第42話 上から小町
元貧民街の門番、アキラは死霊に追われていた女、大町小町を助けて街の中へ招き入れた。
しかし死霊は小町自身が呼び出したもので、小町にとっては全く害の無い霊体。おまけに自在に操ることが出来る。
つまり、死霊に追われていたように見せかけて逃げてきたのは自作自演で、小町の演技力も相俟ってまんまと街に侵入出来たという訳である。
門番のアキラが警備小屋を離れると、小町は懐に隠し持っていた羽扇を慣れない手つきで広げた。
すると半透明の月英が姿を現した。
「月英さん、とりあえず侵入成功よ」
「小町さん、ここの門番の人数は把握しましたか?」
月英は呼び出されて早々に状況を確認する。
「ええ、このゲートは三人の男が門番をしているわ」
「では予定通り、私がその三人を眠らせますね・・・」
その時、小屋の扉が開く音がして、飲み水を持ったアキラが戻ってきた。
小町は慌てて、羽扇を広げたまま顔を仰ぐ仕草をする。
月英は、すぅっと天井を突き抜けて姿を消した。
「お待たせー! 冷たい水を持ってきたぜ!」
「優しいのね。助けてもらった上にお水までいただけるなんて」
「ねえ、お姉さん、その扇子・・・もしや・・・」
小町はハッとする。まさかとは思うが、疑いを持たれたのかと焦りが滲み出る。
「あら、何か・・・しまして」
自分の表情の変化を悟られてはならないと扇子で顔を隠す。
「随分と高級そうな扇子ですよね。君はやはりどこかの令嬢様なのかな・・と思いまして・・・」
「あらぁ〜、困りましたわ・・・これでも身分を隠して一般人のフリをしておりますのに、あなたには簡単に見抜かれてしまいましたわね」
小町は何故か嬉しそうに、というより勝ち誇ったかのように言い放つ。
「やはり、そうだったのですか! 俺、いや私は人を見る目だけは確かだと周りからも言われておりますから、やはり私の目に狂いはなかった」
「何にせよ、正体がバレてしまった以上は・・・仕方ありませんね。では、あなた、私の下僕にして差し上げますわ」
ガタガタ、ミシミシ・・・・・。
その時、天井が大きく揺れる音がした。
「うわぁっ、なんだーっ!」門番のくせに臆病なアキラが怯えた声を漏らす。
「大丈夫よ、きっと、あれは月の女神の祝福みたいなものだから・・・実はね、私は女神の加護と祝福を受けていますのよ」
ズズズゥーーッ・・・・。再び、天井で音がした。何かが滑ったような音。
先程からの音の正体は月英によるもので、擬似的なズッコケ音で小町に自制を促す合図である。もちろん、小町の調子に乗った台詞を耳にして、少し気が動転したのは事実だった。
「えっ!? 女神様の加護・・・ですか?」アキラは疑うというよりは何かを期待しているような表情で確認する。
「あらら、また余計なことを口に出してしまいましたわ・・・オホホホ」
「ご令嬢様! 申し遅れました。俺、いや私はアキラと申します。女神のご加護を持つ貴女様にお願いがあるんです」
「えっ!? 私に? なんで私に?」
「貴女様のような崇高な方だったら俺たちを助けてくれると思い・・・女神様が貴女様を遣わしてくれたこのチャンスを逃すわけにはいかないのです。お願いです! どうか俺たちを助けてください!」
アキラが両膝をついて懇願する。
小町は、半分口から出まかせのようなことを言ってしまったことを後悔するが、藁にもすがるようなアキラの態度を見て無碍に出来ない。
どちらかというと何かの力になってあげたい気分になる。
「仕方ないですね。困っている下々の者を捨て置くのも忍びないので、話だけでも聞いて差し上げてもよろしいわよ」
小町の返答にアキラの表情が更に明るくなる・・・が、同時に上方では月英が頭を抱えた。
「実は・・・今、この街はシュウユ・タウンの奴らと抗争中で、奴らはこの街を奪い取るつもりなんです! そんなことされたら俺たちは皆殺しか、運が良くても街を追われてしまう」
「抗争・・・奪い取るって、私は暴力は嫌いなのよー! 大体、そいつらはなんでこの街を欲しがるわけよ! ここって、元は貧民街だったんでしょう!?」
「ひぇーーっ! 失礼しましたーー! どうか怒りをお鎮めくださーい!」
嫌いな話題になったことで、いつもの我儘モードになってしまう小町の態度に恐れ慄くアキラ。そして、屋根の上でまたも頭を抱える月英。
アキラの平謝りに「しまった!」と心の中で呟いた小町は平静を装いだす。
「あらぁ〜、いやだわ、私としたことが・・・で、そのなんとかタウンの奴等がこの街を欲しがる理由はなんなの?」
「確かにこの街は貧民街でしたが、パンデミックが始まった頃に賢者様が現れたんです。賢者様は住民たちを導いて、この街が自給自足出来るように飲み水の確保、農作物の栽培のため土地を耕して皆が困らない街に変えてくださったのです。今ではアンデッドの侵入さえ防げば、とても快適な街になったという訳です」
「なるほどぉ、だからこの街が欲しいのね。それを力づくで取ろうなんて野蛮よね! っていうか、なんとかタウンの奴等って、そんなに強いわけ? あなた達はどうなのよ!?」
「あいつらの中に化け物のように強い奴が何人かいるんですよ。アンデッドの群れをたったの二・三人で全滅させることが出来るって噂で、いや実際にそれを見たって奴もいるんですよ。そんな奴等と戦うなんて自殺行為じゃあないですか! だから、どうか女神様のご加護でこの街を守って欲しいのです」
小町は考えた。
アキラと仲間の門番をさっさと眠らせて、街の外に待機している亮たちを招き入れるか、それともアキラを助けて英雄となってから、ゆっくり探し物を入手するのか?
