第39話 智真達也は高僧なのか!?
予期せぬことから人狼に変身を遂げた大町小町は、人狼化して得たスーパーな能力によって、桁違いのパワーを見せつけた。
その一部始終を目撃していた亮たち一行は、小町の変身に、そしてあり得ないパワーに驚愕しながらも褒め称えた。
小町自身も己の力が相当スーパーであることを確信して、元貧民街との闘いなどの不安や恐怖などが消え去っていた。
が、しかし、その力によって小町が天狗になろうかと思われたその時、小町の全身からオーラのような、と言うより白い蒸気のようなものが蒸発するように抜けていく現象が起きてしまう。
音を立てている訳ではないのだが、見た目はとにかく湯煙のような気体。それが小町の全身から放出されていく。
亮たちはしばらく沈黙したまま、その現象を呆然と眺めていた。やがて、その湯煙のような白い蒸気が完全に消え去り、小町の姿を確認した全員が声をあげた。
「・・・・・ええーーーっ! なんじゃそりゃあーー!」
何故か小町は再び、元の人間の姿に戻っていたのだ。
「あれ、なんだか私の身体・・・元に戻った・・・っぽいわね」
「おいいー、亮! これは一体どういうことなのだ!」達也が声を荒げた。
「これは・・・僕にもよくわからないのですが、何かのきっかけで術が解けたということだとは思います」
亮は落ち着いた様子で曖昧に答えたのだが、続いていつものように冲也から質問責めにあってしまう。
「小町が何かの呪文を唱えたから人狼化したということは理解した・・・しかし、その後は詠唱しているような仕草はなかったから、術を自ら解いたと言う訳ではなさそうだよね。それって、つまりは変身している時間は限られているってことなのかな?」
冲也は答えてくれと言わんばかりに亮の顔を見つめている。
「・・・それも一理ありますが・・・ちょっと情報が不足していて、確信には至らないかと・・・」
「まあ、いいじゃねえかよ! 小町もいざって時には自分の力で身が守れるってことが分かったんだからよ。 悪い話じゃあないってことだろう?」
史龍はとにかくポジティブに捉えているようだ。
「史龍君の言う通りですね。我々にとっては嬉しい話でもあります。我々の戦力が大幅にアップしたのは間違いありません。」
「そうだな! 小町さんはやはり守護者という特別な存在だからな。この程度のことは雑作もないことだろう。いまに、もっと凶暴なイエティとか宇宙猿人とか、八岐大蛇のような物凄い化け物に変身してしまうかもしれんなあ! それどころかノストラダムスの大予言にあった恐怖の大王というのも、もしや小町さんのことだったりしてなあ、いやいや、流石は小町さんだ」
達也は何故か楽しそうに、しかも誇らしげに小町を褒め称えるつもりで述べているのだが、途中からとんでもないことを口走っていることを理解していなかった。
黙って聞いていた冲也と史龍が、達也を見ながら揃って合掌している。
「達也、お前はホント・・・バカなのか・・・」
「デカ達、成仏しろよ・・・バカだけどお前は真っ直ぐな良い奴だったな」
二人の合掌ポーズを他所に、全身から放出しまくったはずの白い湯煙のようなオーラを再び全身に纏った小町のレーザービーム的な視線は当然、達也を見据えている。
鋭く光る眼光が達也をロックオン!
一気に達也の目の前まで躍り出ると、口から冷気を吐き出すように罵声を放射する!
「ちょっとーー、そこのデカハゲ! 誰がイエティですってえーー! 黙って聞いていれば宇宙猿人だの、八岐大蛇だのって、私は怪物じゃあないのよおぉぉー!! で、終いには、恐怖の大王!? とかなんとか、なにそれ? そんな大王とか、どこにいるっていうのよお! 見たことあんのーーー!? ねえ?? 見たことなんてないんじゃあないのおぉぉぉ」
マシンガンのような怒りのデス・ロー◯的な怒りの詠唱が炸裂し、恐怖の大王を見たとかなんとか、この際どうでもいい話に怒りが集中しようとしていた。
小町は、まるで主人公の乙女キャラにイケメン王子を掻っ攫われた悪役令嬢よろしく妬み・僻み・憎しみの三重奏を奏でる憎悪の化身のような表情となり、地獄の業火的な負のオーラを纏ってしまったような状態になっている。
「ちょ・・・否、あの、俺はそんなつもりで・・・はなくて―――」
「そんなつもりではなくてぇ? じゃあどういう了見で私が『イエティ』とか『宇宙猿人』になるのかしらあーー! ねえ、デカハゲー! どれもこれもゴリラ的な奴等なんじゃあないのよお! 私をゴリラのような女だとか思っているわけえええーー! ねえ、どうなのよおー!」
怒涛の攻撃を喰らった達也は、最早意識そのものが元いた地球の北半球を駆け巡りそうになるのを必死に堪えている。
その圧倒的な小町の憤怒パワーは、ついには周囲一帯に結界を張り巡らす程の勢いに感じられた。
合掌していた史龍と冲也までもが、その結界内に閉じ込められているような錯覚を起こし、二人も密かに恐怖している。
「達也―! 早く土下座して陳謝するんだああ! このままだと闇に飲み込まれてしまうぞおー! なんとか気をしっかりと持つんだあ!」冲也は、意識が遠のきそうな達也に檄を飛ばす。
「くわばら・・・くわばら、デカ達ーっ! お前の骨は拾ってやるからなあ」
史龍も必死な形相で負のオーラを薙ぎ払おうと、もがきながら声を掛けている。
