14話「エスカレーターにて」
詩織と大輝はエスカレーターに乗り映画館のある最上階を目指していた。その間、辺りを見回して詩織は異変に気が付く。
「先輩、今日、いつもより人多くありません? 」
「ああ、まあ色々な店が入っているから何か人気商品の発売日なんだろう」
「なるほど」
と上も下もギッシリと人が並んでいるエスカレーターを交互に見比べて言う。
……考えてみれば、いつもだったら部活があったからね。新鮮だな、でもバラバラ殺人、それが解決しても文化祭の準備があるから当分は出来ないのかあ。
と詩織は1週間前は当たり前だった出来事を懐かしむ。
「どうした? 」
「いえ、部活があったから土曜日の様子は知らなかったなあって」
「そういえばそうだったな、オレは帰宅部だから。まあ、慣れてるんだ」
詩織は「先輩はどうして帰宅部に」と尋ねそうになるのを堪える。答えは勉強のためだと分かっていたからだ。かといってこのまま会話が途切れて気まずい沈黙が流れるのも嫌だった。
……困ったな、そうか、文化祭だ。
「そういえば、そろそろ文化祭もありますけど大輝先輩のクラスは何をされるんですか? 」
「知らない」
「へー知らないんですか~ワタシ達のクラスはお化け屋敷で知らないの方が楽しそう……え? 」
……待って、今先輩知らないって答えた? それってどういうこと? 話し合いって授業1つ無くしてやっていたよね? どうして知らないの?
反射的に自らのクラスの出し物を話した後に彼の返答の意図に気が付き仰天する。
「もしかして、情報戦ってやつですか? 」
詩織は彼の返答には何か意図があるのだと考えた末に尋ねる。四条高校の文化祭は、良い出し物を出したクラスを教師と来場者がアンケートで答え、その2つの合計が多かったクラスが最優秀賞として表彰されるのが決まりで、優勝を狙う故の箝口令が敷かれている、もしくは情報漏洩でクラスの足を引っ張らないようにとぼけたのだろうと推理したのだ。
ところがこれにも大輝は首を横に振った。
「いや、本当に知らないんだ」
「どうして知らないんですか? 」
「興味ないから」
詩織にとっては理解できない単語を大輝は淡々と答える。それを見て詩織の中でプツンと何かが切れた。
「……ないですよ」
「え? 」
「そんなの勿体ないですよ! 」
「勿体ないって何が」
突然の詩織の迫力ある言葉に大輝は驚きつつも尋ねる。
「3年生ならまだしも2年生の段階で文化祭を、青春を謳歌しないのが勿体ないんです! 」
「青春っていったって高校だろ? 別に良いだろ」
「じゃあ、先輩が推薦を受ける事になって面接で『学生生活で頑張った事は何ですか? 』と聞かれたら何と答えるんですか? 」
「……勉強」
「そう言うの、ウケが良いと思いますけど。大学でも学祭とかありますよね? 推薦なら大学側はそういう人を取りたいんじゃないですか? 」
勿論、詩織の推測には何の根拠もない只の主観だった。だが、大輝を説得するには十分だったようで彼は数分顎に手を当てると
「一理あるか、内申書に言い換えられるとはいえ協調性が無いとか書かれるのもマズいからな」
と口にした。
……伝わって良かった。
詩織は安堵しながら彼を見る、すると彼の視界の背後、エスカレーターがもう終点だという事を知らせていた。
「大輝先輩、前、前」
「うおっ」
詩織の言葉を聞き大輝は反射的に段差を跨ぐ。その動きは帰宅部と言う割には実に軽やかで詩織は驚いた。そのため、彼女は間に合わなかった。
「きゃっ」
段差に躓き倒れそうになる、エスカレーターの銀色の足場が徐々に近づいた。
……そんな。
観念して目を閉じ痛みに備えようとした所を、ガシッと腹部を何かに掴まれ身体を起こされる。目を開けるとそこには大輝が立っていた。
「大丈夫か? 前方不注意でごめんな」
大輝は詩織を抱えたまま、エスカレーター利用者の進路を妨げないように数歩移動した後、彼女を放しに謝罪の言葉を述べる。
「いえ、ワタシも不注意でしたから。ワタシの方こそごめんなさい、大輝先輩が絶対転ぶと思ってました」
「そりゃ酷いな、まあ危なかったけど一応鍛えてるから。それと……ありがとう」
突然礼を言われて詩織はキョトンとする。
「何がですか? 」
「文化祭の事、ちゃんと出るから」
「お願いしますよ、ワタシも行きますから」
詩織は原因が分かると途端に照れ臭くなりながら答えると今度は勢いよく大輝の腕を引っ張り
「そう言う事なら、早く服を選びに行きましょう」
とファッションセンター目掛けて歩き出した。