しかし、化け物のように強い相手をそう簡単に撃退出来るのか?
そもそも戦闘などする気になれない・・・。
やはり、ここは当初の予定通りにするべきか・・・と答えを出してアキラを見据えたが、神にすがるような眼差しが答えを覆した。
少しだけ溜め息をついた小町は月英に心の内を明かすことを決意。
「ねえ、月英さん、この哀れな子羊たちを助けてあげたいんだけど・・・」
しばらくすると、天井をすり抜けて、月英が姿を見せた。
「仕方ありませんね。守護者様の意思に背くことはできませんから」
小町の目線の先を追ったアキラは、半透明の月英を見てペタンと尻餅をついた。
「えっ!? なっ・・・も・・しや、女神様が、降臨された・・・のか?」
「何を驚いているのよ。あなたが助けて欲しいって言ったんでしょう! だから呼んであげたのよ」
「はい、そうでした! 感謝します! 女神様、どうかどうか、この街を守っていただけないでしょうかーー!」
「ちょっと、声が大きいわよ!」
小町に叱られたアキラは、急いで口を抑えた。
両手で口を抑えるアキラを一瞥してから、月英に予定変更を告げる。
「彼らを助けてあげたいんだけど、私は戦うのは嫌だから、外にいる三馬鹿に聞いてみてもいいかしら?」
「まあ、見たところ、この者は嘘をついていないようですから・・・ただ、孔明様がなんと言われるのかは分かりませんね」
「月英さんから説得してもらえないの? 亮も月英さんに頼まれたら何とかしてくれると思うんだけど・・・」
「では、守護者様がどうしてもとわがままを言っていると伝えましょうか」
「ええーーっ! まあ、それでもいいわ。それに、この人を見ていると、ここで断ったら後味が悪いから」
「孔明様はともかく、逆に他の皆さんは納得するでしょうか?」
「ああ、あの三馬鹿だったら、腕力しか脳がないし、暴れたくて仕方ないって感じだから問題ないですよ!」
「うふふ・・・おっしゃる通りかもしれませんね」
「あの〜、もうひとつお願いがありまして・・・」アキラが図々しく願いを被せてくる。
「はあ? まだ何か面倒なことがあるの?」
「はい・・・実は、もっと根本的なことがあって、この街のほとんどの住人が困っていることがありまして・・・」
アキラが周囲を気にするような素振りで、声のトーンも急激に小さくなった。
そんなアキラの挙動を見て、小町はピンときた。
「あ〜、亮が言っていたことに関係ありって感じねぇ。月英さん、どう思います?」
「さすがは守護者様ですわね。私も同感ですわ。ですが、まずはこの者の話を聞きましょう」
「アキラだったわね。続けなさい!」かなり上から目線の小町がアキラを促した。
「はい、実はあまり大きな声では話せないのですが、今この街はアサカーという碌でもない輩とその一味が街の自治会を牛耳っているんですが、奴らは狡猾なやり方で、自分達だけが有利になるように街全体を仕切っていて、やりたい放題なんです」
「つまり、そのアサカーたちを懲らしめて欲しいってわけね・・・わかったわ! こうなったら、なんとかタウンもアサカーもまとめてやっつけてやるわよ! っていうか、水戸黄門にでもなったような気分だわ〜」
「ありがとうございます!」
「オホホホ、もっと敬いなさい! もっと崇めまくってもよろしくてよー!」
気分上々の小町は完全に悪役令嬢化した。
悪役令嬢が板についてきた小町にアキラが更に訊ねる。
「あのぅ〜、もしや、貴女様も女神様なのでしょうか?」
「あらぁ〜、あなたって本当に見る目があるわねぇ。でもね、私は・・」
「そうですわよ! このお方は私よりも上級の女神ですわよ!」
月英が小町の言葉を遮って口を挟んだ。
「やっぱり、そうでしたかー! かなりのツンデレぶりだったから、もしやと思いましたが、どうりで女神様にタメ口を聞いてるのも頷けました」
小町はアキラの言葉に顔を赤くしてうつむいた。
月英はその小町を見てクスっと笑ってからアキラに告げる。
「私が願いを叶えることは容易いことですが、あなたにもそれ相応の覚悟を見せてもらいますよ。良いですね」
「もとより覚悟の上です」
意外にもアキラは動ずることなく、半透明の月英に覚悟を伝えた。
「それでは準備に入ります。あなたは何があってもここから一歩も動かないように」
「はい!」
「では守護者様、まずは孔明様たちを招き入れてきます」
月英はそう告げると、再び天井をすり抜けて行った。




