第41話 侵入
ーー 元貧民街正門付近
三國亮と月英が一度目のSix Road、この餓鬼道で築き上げた元貧民街コミュニティ。
この街は、アンデッドや野盗の類から人々を守るために高さ5メートル程の外壁で囲われた防壁型の街である。
強固な外壁で囲われた要塞のような造りではあるが、その壁を構成しているのは金網やステンレス製ボード、ブロック、木材と様々な材質が使われ、ツギハギ状態で見栄えは良くない。
立地的に天然の岩壁を背にした街だったのが幸いして、街の外周の三分の一ほどは外壁がなくても天然の防壁が聳えており、残りを人工の壁が街を覆っている。
そして、この街で人々が通行可能な唯一の通行門は天然の岩壁と正反対の場所に位置しており、その門は正門と呼ばれていた。
当然その正門は厳重に守られており、高さ5m程の門壁の上には見張り台としての足場が組まれている。万が一に備えて外敵を迎撃するための足場であり、十人程の人間が戦闘配置できるだけのスペースを持ち、夜間も交代で常に三〜四人の門番が守衛していた。
今夜も白く大きな月が闇夜を静かに照らしている。その月の下で、三人の門番たちは緊張感の抜けた間抜け面で談笑していた。
夜間の門番の人数は、特に街の周囲に危険が及んでいない限りは最小人数の三人で担当することになっている。
ー今夜も月灯りのおかげで、野盗どもは襲ってこないだろうー
そんな気持ちが三人の門番たちの気を緩めていた。
「あ〜ぁ、こんな真ん丸の白い月が大きく見える夜は、月見酒と洒落込みたいっすよねえ」三人の中で一番若い門番が“酒を飲ませろ”と言わんばかりの台詞を吐いた。
「お前は毎回毎回、夜になると天候がどうであれ、雨が降ろうが、嵐であろうが、酒を飲みたい、飲みたいと呪文のように唱えちゃってるけどよお、酒ならなんでも良いってのかい?」
小太りのいかにも人の良さそうな門番が仕方なく話を合わせた。
若い門番が次の返し言葉を発声しようとしたその時、
「助けてーー!!」突如、若い女性の叫び声が夜空に響き渡った。
門番たちが険しい表情に変わって、叫び声が聞こえてきた方角を凝視する。その叫び声は、正門から真っ直ぐに伸びたメイン通りの先から聞こえてきた。
すると、一人の女が自分達が守衛する門に向かって必死に走ってくる姿が見えた。
「ありゃあ若い女だぞ!」三人の門番の中で一番若い男が叫び声の正体を見て声を上げた。
続いて、リーダーらしき男が叫ぶ。
「おい、女の後ろを見ろ!」
必死に走って来る女の後ろには、無数の亡霊のような霊体が女を追うように迫り来るのが見えた。
「おい、ありゃあ死霊じゃあねえのか!!」小太りの男が叫ぶ。
「あの女、えらいのに襲われているぞ、あれはヤバいぞ!」もう一人のリーダーらしき男が血相を変えた。
若い女は長い髪を振り乱して真っ直ぐにこの門に向かってくる。
「助けてあげましょうよ! かわいそうですよ」
若い男が提案するが、他の二人の門番は顔を見合わせるだけで、どうして良いものか即答できず、狼狽えている。
「このサーチライトをあの死霊に向けて照射すれば、奴等は消え失せるんじゃあないですかね」若い男は女を助ける気満々に言い放った。
「そうだぜ、このままだと俺たちも襲われちまうから、なんとかしないと」
小太りの男も焦りを隠せない表情で不安を口にしている。
「わかった! アキラの言う通りに、サーチライトを一斉に奴等に照射するぞ!」リーダーらしき男が指示を出す。
「門を開けてーーっ!! 助けてください、助けてーーぇ!」
ついに、女が門前に辿り着いて、三人の門番に甲高い声をあげて懇願する。
「ちょっと待ってろ! 今なんとかしてやるぜー!」
アキラがカッコつけたように叫ぶと門の右上からサーチライトを女の背後に向けて照射した。同時に左上から小太りの男が同じようにサーチライトを照射する。
2本のライト光線が死霊を照らすように射抜いた。
すると、今にも女に襲い掛かろうとしていた数体の死霊が、空気中に溶け込んでしまったかのように次々に消え失せていった。
「どうだよ! やったぜ! おーーい、お前、化け物どもは消え去ったぜ、良かったなあ」
右手拳を高々と天に突き上げたアキラが女に声をかけた。
女は後ろを振り返って死霊が消え去ったことを確認すると、アキラの言葉に返答することなく安堵した様子でしゃがみ込んでしまう。
「おい、お前! 一体どこからやってきたんだよ。言葉は喋れるんだろう?」
しゃがみ込んでいた女は、門の上から顔を出しているアキラ達門番に向かって顔をあげた。
