2話「桜木詩織」
「詩織、起きなさい、詩織」
「ふ、ふえっ! ? 」
桜木詩織は母、康子の声に慌てて飛び起きる。
「起きてるよお母さん」
「嘘おっしゃい、今の今までぐっすりだった癖に……」
「別に良いじゃん、まだ時間はあるんだから。寒くなってきたんだしゆっくり寝かせてよ」
「何言っているの、急がないとバスに遅れるわよ」
「え? 」
康子に言われ半信半疑で時計を見ると時計は6時40分を指していた。いつもより20分遅い起床で、いつも乗っている7時出発のバスに乗るには20分で支度を済ませればならなかった。
……こうなったらあの技を使おう
とりあえず朝食を済ませると制服に着替えバッグを持って家を出る。
「行って来ます」
「ちょっとその髪で? 」
「大丈夫」
心配する康子に答えると小道を抜けバス停へ向かうと大勢の制服姿の生徒の中に1人の女子生徒の姿が視界に入る。同級生の小宮梨奈だ。
「梨奈、おはよう」
「おはよう詩織……ああ」
「えへへ、お願い」
詩織の寝坊に関しては初めての事ではないので梨奈はやれやれと口にしながらも彼女の荷物を持つ。
「ありがとう」
鏡と櫛を用いてテキパキと髪を整え後ろ手に一纏めにする。この行為は梨奈だけでなく周りも慣れたもので見て見ぬふりをしていた。一見唖然とする行為だが詩織の人懐っこい性格と笑顔により場は和んでおり、学ラン姿の男子の中には彼女をチラチラと好意の目で見る姿もある。
しかし詩織はその視線には気付かずにバッグに鏡と櫛を仕舞うと梨奈から受け取ると近付いて来るバスに視線を向けた。
〜〜
バスに乗りバッグを膝の上に置くと梨奈がスマホを手に尋ねる。
「そういえばさ、詩織、ストーリー見た? 」
「見てない、どうしたの? 」
「驚くよ」
答えずにニヤニヤと笑う梨奈を見て詩織は慌ててスマホを取り出しインスタのストーリーを開く。
「え、嘘……」
「ちょっと詩織、声……」
「あ、すみません」
乗客の学生と運転手に向けて謝罪を述べる。四条四条町は田舎町の車社会なので利用者のほとんどが学生の為このような光景が広がっていた。とはいえ、学生ばかりだと気を緩める事が出来るわけがない。全てが四条高校の生徒という訳ではないからだ。
四条町近辺には四条高校の他にも伊河市にある伊河高校、二葉市にある二葉高校と三原市にある三原高校と四校ある。
そのため頭が良い人達と同じ空間にいるバス内でも気を抜くわけには行かなかった。
「驚いたでしょ」
「昨日翔子と展男君がお台場までデートに行ったなんて驚くよ」
口にしながらスマホの画面を彼女にも見せる。画面では詩織の同級生カップルの笑顔とお台場の背景が数秒毎に切り替わっていた。
「良いよね2人、熱々だし東京だよ? 東京」
「ここからだと片道だけで4時間はかかるよ? よっぽど仲良くないと移動だけで話す事無くなっちゃいそう」
「でしょ? アタシも自信ないな〜でも詩織なら平気なんじゃないの? 潤先輩となら」
「い、いきなり変な事言わないでよ梨奈」
「可愛い〜、詩織なら絶対OK貰えると思うんだけどな〜」
「そんな事ないよ、私なんて全然……潤先輩は格好良くて運動できてテニスが強くて格好良くて優しい先輩だから……無理だよ」
詩織が俯く。
潤は彼女の言う通り彼の所属する男子テニス部の中で1人だけ全国大会に出場したばかりかサッカー部にサッカーを挑んで勝利する程の運動神経抜群でクラスばかりか他校にもファンがいる程の人気の男子である。
「でも詩織には『運命』って切り札があるでしょ」
「そんなのじゃないからやめてよ」
揶揄う梨奈に照れながらも言った直後に慌てて車内を見渡し胸を撫で下ろす。
……良かった潤先輩、今日は1つ速いバスで向ったんだ。
その様子を楽しんで見ていた梨奈だったが突如表情を曇らせた。
「どうしたの? 」
「これ、見て。被害者また高校生の女の子」
梨奈が詩織に見せた画面はニュースサイトのようで
『二葉高校の女子生徒のバラバラ死体が発見! 連続殺人か? 』
とデカデカと大きな見出しがあった。
「伊河に二葉ってこの辺の近くだよね、怖い」
「うん、そうだね」
梨奈は今度は真剣な表情で頷いた。