第8話 唇
亮が大きく拡げた羽扇に史龍、冲也、達也、小町の四人の視線が集まる。
すると羽扇が辺り一面を包み込むように強く光り輝きだした。
言葉では表現しにくいが、何処か懐かしい温もりのような神々しい眩しさ、心の中までも照らすかのように辺り一面を覆ってゆく。
その光の中から人のような、ぼんやりとした物体が浮かび上がるのが見えた。
そして、その何者かが直接四人の脳内に語りかけてきた。
『……渡り人よ………我のもとへ』
「――――! なんだ…これは一体誰の声なんだ?」
「えっ、なんなのよ、この声、直接頭の中に語りかけてくるみたい」
「クソっ! 誰だよ。勝手に俺の脳味噌に話しかけてきやがって」
「みんな、この声が聞こえているのか……ん? この声は!? ……これって、おっさんの声だよな?」
冲也が全員の確認を促す。
「おいおい、冲也! これはどう聞いてもおっさんの声だろー! どう転んでも奇麗なお姉さんの声には聞こえないぞー! こんな時に何を期待してるんだよ、まったく、お前って奴はあーー」
論点のずれた達也が勝ち誇ったように冲也に答える。
「……そういうことじゃあないんだけどね」
そして、また謎のおっさんの声が語りかけてくる。
『渡り人よ、汝らを……約束の地が待っておる。さあ、我のもとへ……』
「このダミ声は……どこかで、遠い昔に聞いたような声だな」
「確かにそうね。なんか懐かしのテレビ番組紹介みたいなので聴いたことがあるようなダミ声だわ」
「うむ。やはり、どう聞いてもダミ声のおっさんだな。昭和の土曜の夜に登場する鉢巻きと襷掛け姿のおっさんを思い出すような……」
眩しさを堪える四人に亮が語りかける。
「今、皆さんが聞いた声は、この羽扇に宿った記憶の一部なんですよ」
「それは特殊な記憶デバイスってことなのかな? 録音されたおっさんの声を俺たちに聞かせているってことなのかい? でも、この声は耳からは聞こえてきていないし、脳内というか意識に直接語りかけてきているみたいだよな」
「私もそう感じるわ」
「おい、これは一体どういうことだよ! なんで、他の奴らも俺と同じように聞こえてるんだ!?」
「うむ。さっぱり、わからん!!」
一様に理解に苦しむ四人。その四人を更に混乱させるかのように亮は説明を続ける。
「この記憶の声が聞こえるってことは、皆さんが特別な人達だからですよ」
「……はあーー? なんだ、そりゃあ!? 意味がまったくわかんねえぞ」
「うむ。まったくわからん」
「達也はわかろうとしなくていいよ……」
「ねえ、あなた、もっとわかるように説明しなさいよ!」
「今、ここで理解してもらうのは難しいんですよ、本当に......ただ……」
「ただ? なんだよ?」
「え~と、皆さんが運命的なものを感じるとか、この声に導かれているようなイメージを少しでも持っているようでしたら、ちょっとだけ次のステップというか~、ヒントみたいなものを感じてもらえるかもしれません」
「ええ~っ! このダミ声に導かれているなんて有り得ないわよ! っていうか、そんな必要ないしー」
「小町さん、そう言わずに、もうちょっとこの声を聞いてみましょうよ」
離脱寸前の小町を制止する冲也。
「オッサンの声を聞くのはいいけどよー! その前にお前は一体なんだよ? オールバックのMr.マなんとかのつもりなのかよ。『キテマス』とか言うオチじゃあねえだろうなー?」
史龍が亮に詰め寄る。
「史龍のツッコミも一理ありますね。そのあたりも説明してもらえると、次のステップとやらにも興味が湧いてくるんだけどな」
「わかりました! でも実は僕自身もすべてを理解している訳ではないんですよ。少しずつ思い出している状態なんです」
「はあ?? 意味がさっぱりわからないわね。いま『わかりました』って言ったじゃない」
「まあまあ、それでも確信していることはありますから.........これから皆さんは何かを見るはずなんですが、それが何なのかを僕が当ててみましょう」
「こんな眩しい中に何が見えるっていうのよ!」
「さっき聞こえてきた声と同じで、目で見るというよりは、意識で見るといった感じだと思いますよ……たぶん、そろそろ見えてくるはずです」
自信たっぷりに嘯く亮に、冲也は半分呆れたように訊ねる。
「この状況でいったい何が見えるんだい?」
「嘘のように思えるのかもしれませんが......冲也君も僕を信じて下さい」
「俺たちをバカにしている訳ではないと思うんだけど、このトリックのような所業が理解できなくて、半分疑ってしまうんだよ」
「本当に種も仕掛けもないんですが、とにかく先にお伝えしますね。皆さんがこれから見てしまうものというのは......それは、“唇”......なんです」
「はあー? く」
「―――! ち」
「―――! び」
「―――! るぅぅぅー!!」
一瞬言葉を詰まらせた四人は思わず揃って言葉にしてしまう。
が、それと同時に四人の脳裏に浮かび上がったそれは……。
「―――――――!! これは、おっさんの......かよ!」
「おーーーいっ! 本当に唇じゃねえかーー! ふざけんな!!」
「うえぇ~、下唇が出てるぅぅ~、気持ち悪~い!」
「うぉーーーい! デカイ唇が襲ってくるぞーー! みんな気をつけろ! 食われるなよー!」
(それはないと思うんだけどなあ......)