14.情報整理
なんだかんだ言って乗り気なタリアナにロロは少し驚いた。
てっきり今回の一件から手を引くと思っていたのだが、どうやら彼女にもなにか思うところがあるらしい。
しかしここにはヨナがいる。
こっそり調べようとしていることを聞かれてしまった。
告げ口されるかもしれない、と警戒したが……彼女はそっぽを向いて耳を塞いでいた。
「耳鳴りがするにゃー。なんでかにぇー」
「……」
白々しかったがどうやら黙認してくれるらしい。
そのことに安堵してロロはタリアナに向き直った。
「何からする?」
「一旦情報整理ね。ロロの家はギギさんが帰ってきちゃうから私の家に行きましょ」
「了解! ヨナさん! また今度!」
「ん? なんか言った~?」
耳を塞いだままこっちを見たヨナに手を振って別れを告げる。
二人が去っていくのを確認したあと、耳から手を離した。
彼女は一つ息をつく。
今回の一件の解決はとある男の協力が必要不可欠だ。
協力というより、了承と言った方が適切かもしれない。
ギギたちは知らないようだったが、ヨナは彼のことを知っていた。
「墓守の説得は冒険者の私たちじゃ無理だろうからにぇー。二人とも頼んだよ~。あっ……でも冒険者ギルドに行くのは止めた方がいいって言えばよかった……。本格的な調査が入ると……戦争になる……。まぁタリアナちゃんは分かってそうだし大丈夫か~!」
◆
「おじゃましま~す……」
「入ってー」
ギギの目を掻い潜る為、ロロはタリアナの家に呼ばれていた。
彼女もロロと同様若いので借り家暮らしではあるのだが、人様の家には足を運ぶのは初めてなような気がして少し緊張していた。
部屋の中は非常に綺麗で、整理整頓が徹底されている。
すっきりとした間取りの中に必要な家具が丁寧に設置されていた。
床を傷つけないように家具の下にはカーペットなどを敷いている様だ。
小さな観葉植物が部屋の中に緑を与えており少し華やかに見える。
これは冬になると花が咲くらしい。
タリアナはロロを椅子に座らせて、向かい合うようにしてテーブルを挟み椅子に座った。
さて、これから作戦会議をすることになる。
まずは……情報を整理しなくては。
紙とペンを後ろの戸棚から引っ張り出し、それを机に置いて今までのことを書き記していく。
「とりあえず……。手紙の仕組みは分かったわね」
「あの手紙にロシュ・マヴォルの唾液が塗られてて……それに触れるとロシュ・マヴォルの姿隠しを見破ることが出来る」
「じゃあ手紙はどうして書かれたのかしら?」
「テレスさんが書いたもので、書いた理由はリヴァスプロ王国に協力するため。手紙自体に魔法が施されてて、墓地の地面に触れると魔法が発動する……」
「魔法の内容は?」
「二十三年前の百鬼夜行で亡くなった冒険者たちをレイスとして呼び出す召喚魔法……」
タリアナがカリカリと紙に文字を書いて記録していく。
手紙が書かれた経緯と、手紙に施されていた魔法と唾液。
算段としてはリヴァスプロ王国の使者にこの手紙が渡り、手紙を炙る。
恐らくだが、あぶり出しが施されているのは事前に話をしていて聞いていたはずだ。
手紙が向こうの手に渡れば、まずは火で炙るはずである。
そして『キュリアス王国墓地』という文字が浮き出る。
ここに赴くと姿隠しで隠れているロシュ・マヴォルとテレスの屋台を発見することができるはずだ。
一年間は墓地で待機していたと言うし、手紙を持ってくることが出来たのであれば発見することは容易だろう。
合流さえできれば、あとは手紙に施されている魔法の説明をしてそれを地面に落とせば任務完了。
手紙を落とすだけなのですぐに回収もできるし、その場に滞在し続ける意味もないのでほぼ完全な犯罪が成立してしまう。
証拠もないし、強いレイスも出て来るので、犯人を捜している余裕はなくなる。
「多分これが五年前の計画。でも……」
「そういえばあの手紙が入ってた封筒、届け先が書いてなかったなぁ……。送り主の名前もなかった。燃えちゃったけど」
「まぁ送り主はないにしても、届け先が未記入ってのはなんだか抜けてるわね」
会話をした感じからすると、そこまで抜けているような人ではないような気がする。
しかし事実として手紙の郵送に失敗しているので……。
手紙を送ったことがない人だったのかもしれない。
とりあえずそういうことにしておいて話を変える。
手紙のこともテレスのことも分かったし、リヴァスプロ王国のことも少しだけ分かった。
「いや、ここね」
リヴァスプロ王国と記した文字に丸を付ける。
「リヴァスプロ王国? どうして?」
「なんでキュリアス王国を狙ったのか、明確に分かってないじゃない」
「そこまで踏み込んでいいのかなぁ?」
首を傾げるロロに、タリアナは指で二度机をたたく。
「何か調べるには理由が必要よ。手紙のことを調べて最終的に行きつくのは結局リヴァスプロ王国なんだから、少しは知っておくべきだと思う」
「なるほど……。てことは、まず最初に調べるのはリヴァスプロ王国がキュリアス王国を狙う動機?」
「でいいかもね」
大目標の一つはそれに決定された。
紙の上でペンが走り、強調線が引かれる。
「あ、それと……」
「まだ何かあるかしら?」
「墓守のことなんだけどね……。どうして聖魔法を使わずにレイスを倒し続けてたのかなって」
「……確かに、それは気になるわよね」
再びペンが走り、墓守との接触が追加される。
彼がどういう考えを持って物理攻撃でレイスを仕留め続けていたのかは謎だ。
聖魔法をしっかり使っていたのであれば、今こうして強化されたレイスが出現するということはなかっただろう。
もちろんそこを責めるつもりはないのだが、将来のことは考えていたのだろうか、と少し不安になる。
墓守がもし亡くなった場合、誰がその仕事を引き継ぐのか。
レイスが定期的に出現するのであれば、一刻も早く手を打たなければならなかったはずである。
なのに彼はそれを拒み続けていた。
その理由は?
「……墓守さんって……名前はなんていうのかな」
「私、彼の家に一回だけ手紙を届けたことがあるの」
「よく覚えてたねタリアナ!」
「まぁ新人の頃だったし、名前覚えなきゃって思って郵送先の家の名前は把握してたなぁ……」
「で、その人の名前って何?」
タリアナはペンを走らせた。
これは覚えておかなければならないことだ。
間違った名前を口にして機嫌を損ねられては面倒である。
彼女が書き記した名前を、ロロは読み上げた。
「ダムラス?」




