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11話「勉強会」

 スーパーを後にした2人はゆっくりと詩織の家目掛けて歩き出す。


「そういえば、自転車停められる所あったっけ」

「ありますよ、ワタシの自転車の隣に置いてください」

「了解」


 ……これはチャンスかも。

 ストーカーである大輝をバス車内で見かけた事はない以上常に自転車でのこの発言を詩織は好機と考えた。


「先輩はもし、ワタシの家に自転車置く場所がなかったらどうするつもりだったんですか? 」

「その時は、親戚のお爺さんの家に置かせてもらおうとしてたな」


 彼が平然と答える。

 ……親戚まで巻き込んだストーカーって大胆だなあ。

 詩織は彼の執念に感動すら覚えているととあることに気が付き、すぐさま口を開く。


「親戚のお爺さんですか、実はワタシもこの近くにいるんですよ。近いので昨日も帰り際に友達と寄ったりしちゃいました」


 勿論嘘だった、ただ詩織は親戚の話になったのでこっそりと昨日突然いなくなったのはストーカーに気が付いたからではなく偶然だったと言うのをこの機会に示しておきたかったのだった。

 ……上手く伝えられてよかった。

 詩織はチャンスを生かせたことに顔をほころばせる。だが、ポーカーフェイスなのか大輝はそれに関してはどうでも良さそうに「ふーん」と返事をしただけだった。


 ~~

 詩織は家に到着すると大輝が自転車を停めている隙を見計らって鍵を開ける素振(そぶ)りをし「どうぞ」とドアを開く。彼は何の疑いもせずに中に入った。

 ……とりあえず、鍵が最初からかかっていなかったことは誤魔化せたけど。あ、靴。


「ちょっとすみません」


 2人の靴、普段使いしているようなローファーが玄関に並んでいるのはどう考えてもおかしい、何とか隠そうとドアから手を放し慌てて中に入るとキョロキョロと玄関を見回す。しかし、彼女達の靴は見当たらなかった。

 ……良かった、ちゃんとどこかに隠しておいてくれたんだ。

 詩織はほっと胸を撫で下ろす。


「どうした? 」


 安心したのも束の間、大輝が尋ねる。残念ながら突然目の前に割って入るような真似をされたら当然の反応だろう。


「いや、お母さんが帰ってきていたら……と思って、たまに帰ってくるのが速いんですよ」

「ああ、共働きなのか」


 ……一昨日見ていたから知っているくせに。

 詩織は笑みを浮かべ「はい」と頷きながらも内心ツッコみを入れながら靴を脱いだその時だった。


「すみません、宅配便です」


 ふと軽快な声と共にいつもの宅配のお兄さんがやってくる。


「おや、見慣れない男性。もしかして詩織ちゃんのこれ? 」

「お、お兄さんこの人はち、違……」

「違いますよ、ただの家庭教師です」


 慌てて詩織が否定しようする横で大輝が落ち着いた様子で言う。


「なるほど、そうだったんだ。あ、ここにサインお願いします」

「……はい、いつもご苦労様です」

「それじゃまた」


 ……ついでにここの大きな荷物も警察に届けてください

 詩織の心からの願いは叶うはずもなく男性は車を動かすと遠ざかって行った。


 ~~

 詩織は大輝を2階にある自分の部屋へと案内する。部屋は一昨日の潤の事があり、最初に部屋に入った男性としていつでも彼を(まね)けるようにと整頓されていたのだが、そこに来たのが別の男と言うのは皮肉であった。


「そちらに座ってください」


 クローゼットが閉まっているのを盗み見て確認すると部屋のテーブルの奥に座るように促す。大輝はそれに従って胡坐(あぐら)をかいた。

 ……こういう時って、いつも莉奈達にやっているようにお菓子とか飲み物出した方が良いんだよね。

 莉奈、翔子と冗談を言い合いながらテーブルを占領する食べ物と飲み物を並べて語り合ったりする、いつもの光景を思い浮かべる。勉強会なのでテーブルを占領する程出す必要がないとはいえ、表向きは勉強を教えてもらう教えるの関係である以上、何も出さないと言うのは失礼だろう。

 とはいえ、それはあくまで表向きの理由で詩織は大輝をストーカーだと疑っているのだ。ストーカーを対象の人物が暮らしている部屋に数分とはいえ一人きりにしたら何が起こるか、想像するだけでも恐ろしかった。

 ……どうしよう。

 再び2人が潜んでいるであろうクローゼットに視線を移す。恐らく2人は今も隙間からこちらを見守ってくれているであろう。そして大輝は潤のクラスメイト、それならば取るべき行動は1つしかなかった。


「ワタシ、お菓子とか持ってきますね」


 立ち上がりそう告げる。詩織は大輝をもてなさず、その事が潤へ広まる事を恐れたのもあるが、2人きりならいざ知らず、今は莉奈と翔子が彼を気付かれないように見張っている。その状況でボロを出せばそれを証拠に警察まで突き出せる、と考えての行動だった。

 ……2人共、頼んだよ。

 私物の安全とストーカーの証拠を得る事を託し部屋を出ようとした時だった。


「待った、別にそんな事しなくていい」


 大輝が言葉で制する。


「でも、何もお構いもしないと言うのは……」

「いや、俺間食とかしないし飲み物も、ほら水筒持ってきたし、何より俺の買い物で時間かけちゃったから気を遣う必要なんてない」


 彼はバッグから水筒を見せながらそんな事を言う。

 ……どういう事? ストーカーなら部屋に1人きりになんて強引にでもなりたいものじゃないの? もしかして、先輩がストーカーっていうのはワタシの思い過ごし?


