第37話 元貧民街
亮たち一行は、噴水のあった広場から東に真っ直ぐ伸びる道を歩いて目的地である『元貧民街』を目指した。
どのくらい歩いただろうか、皆の顔に疲労が見え始めてきた頃、ようやく前方に目指す集落が見えてきた。
あの集落こそが目指していた元貧民街であると亮が告げた。
ここまで我慢して歩いてきた小町が体力の限界を訴えたので、街に入る前に一息入れると同時に、元貧民街に入る際の注意事項などをレクチャーすることにした。
切り倒された巨木の幹が転がる休むのにちょうど良い場所で、亮たち一行は腰を下ろした。
皆、歩き疲れた足を伸ばしたり、揉みほぐしたりする中、亮が説明を始める。
「休憩しながら、僕の話を聞いてください。あの先に見える元貧民街について、そこがどんな街で、どんな人たちがいるのか、彼らがアンデッドからどうやって街を守っているのか簡単に説明しますよ」
少し歩き疲れたせいか、皆、無言で亮に視線を送っている。
亮は先ず、月英がその街に張った結界のことを説明する。
結界の効力は、生者以外の亡者や魔物の類を通さない、瘴気を感知するとブロックする特別な結界であること。
これによって、澱んでいた貧民街の土壌や空気を浄化できて一石二鳥だったこと。
そして、街に逃げ込んできた人々を一定の人数までは受け入れができたこと。
水や食料の確保にはそれ相応の時間や知識などが必要であったが、幸い貧民街から比較的近距離に農園があったことで、食物の栽培に必要な種苗、肥料などが入手できたこと。井戸を掘って水を自給できるようになったことなどを手短に語った。
亮がひとしきり話したところで冲也が疑問を口にする。
「さっき、一定の人数は受け入れたって言っていたけど、希望しても街に入れてもらえなかった人々もいたってことなのかい?」
冲也の問い掛けに、亮は月英と目を合わせてから、ゆっくりと答える。
「さすが、冲也君は鋭いですよねえ・・・実はそこがポイントでして、当然その元貧民街はそれまで掃き溜めのような扱いを受けていた頃とは真逆の天国のような街に変化した訳です。だから、街に入りたい希望者が続出しました。しかし・・・」
「当然、キャパシティの問題が生じるよね」
「はい、その通りです」
「で、どうしたの?それ以外の人たちは切り捨てたのかい?」
「その問題が起こり始めた頃に、街の自警団を編成することになって、アンデッドはもちろんですが、野党と化した荒くれ集団などから街を守る体制を築いたのですが、
自警団を組織する武闘派勢力の意見が強くなり、彼らの存在が秩序を作り変えてしまったのです」
「つまり、そいつらが勝手な理論で街を支配し始めたってことかい?」
「・・・ざっくり、そんなところですね」
冲也の推理を聞いていた史龍が目を細めて割り込んでくる。
「っつうことは、あそこに見える元貧民街は、自分がルールブックだとか思っているクズ野郎が仕切っちゃってるってことなのか?」
「多分ですが、あのまま他勢力の侵攻がなければ、あの街は今でも一部の人間が権力を振り翳しているでしょうね」
「亮、その後のことは知らないような口振りだけど、お前はその後どうしたんだよ?」
「僕は月英と、あの街を離れることにしましたのです。街に入れなかった一部の人達を引き連れて、別の安全地帯を探しに行くことにしたという訳です」
「亮が出ていくほどに酷い連中が台頭したってことなのかい?」再び冲也が訊ねる。
「そうですね。自分勝手な理論を暴力と腕力で語るような輩が四、五人で集団を形成してしまったと言う感じでしょうかね。彼らは自分達に有利な階級制度を勝手に形成しました。当然のことですが、何も持たない人や力の無い人は街の外に追いやり、街に入りたがっていた人達のほとんどが許可されず、更には許可なく街に近付く人達を攻撃するような状態になってしまったのです」
「うぬぬぬ・・・けしからんぞお!! 実にけしからん!!」
亮の話を青筋を立てながら黙って聞いていた達也が叫んだ。
「おう、デカ達! お前、よく言ったぞ! だがな、あとは俺がそのクズカス野郎どもを一網打尽にしてやるぜ!」史龍が達也の怒りを横取りする。
「お主! 何を言うか!! そのクズカス馬鹿野郎どもを成敗するのは、この俺様だぞ!」達也も負けじと取り返した。
「待てよ、史龍! 亮と月英さんが救ったコミュニティを横から掠め取るようなクズカス馬鹿クソ野郎は、俺が一人で一掃してやるのが定石ってやつだろう」
