第40話 嵌められた達也
大町小町が徐々に守護者の能力に目覚め始めた。
そして、智深達也がまさかの呪術を見せたことで、かなりの法力を持っていることが明らかになった。
亮は、目の前で戯れあう四人(小町、達也、冲也、史龍)の姿を見据えながら思考を巡らせる。
このSixRoadでは、潜在能力を引き出すためのリミッターが容易に解除されることは理解していたが、それには個人差があり、どこまで解放されるのか、いつ解放するのかといった具体的なことはわからない。
亮たちグループのメンバーは、何れも潜在能力のリミッター解除が早い。そして潜在能力そのもののレベルが高く、元来現代人の持つレベルを遥かに上回っているのだと確信出来た。
そんなことを考えている亮を静かに見守る月英もまた、四人の能力値の高さを認識することとなった。
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目指すべき元貧民街は目と鼻の先にある。
ここへ来て、小町と達也の突然の覚醒という嬉しい誤算があったことは、この“餓鬼道”の攻略において大きな力になる。かなりの戦力アップになることは間違いがないだろう。
亮は改めて、街への侵入計画を練り直した。
その前に確認しなければならないことがある。つい先ほどまで元貧民街への侵入を拒んでいた小町の意志の確認と、場合によっては彼女のテンションを上げることが先決である。
そして、正攻法で入ることが容易ではないとはいえ、あまりガッツリと戦闘を仕掛けるのは得策ではないと判断し、戦闘以外の方法で侵入を試みたい。それにはやはり守護者である大町小町の力が必要なのは明白であった。
その点を踏まえて皆に話を切り出した。
「先ずは元貧民街の様子を探りたいところなのですが・・・」
「よーし! 先鋒は俺に任せろ!」木の枝を木刀代わりに振りまわしながら史龍が叫ぶ。
「何を言うか史龍! ここは俺の出番というのが筋だろう、俺が先陣を切る!」
史龍の前に躍り出た達也がそう言うと、更にその達也の前に一歩出た冲也が髪の毛を掻き上げながら亮に進言する。
「亮、こいつらに任すようなことはしないだろう? ここは一番スマートな対応が出来る俺が適任なのは言うまでもないよな」
「おい、てめえ冲也! デカ達はともかく、俺がポンコツみたいなことを言ってんじゃあねえだろうなあ!」
「うぬぅ、貴様ら、俺をコケにするのも大概にしておけよ!」
相も変わらず、先程と全く同じようにいがみ合う野郎三人を無視して、亮は小町に声をかける。
「大町さん、皆と一緒に元貧民街へ行く決心はつきましたよね?」
「私はやっぱり戦うようなことはちょっと遠慮したいわ、そういうのは向いてないのよ、野蛮なことはそこの腕力バカ三人に任せておけばいいんじゃないの」
「そうですね。大町さんを戦わせるようなことにはなりませんから安心してください。大体、彼ら三人がなんのためにいるのかは先に説明したはずです。彼らは大町さんのナイトなのですから、大町さんに危害が及ぶようなことにはなりません。それに月英も付いていますから全く心配ありませんよ」
「・・・・・本当に? あいつらが? 腕力バカなのはわかるけど、本当に私を守ってくれるのかしら?」
「信じられませんか? では月英にも確認しましょうか?」
と亮が言うや否や、小町が月英に問いただす。
「月英さん、本当に私に危険は及ばないのかしら?」
「ご安心ください。守護者様を危険に晒すようなヘマは、この私がさせませんわ」
月英はそう断言して、両手を広げると小町を優しく誘うように右手を差し出した。
「わかったわ、月英さんがそう言うのでしたら、私も行くことに決めたわ」
実態のない月英の右手を取る格好をしながら、安堵の表情を浮かべた。
「うふふふ、小町さん、心配は無用ですわ。それに、小町さんが守護者の力を完全に覚醒させるまでは私がしっかりとサポートしますから・・・」
「・・・月英さん、本当に頼りになるわあ〜、ありがとう・・・」
小町と月英のやりとりを見守った後、亮は再び“俺TSUEE”的な言い争いをする史龍、達也、冲也の三人に声を掛ける。
「さて、これから大事な話をしますから、皆さんもしっかりと聞いてください」
「大事な話ってのは?」冲也が真っ先に食いつく。
「争いを避けつつ、あの街に入るためのちょっとした作戦があるんですよ」
「争いを避けるぅ? 戦う必要はないっつうことなのかよ!?」
史龍が怪訝そうに確認する。
「あの街の住人すべてが交戦的という訳ではないですし、門番をしている人たちだって、好き好んで人間同士で殺し合うようなことはしたくないはずです。だから、戦うというよりも助けてもらうような行動を取るのが上策かと!」
「なんだよ! 俺たちを街に入れる気がないような連中に助けてくれって、なんか辻褄があってねえんじゃあないのか?」
「ああ、そこは史龍の言う通りだね。余計な人間を街に入れる気がない奴等が何故、助けてくれるんだい?」
冲也も史龍の疑問に同調している。
「それなのですが、方法があるにはあるのですが、それには大町さんに協力してもらう必要があるんですよ。だから彼女が納得してくれるかどうか・・・」
亮が頭を抱えるような仕草で語る言葉を遮って、小町が割り込んでくる。
「あんた、何を言っているのよ! まさか私に何かさせる気なのかしら? さっき、私を危険に晒すようなことはしないとか何とか言っていたでしょう!?」
「もちろん、大町さんを危険に晒すことはしません・・・逆に、大町さんだけが街の人たちに助けてもらえる方法があるんですよ。当然、戦うこともなく、すんなりと街へ入れてくれる方法です」
「そんなうまい方法って・・・本当にあるの? それって、どういう方法なのよ! その方法が納得出来なかったら私は協力しないわよ」
「これから教える方法を試してもらいたいのです。この方法がうまくいけば、不毛な戦いをする必要がなくなりますよ」
「試す?」
「そうです! 大町さん、先ほど、死霊を召喚しましたよね、あれをもう一度やってみて欲しいのですよ」
「ええっ!? あんな心霊現象みたいなことをやれって言われても、どうやったのか覚えていないのよ! 覚えていないのに出来るわけがないじゃないのよ」
「もしかしたら、なんですが、大町さんは詠唱というより、言霊的な力が強いので、まともな魔法詠唱がなくても無詠唱並みの魔術や方術を展開できるのではないか?