「それなら、お言葉に甘えて」


 予想外の彼の反応に詩織は混乱するもそれを悟られないように席に着いた。大輝はそれを見届けると彼女の顔をジッと見る。


「それじゃあ、まず、詩織さんは大学に行きたい? 」

「はい、何か進路相談みたいですね」

「必要な事だからね、それじゃあ次は……文系と理系どっちにする? 」

「文系です」

「大学行くなら国立、公立、私立、どれ? 」

「国立……ですかね」

「なるほど、まあそうだよな」


 大輝はため息を吐く。

 ……もしかして、ワタシの成績まで調べているっていうのは考え過ぎだよね?

 彼の行動が意味深だったのでそんな事を恐れるも何も知らない彼は淡々と理由を述べる。


「国立となると、なかなか大変だ、これを見て欲しい」


 そう言って彼がバッグから出した3冊の教科書には『世界史A』『日本史A』『政治・経済』と記されていた。


「この教科書がどうかしたんですか? 」

「大問題なんだよ、入試で使うのは文系なら大体2科目、それでその2科目のうち1つは政治経済が教科書の薄さからも良いとされる」


 そこまで説明されて詩織は納得がいった。


「という事は『世界史A』と『日本史A』どちらかは必要ないという事ですね」

「そう言う事なんだよ、更に言うなら入試で必要なのは『世界史B』か『日本史B』、それを3年生の1年でやろうなんてカリキュラムなんだ。三原や二葉にするとバスの時間がかかるからなんて考えて四条にしたらとんでもない事になった……と言うのは愚痴で、そう言う訳だから文系科目は早いうちから手を打っておいた方が良いって訳だ」

「はあ……」


 正直、詩織は進学するならと何となくで希望を述べ国立と言っただけだったので大輝の熱意についていけていなかった。それどころか今回限りだと思っていた勉強会がこの調子だと何度も行われると言う事を恐れていた。

 そんな反応をしていたからか彼は詩織を見て言う。


「ああ、ごめん。宿題とか出された? それならそっちを片付けようか」

「はあ……これです。ここからここまでやって来るようにって」

「ああ英語か。この参考書は良い、基本から教えてくれるからな、これを全部覚えれば英語の基本はばっちりだ」


 詩織の落胆する様子何て気が付かないかのように彼は目を輝かせながら参考書をパラパラと(めく)り微笑んだ。


 ~~

 数時間後、意気揚々と帰った大輝を見送った後、部屋に戻ると莉奈と翔子の姿があった。


「お疲れ」


 クローゼットに数時間隠れていて身体的にもしんどいであろう莉奈が詩織に労いの言葉をかける。その言葉が合図となり詩織の感情が溢れ出した。


「何なのあれ! 世界史Bって何 やるなら世界史か日本史? どっちにする? 今決めて? どっちもやった事ないんだからそんなにすぐ決められる訳ないじゃん! それにメモリーツリーって何? 毎日見るの? しんどくない? 一緒にメモリーツリーを作ろうって何? プロポーズ? おまけに明日も来るなんて明日もこんなにみっちり勉強しないといけないの? 嫌だよそんなのおおおおおおおおおおおおおおおお」


 詩織は勉強アレルギーからか2人に抱き着く。2人はそんな詩織を受け入れ優しく頭を撫でた。


「よしよし、詩織は偉かったよ」


 と莉奈。


「でも何というか、あの人。詩織と言うよりも勉強が好きみたいな感じだったね」


 翔子は詩織の頭を撫でながらも冷静な意見を述べる。


「確かにそれは思ったかも、好きな人と言うよりは勉強仲間が出来て嬉しいみたいな反応だったね」


 莉奈が翔子の意見に同調する。


「ストーカーだったって思い違いだったのかな」


 2人のやり取りを聞いて気持ちが切り替わった詩織も自分の意見を述べる。すると以外にも翔子は首を横に振った。


「それは分からない、もしかすると彼女になって良い所を見せようと舞い上がった結果なのかもしれないし」

「そうだね、もし今、詩織が彼を拒絶なんてしたら逆恨みされて襲われちゃうかも」

「そんな~」


 大輝と勉強ではなく潤と仲良く遊びたい詩織は、その願いが叶いそうにない事にがっくりと肩を落とす。その様子を見て莉奈が肩を叩いた。


「そう気を落とさない、また明日もクローゼットの中から見守っていてあげるから」

「良いの? 莉奈」

「まあ、詩織に潤先輩を我慢しろなんて言うからにはこれくらいはね」

「私も2日に1回位なら良いよ」

「翔子もありがとう、これからも3人で頑張って行こうね」


 詩織はそう口にするとともに再び2人に抱き着いた。

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