しかし二人の激励も虚しく、ついに小町の“怒りの詠唱”によって、彼女の背後から無数の浮遊する霊体が出現してしまう。
負の感情によって生み出されたと思われる無数の霊体こそ、彼女が呼び寄せ従属させた死霊軍団であった。
一方、小町の憤怒の結界の外にいる亮と月英は、小町の連続詠唱(人狼変形と結界形成、そして死霊召喚)を無意識に展開出来る小町の力量を目の当たりにして驚きよりも大きな希望と期待を膨らませていた。
「孔明様、やはり守護者様のあの力はSixRoadでは最強かもしれませんわね」
「確かに、本人は無意識のようだけど、あれだけの詠唱を難なく連発するとは、想像を遥かに上回る力だね」
「嬉しい誤算ということかしら」
「・・・そうだね」
亮と月英が、小町の守護者としての力量を確かめている間に、小町が張った憤怒の結界内には、無数の死霊が出現し、今にも達也に襲い掛かろうかという状況である。
「小町さん、それは一体どうやって出現させたんですか?」達也が意外と冷静に問いかける。
「何って、私は何もしていないわよ!」
「いやあ、小町さん、ご自身の背後に10体ほど幽霊というか死霊を出現させちゃっているのですが・・・」
「そんなバカなことあるわけないでしょーー!」
小町はそう言って後ろを振り返るや否や驚愕の声をあげる。
「ギャアアアアアアアーーーー!! 何よ、これーー!!」自分が呼び寄せた死霊を見て、絶叫する小町。怒りに任せて、自分自身が死霊を召喚してしまっていることに全く気がついていなかったのである。
「大丈夫ですかー! それは、小町さんが自分で出現させたみたいですよ」
達也は自分のスキンヘッドを撫でながら、ちょっと申し訳なさそうに解説する。
「大丈夫じゃあないわよ! 大体あんたが私をゴリラ呼ばわりするから、こんなことになったのよー! よくわかんないけど、こいつら勝手に現れたのよ」
「なんとかして欲しいですか、小町さん!?」
「当たり前でしょー! 気味が悪いから、こいつらをどうにかしてよー!」
「わかりました!」
そう言って達也は、両手で剣印を結ぶと九星九宮の力を借りるための九字真言を唱え始める。
「臨 兵 闘 者 皆 陣 裂 在 前」最後に十字に手刀を切った。
次の瞬間--------
達也の唱えた呪術によって、小町の背後に控えていた無数の死霊が一気に消滅した。同時に、闇の帷のような小町の結界も消え去っていた。
これこそ達也が高校時代に修行の末に、独学で学んだ九星九宮の加護を得た破邪の呪術であった。
「・・・・・達也・・・なんだ、この力は・・・」
「デカ達の奴・・・ただのハゲだと思っていたけど、本当にちゃんとした坊さんだったんだな・・・」
これでもかというほどに、次々と起こる得体の知れない力と現象を目の当たりにして、史龍も冲也も驚きはするものの、必要以上に思考を巡らすことを本能的に止めていた。ここはSix Roadという三界なんだと理解せざるを得ないからであった。
「おーい、小町! もう怒りは静まったのかい?」
冲也が思い出したように小町に問いかけると、達也が冲也の方を振り返って慌てふためくように両腕をクロスさせている。
小町に余計なことを言うなというジェスチャーだった。
その向こう側で、小町がいつもの表情に戻って口を開く。
「あの妙な幽霊みたいなのを追い祓ってくれたから、チャラにするわよ! でも、また妙なことを言ったら容赦しないわよお〜」
「小町さん、勘弁してくださいよー!」
「だいたいデカ達はよー、デリカシーがないから、ついつい本当のことを言っちゃうんだよなあ、あの女は根に持つタイプだから気をつけろよー」
史龍の言葉に、プツンと何かが切れる音がしたと同時に小町が右拳を振り上げる。
「ちょっと、本当のことってどういうことよ! 私がゴリラに似ていることが本当のことだって言うわけえぇ? 赤毛のツンツン頭のくせに何を言ってくれちゃってるのよ!」
「バカ、史龍! もう彼女を怒らせるのはやめておけって! また、なんか変な得体の知れない変なもんを召喚するかもしれないぞ!」
「あらー、冲也さあーーん、あなたまで、私のことを色物扱いするわけえ!? 変なもんって何かしら〜、ちょっと、その顔貸しなさいよー!」
「お前ら二人とも、小町さんを侮辱するとは何事だあ! カリスマモデルの歌姫に向かって失礼だろうがあ!」
「「「お前が言うなあぁぁーー!!」」」
四人は何故かちょっと楽しそうな雰囲気を醸し出していた。
一方で、小町と達也のやり取りを傍観していた亮は、思い掛けず起きたこの展開に血が沸き、胸が高鳴るような高揚感を隠せないでいた。
「いやあ、これは驚いたなあ! 達也君、なかなかやるなあ。あれって、僕の奇門遁甲に近い術式なのかもしれないなあ」
「うふふ、孔明様、楽しそうですわね。嬉しい誤算続きだからかしら」
「その通りさ! なんだか、あの四人を見ているとワクワクが止まらなくなるような気分だよ」
「あら、珍しいことを仰いますわね・・・ふふふ・・・やっぱり孔明様、生まれ変わって、性格も少し変わられたようですわね」
「いやあ、僕は前世でも、いつもこんな感じだったと思うけど・・・」
亮の言葉に微笑んだ月英も、亮の見つめる先で戯れ合う四人の姿を微笑ましく見届けていた。




