第38話 Bark at the Moon
「私は、そんな死ぬかもしれないような場所へ行くのは嫌なのよおーーん!!」
居た堪れなくなった小町は、天を見上げて叫んだ。
その叫びは月夜に溶け込んでゆく。
この時、小町自身はまったく無意識だったが、彼女の持つ守護者の詠唱力が発動されてしまう。
―――詠唱魔術 “Bark at the Moon”
無意識に詠唱したことで、小町の姿がみるみる変化してゆく。
「―――!! 大変! 小町さんの守護者の力が白い満月に反応したようですわ」
月英が小町の変化を察知すると亮に告げた。
亮だけでなく、その場にいる全員がその異様な状況に目を見張る中、小町は月英と同じのような白い光を自身の身体全体から四方八方に拡散している。
次の瞬間、白い光がおさまると、異形の姿に変身を遂げた小町が立ち尽くしているのがわかった。
「おい、なんかおかしくねえか・・・あいつ・・・コスプレか?」
「うぬっ・・・あれは・・・なんだ」
「小町、まさか、変身・・・しちゃってるよ・・・な」
史龍、達也、冲也の三人は異形の姿となった小町を呆然と見つめている。
「まさか・・・人狼とは・・・しかも白銀色の・・・」
亮までが驚愕している。
「―――白銀色・・・孔明様、この現象はもしかしたら、守護者様が覚醒しはじめたということでは?」
「そうかもしれない・・・けれど、これは彼女の詠唱による何かの魔術・・・だと思う」
月英の問い掛けに答えたものの、確信が持てないといったふうの亮は、小町の姿を見つめながら小首を傾げている。
顔立ちの整った小町の顔を見ると、その黒髪が煌びやかな白く輝く髪色に変化し、いかにも獣人キャラといったような大きな耳が目立っている。両目の下から頬にかけて稲妻のような赤いペイントがされているようだ。そして、鋭く尖った牙がわずかに口元から覗いているのがわかる。
全員から注目されている小町は、何事かといった様子でキョロキョロと皆を見回しながら声を発した。
「ちょっと何よぉ、ジロジロとイヤらしい目つきで見ちゃってえー! 私があの街に行きたくないと言ったのが、そんなに気に入らないわけえー?」
「おいおい、そういうことじゃあねえよ・・・」史龍が少しだけ憐れみが混じったトーンで答える。
「そういうことじゃないって、じゃあ、どういうことなのよー!?」
「「「・・・・・・・・・・」」」
返す言葉が見つからない野郎どもは無言で顔を俯けてしまう。
「なんなのよおー! 人のことジロジロ見ていたかと思えば、今度は下を向いちゃってさあ、こんな奴等が私を守ってくれるなんて信用出来ないわよ・・・ねえ、月英さんもそう思いませんかあ?」
月英に声をかけてみるが、その月英が少し真剣な顔つきになっていると小町は感じた。案の定、月英が少し焦ったように問い掛けてくる。
「守護者様! 今、ご自分がどんな状態になっているのか認識していらっしゃらないのですか?」
「えっ!? 何? ・・・何が、ですか?」
先程までと何処か様子が違う月英の口調に焦る小町。
すっかり、たじろいでいる小町を見かねて、月英は優しいトーンを心掛けて話し出した。
「守護・・小町さん、どうか安心してください。私の方が少し動揺してしまったようで失礼しましたわ」
「月英さん! 私って、そんなにおかしな感じなんですかー?」
「よく聞いてくださいね。小町さん、貴女は知らず知らずのうちに、ご自分でご自身に変身系の魔法を唱えてしまったようですわ・・・だから、今の姿は・・・人狼になってしまわれたの」
「人狼・・・って、何? ウルフって、もしかしたらオオカミってことなのおーー?」
小町は自分の姿がえらいことになっていることを告げられると、慌てて自分の両手を確かめてみる。
目の前の自分の両手には鋭く長く伸びた爪、両腕にはサラサラの白銀色の体毛が生えている。
「えっ? これ・・・何? 私の腕が、毛でフサフサじゃないのよーー!」
「大町さん、落ち着いてください! 問題ありませんから」取り乱した小町に亮が声をかけた。
「問題ないですってえーー! 何を言ってるのよ、問題多ありよーーっ!!」
「先ずはいったん、落ち着いてください」
「それじゃあ、元の姿に戻れるの!? あなたが元に戻してくれるってことなの?」