そう思えたんですよ。だから、もう一度、先ほど考えていたことや口にしたことを思い出して再現できれば、召喚は容易いのではないかと・・・そう考えたんです」
「でも、あんな幽霊みたいなのは薄気味悪いから・・・」
「おいおい、お前が呼び出したくせに気味が悪いって妙な話だろうが! あれはお前の下僕みたいなものなんじゃあないのかー」
史龍が横からしゃしゃり出る。
「あれが、誰の下僕ですってぇぇー!? 赤毛のツンツン頭が何を言ってくれちゃってるのよ、馬鹿のくせに!」
「誰が馬鹿だっつうんだよ、本当のことを言っただけだぜ、俺はよぉ」
またも史龍と小町が言い争う中、亮は思考を巡らせている。
小町が『Bark at the Moon』を発動させたことで人狼に変身した時のことを脳内にリプレイする。
小町の人狼状態はあまり長くは続かないのか、将又知らず知らずのうちに変身を解除
してしまったのかはわからない。
そして、その直後に小町が死霊を召喚した。しかも数体動時にである。
この時の召喚条件が何だったのかを推理していた。
(あの時は、確か・・・達也くんが大町さんを怒らせていたよなぁ・・・そしてこの月下というシチュエーション、待てよ、月は関係ないのかな? 夜だからなのか? こうなればもう一度、達也くんには申し訳ないけど、大町さんの怒られ頭として活躍してもらいましょうか・・・)
亮は素早く、達也の隣に移動すると耳打ちをする。
「達也くん、大町さんが押されていますよ。大町さんをヘルプしないと、大町さんがいじけてしまって大変なことになりますから、ガッツリ援護してあげてください! ファイトですよ!」
「おお、亮もそう思っていたのか! 史龍の奴め、小町さんを愚弄するとは許せんぞ!」
亮に嗾けられた達也は偏った正義感を膨らませて史龍の前に立ちはだかる。
「やめんか、史龍! 小町さんだってなあ、好きであのような死霊を召喚したのではないのだぞ!」
「おいおい、なんなんだデカ達! お前は急に割り込んで来やがって、おまけに女の味方なんかしやがって。大体、この女の口の悪さと性格の悪さはお前も知っているだろう? 守護者だっつーから大目に見てやってるけどよお、普通なら世の中の野郎どもは全員ドン引きするっつー話だろうがよ!」
「なんですってぇぇー! 喧嘩くらいしか取り柄のない下品な髪型のあんたの方こそ、最低で最悪な性格してるじゃあないのよぉーー! あんた如きが他人のことなんか言えないでしょう」
「俺の性格は悪いわけじゃあねえんだよ! お前はあれだろ、天下一性格悪い武闘会とかに出場しちゃうレベルだろう」
史龍の売り言葉に鬼のような形相になる小町を制して達也が史龍の前に躍り出る。
「おのれー、史龍! 貴様は小町さんに向かってなんてことを言うのだ! 前言を撤回しろー! 小町さんはなあ、例え性格が悪くてもだなあ、というか性格悪いのは仕方ないんだが、俺らにとっての女神のような存在なのだぞ!」
「お前も性格悪いのは理解してんじゃあねえかよ! なんで前言撤回する必要があるんだよ!」
「貴様は馬鹿だからわからんのだ。小町さんといえば、容姿端麗であって国内トップのカリスマモデルだぞ。更にシンガーソングライターとして音楽の才能もズバ抜けている。というか最早、群を抜いてトップに君臨しているのだぞ! ということはだな、お前の言う『天下一性格悪い武闘会』に出場できるなどという生温い話ではないのだぞ。天下一大会であろうが、ブッチギリで優勝するほどの性格の悪さなのだぞぉ!! 思うに、あの性格の悪さはギネスブックにも載ってしまうほどの凄さだぞ!! 貴様はそんなこともわからんのか!」
「お・ま・え、デカ達・・・殺されるぞ・・・」
何やら小町を持ち上げようと大声で力説する達也であったが、その後ろで青白く燃え上がる炎のようなものを身体中から噴出させて、どこかのスーパーなんとか人のように金色に染まる髪の毛を逆立てている小町の姿が世紀末救世主のような状態になる。
「くぅおのぉ、デカハゲーーー!」ついに小町の怒気が炸裂した。
その光景を目の前で見ていた史龍も小町から発せられる凄まじい殺気によって身動きが封じられるかのように硬直している。
全く蚊帳の外にいた冲也に至っては、再び達也に向かって黙祷しつつ合掌している。
「僕の推測が正しければ、彼女は再びあれを発動させますよ」
亮が冷静に月英にそう告げると同時に、小町の背後に数体の死霊が出現した。
「やはり間違いではなかったようです」亮は月の光を受けながら微笑んだ。
「孔明様、悪い顔していらっしゃいますよ」
達也の身を案じつつも、月英が静かに呟いた。