「ありがとうございます! ちょっと気が抜けてしまって・・・あの、少しの間で構いませんから私を中に入れてもらえないでしょうか・・・」
その女をよくよく目を凝らして見たアキラは、ハッとして胸が高鳴るような衝撃を受けた。今までにみたことのない美しい顔立ち、そして気品溢れるオーラを纏っていることを瞬間的に感じ取った。
要するに女の容姿に心を奪われてしまったのだが、同時に女が発した言葉に対して『彼女を助けなければならない』という使命感に駆られてしまった。
アキラはリーダーらしき男に訴える。
「ねえ班長、あの女を入れてやりましょうよ。特に怪しい感じもしないし、見たところ武器なんかも持っていないようです。何よりも化け物に追われていて疲労もあるだろうし、外じゃあ落ち着いて休めるところもないから可哀想ですよ・・・ねえ、そうしましょう!」
アキラに強くせっつかれた班長は、門の下にしゃがみ込んでいる女に眼を遣りながら答える。
「ああ、まあ、この様子では危険視することもないとは思うが・・・だからと言って通常のチェックは怠るなよ」
「心得ていますよ! それじゃあ、俺が降りて、チェックしてきます!」
アキラは、何故か喜び勇んで正門上の足場から降りていく。
「おい、アキラ、あの姉ちゃんがべっぴんさんだからって変な真似するんじゃねえぞ!」
浮かれた表情で梯子を降りるアキラを小太りの男が揶揄う。
「何を言ってるんすか! 俺はイイ女にはメチャメチャにジェントルなんですよ!
街の女たちからはジェントリーアキラって呼ばれてるんすから」
「はあ? そんなあだ名は初耳だぞ、冗談が上手くなったなあ!」
アキラは急いで門を開いて、しゃがみ込んだ女に手を差し伸べた。
「大丈夫か、お姉さん。一体、こんな夜更けにどうしたんだよ」
「助けてくださってありがとう! 私は遥か東の街から五人の仲間達と旅してきたの・・・でも少し前にゾンビの群れに遭遇してしまって、逃げるのに必死になっているうちに仲間と逸れてしまったんです。おまけに得体の知れない死霊のような化け物にまで追われてしまって・・・」
女は俯きながら、これまでの経緯を話した。
「おいおい、それは大変だったなあ、でも、まあこの街は安全だから大丈夫だぜ、安心しなよ」
「本当に助かったわ、もうダメかと思っちゃった・・・」
アキラに手を引かれて立ち上がった女は満面の笑みを浮かべて見せた。
その笑顔は天使のような美しさで、アキラは再び胸が熱く高鳴るのを感じた。あまりの優美さに目を見開いて、口をポカーンと開けたまま動作停止状態に陥った。
「あら、どうかしましたの?」
石化しかかっていたアキラの顔を覗き込むように女が声をかける。
「ああっ! なんでもないです・・・いや、なんでもないよ! とにかく中に入って休んだらいいよ」
胸の高鳴りを抑えつつ動揺しまくるアキラの動作を見てニヤリと微笑んだ女は、門を潜って行く。
「おいアキラ、ちゃんとチェックしたんだろうなあ?」
班長が梯子を降りながらアキラを問いただす。
「ーーー!! あっ!」
思わず“しまった!“と言わんばかりの声を上げたアキラは、女の持ち物や装備品などのチェックをしようと女に向き直った。
すると女はそれを察知して、あざとい上目遣いでアキラの目を見つめて語りかける。
「私は妖しい者でもありませんし、妙な物は何も持っていませんわよ」
女の言葉を聞いたアキラは、梯子を降りてきた班長に再び目線を移す。
「班長、なーんにも問題はありませんでしたよー! 大体、そんなことしなくても見ればわかるじゃあないですか、ねえ!ハジメ先輩」
「そりゃあ、そうだよなあ! こんな見目麗しい女の子が妙な物を持っているわけないよ。班長、心配ないですよ」ハジメ先輩と呼ばれた小太りの男がアキラの意見に賛同した。
班長も女を一瞥しながら、二人の意見には逆らわずにウンウンと頷いて見せた。
班長のお墨付きを得たアキラは、女を伴って門を潜った右手壁伝いに歩いて行く。その先に構える警備小屋に女を通した。
小屋の中に入ると、女を椅子に腰掛けさせて、ナンパに成功したモテない野郎のような浮かれた表情で優しく声をかける。
「さあ、しばらくここで休むといいよ。この街は安全だから、安心して休んでくれ。俺は冷たい水を持ってきてやるから、ちょっと待ってなよ」
そう言い残して、アキラは小屋の外に出て行った。
アキラが小屋を出て行ったのを見計らった女は、悪役令嬢のような目付きになって小屋の中を見回しながら呟いた。
「・・・あいつの言った通り、本当にうまくいったわね」