「元の姿に戻れますから安心してください」
「ホント――っ! 嘘じゃあないでしょうねえ!?」
「嘘ではありませんから・・・ただ、ですね。ちょっと聞いて欲しいことがあるんですよ、というより、これは提案ですね」
「提案? 何か見返りでも要求する気なの?」
「そうではありませんって! ちょっとだけ黙って聞いてください」
「わかったわよ、とにかく聞くだけは聞いてあげるわよ」
小町はこの後に及んでも上から目線で返答する。
「大町さんがこの姿になったのはタイミングとしては非常にラッキーなのですよ。この人狼形態でしたら大町さんの全ての能力値が何十倍かに跳ね上がっているはずなんです」
「・・・それって、私の体力とか腕力とかが普段よりもウルトラでしかもスーパーに上がっているってことなのかしら?」
「もちろん、“ウルトラでスーパーに”ですよ。基礎能力は全て上がっているはずです。例えば、そうですね、ちょっと垂直跳びしてもらっても良いですか? 普通に飛ぶ感じで構いませんから」
「まあ、スーパーな私だから、そうなるのよね! わかったわ!」
亮の言葉に煽てられたような錯覚を起こして、少し気分の良くなった小町は、両脚をやや開いて屈伸するように前傾姿勢を取ると、両腕を前方から後方に振って、地面を蹴った。
「―――――!!!」
その様子を静かに見守っていた全員が驚愕する。
地を蹴った次の瞬間、彼女の身体は高さ5メートルはあろうかという上空まで飛び上がっていた。
「これは相当パワーアップしていますね」亮は確信したように呟いた。
小町がスマートに着地すると、野郎ども三人の歓声が上がった。
「おおーーっ! 流石は小町さん、華麗すぎるぞお!!」
「凄いなあー! 見た目通りという訳だね」
「クッ・・・すげえな・・・これがSixRoadの力なのか、得体が知れねえなあ」
小町は、自分自身が一番驚いているはずだが、先程までとは真逆のハイテンション状態になった野郎三人を見て調子付いた。
「あら、あなた達、私の力に驚かれたようだけど、私が本気出せばこのくらいは朝飯前なのよお〜」
こんなことで機嫌が良くなる単純な小町を見て、亮はすかさず煽るように声をかける。
「流石は大町さんですねえ!! ここまで力を発揮するなんて素晴らしすぎて感動してしまいますよ」
「亮、あなたの言う通りね。なんか、体の内側から力が漲ってくるような感覚になっているみたいよ」
「それですよ! 大町さんがこの姿のままであれば、あの元貧民街の警備隊など気にすることもないはずです。その気になれば、街の人間全員が束になってかかってきても全て撃破できるだけの力があるはずですから、だから一緒にあの街へ入りましょう!」
「・・・確かに、この状態だったら、無敵って感じよね・・・でも、もう少し、この力を試してみないとね」
そう言い終わると、先ほど達也がへし折った樹木と同程度の樹木に向かって駆け寄って行く。
樹木の手前で地を蹴って飛び上がると、正面に捕らえた樹木の幹を右足の踵で押し当てるように蹴りをぶち込んだ。
―――IMPACT!!
すると、小町の右足が太い幹にめり込んで、樹木はメキメキと音を立てて折れるように倒れていく。
「おいおい、こりゃあ、いよいよ本物だぜ」史龍が舌を巻くように呟いた。
一部始終を目の当たりにした他の全員も想像を上回る小町の身体能力とパワーに圧倒されて言葉を失っている。
亮までが驚きを隠せないといった表情を見せたが、内心ではこれで小町を伴って元貧民街へ入ることが出来ると確信する。
人気モデルでアーティストでもある小町自身、今までに味わったことのない快感を覚え、まるでストレスを一気に発散できたような気分であった。
そして、樹木を蹴り一発でへし折るだけの攻撃力を持ったことで、先ほどまでの不安や恐怖はすっかり消え去った。
と、小町がそんな気分に浸り始めたその瞬間、小町の全身から蒸気のような、オーラとでもいうのだろうか、そんな気体のような何かが蒸発するように抜けていってしまう。
全身から蒸気が抜けきった小町は、何故か元の人間の姿に戻っていた。
「・・・えええーーっ!!」
「なんだ、そりゃあーーー!」
その場にいた小町以外の全員の驚きの声が夜空に響き渡った。




