落花枝に帰らず
『いつからだろう。洗濯物を干すベランダで、駅のホームで、信号待ちの交差点で。あと一歩前に踏み出したらどうなるんだろうと考えるようになったのは。今日も仕事。明日も仕事。正直行きたくない。自分の人生ってなんなんだろう』
寝る前に色々と考え込んでしまい、SNSに吐露したあとでため息を吐く。
明日も早いんだから早く寝なければ。
朝起きると、思ってもいない景色が広がっていた。
会社の無い夢の国ではない。死後の世界に来てしまったわけでもない。
目の前にあったのは、正義の味方たちの声だった。
『いじめられて外に出れない人もいるんだ。外に出られるだけ幸せだと思え』
『仕事があるだけでも贅沢だろ。これだから社会不適合者は』
『そんなに死にたいと思ってるなら死ねばいいんじゃないですか?多分誰も困らないですよ』
大半が『もっとかわいそうな人たちがいるのだからワガママを言うな。そんな奴は社会不適合だから消えてしまえ』というものだった。彼らを言い過ぎだと咎める人もいたが、よりかわいそうな者たちのことを考えろと正義の味方は言っていた。
僕は怖くなって、途中で見ることをやめた。鳴り止まない電子音。聞こえるはずのない心無い正義に怯え、思わずその場にへたり込む。
ピーンポーン
家のチャイムが鳴ったことで、ハッと我に返る。汗だくだった。
玄関から覗き穴で確認すると、僕の彼女が訝しげな顔をしていた。
僕の状況を察知して駆けつけてくれたのだろうか。
迎え入れようと、ドアノブに手を掛ける。
ピーンポーンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
その音はまるで、僕を責め立てるように何度も何度も何度も何度も何度もあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