なんだ」

「そうだったんだ」


 従妹という効果は抜群で美穂は即座に引き下がった……のだが


「それっておかしくない? 」


 眼鏡をクイッと動かしながら真紀が口を挟む。


「何が? 」


 予想外の意義に笑みを返しながらも先程の回答を反芻する。間違いはない……はずだった。

 ……でも真紀賢いからなあ

 ふと詩織の脳内に不安が過ぎる。残念なことにその不安は的中することになった。


「従妹ならどうしてこの前わざわざこの教室で告白なんてしたの? 」


 ……言われてみるとそうだよ! 従妹だとしたらあの行動は不自然過ぎる!

 真紀の鋭い指摘に内心思わず同意を示す詩織、しかし彼女の苦悩はここからだった。今の彼女は傍観者ではなく当事者、同意を示すのではなく今すぐ全員が納得するような説明をしなければはらない。


「そ、それは……」


 微笑みながらも懸命に頭を働かせて上手い言い訳を浮かばないものかと考える。隙を見て梨奈と翔子に視線を向けるも2人はお手上げとばかりに苦笑いを返した。


 ……うう、ワタシ1人で考えないといけないなんて。

 思わず逃げ出したくなる衝動に駆られたその時だった。


『分からない時は何が分からないのかを明確にした方がいい』


 脳内に突如大輝の言葉が浮かぶ。

 ……まあ貴方のせいだけどね!

 詩織内心で大輝にそう言い放つと何が分からないのかを考え纏まると同時に口を開いた。


「分からない」

「は? 」


 詩織の答えに全員が首を傾げる。


「だってワタシも分からないんだもん。いきなり教室に来て告白するなんて……本当にビックリしちゃって他人のフリなんてしちゃうし……だからごめん、詳しくは大輝先輩に聞いて」


 全面的に分からないという詩織の真実の告白を聞いた真紀はそれ以上踏み込むことはせず頷くと席へと戻って行った。

 ……何とか乗り切ったみたいだけど悪いことしたかなあ。

 散りゆくクラスメイトを見ながら大輝に僅かばかりの罪悪感を抱いた。


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