「んだとお! 冲也、お前は俺の真似をしてんじゃあねえよ!」
「真似をしたのは史龍、貴様の方であろうが!!」
「そうだぞ、達也の言う通りだ。とにかく、ここは俺がスマートにキメてやるから達也も黙って見てなよ」
「冲也、お主も史龍と言ってることは全く変わらんではないか!!」
「あー、うるさーーーい!! あなた達って、本物のバカなの?」
野郎どもが揉めまくっている後ろから、小町が満を持して一喝した。
小町はイライラっとした氷の冷気のようなオーラを放っている。
「大体、あんたたち、なんで一人で行くとか言ってんのよ! そんなに行きたいならあんたたち三人でバカ顔引っ提げて言ってくればいいでしょう。三人揃って、“バカズラーズ”とか名乗って暴れてくればいいでしょー!」
「「「はあああ??? そんなダサい真似出来るかよ!」」」
野郎三人が同時に反応した。しかし、小町は怯まない。
「ホント、バッカじゃないのお?? 相手は集団だって、亮も言っているでしょう」
小町にバカ顔の三人が反論する。
「そんな弱い者イジメみたいなこと出来るかよ! 恥ずかしいだろうがっ!」
「そうですよ、小町さん! この俺が徒党を組んで弱者を小突いたなどと知れたら世間の笑い者です」
「グミクズ相手に俺が複数で乗り込むなんて、あり得ないんだよね」
「・・・・・ダメだ、こいつら・・・本物のアレだわ」
小町は呆れた顔で呟いた。
そんな小町を慰めるかのような表情で見ていた月英が月灯りを背にしながら、皆に向かった。
「皆さんの優しい気持ちは嬉しいのですが、ここは守護者様の言う通りですよ」
「月英さん・・・」月英のフォローに小町が微笑んだ。
三人の野郎どもも月英の言葉に耳を傾ける。
「皆さんが一騎当千の戦闘力を持つことは疑いませんが、今はそういうことではありません。皆さん全員があの地に眠る武器を見つけ出してもらわねばならないのですから」
月英に続いて、亮も三人を説き伏せる。
「そうです、目的はあの者達をぶっ飛ばすことではなくて、皆さんの武器を入手するためなのですから・・・勿論、他所者の我々が近づけば彼らは攻撃してくるでしょうね。その時は迷わず返り討ちにしていただいて構いません」
「武器かあ・・・そういえば、そんなことを言っていたよね」
「すまん、すまん。ついつい、ムキになってしまったな」
「俺と相性の良い武器ってのがあるかもしれないんだったよな」
「そういうことです・・・」
「じゃあ、ま、一休みしたらさっさと行こうぜ!」
「まだ、僕の話は終わっていませんよ」立ち上がって勇み出す史龍を亮が引き留めた。
「あの街への侵入方法ですが、月英と僕がいた頃は、月英の結界に頼っていたのでそれほど強度のある塀や柵などはなかったのですが、今はかなり強固な塀などで囲われているはずです。出入口門にはそれ相応の守備隊も配置されているでしょうから、そう簡単には侵入出来ない造りになっているでしょう」
「そんなもん、守備隊とやらをタコ殴りにしてしまえばいいんじゃあねえのかよ」
「史龍はバカだなあ、相手が飛び道具を持っていたらどうするんだよ! 亮、この世界に銃の類は存在するのかい?」
「幸いこの世界には銃などはありません。ですが、弓矢などの飛び道具には気をつける必要がありますね」
「そうだね」冲也は亮の答えに頷いた。
すると突然、達也が高さ八メートルほどの樹木に向かって正拳突きを放った。
―――――ブオォン!!
ズッドオオオーーン!! バキバキバキ・・・ズッシーーーン!!
達也の正拳突きによる衝撃波が樹木にヒット。その威力で樹木は真っ二つにへし折れてしまう。
「おいおい、デカ達――っ! お前、突然予告もなく何してくれてんだよ!」
「そうよぉ〜!! ちょーーうぜつに、ビックリしちゃったじゃないのよー!! 私をショック死させる気なのぉーーー!」
史龍と小町が息ピッタリに達也をド突いた。
「小町さんをビックリさせようとした訳ではありませんよお・・・しかしですなぁ・・・」
「その衝撃波で街の塀を破壊出来るかもしれない・・・そう考えた訳ですか、達也くん」亮が達也のセリフを奪う。
「んん、あっ、まあ、その通りだぞ。俺のこの一撃で破壊できるんじゃあないのか?
俺たちの力のリミッターは解除されているんだろう。亮はどう思うのだ?」
達也にそう問われて、亮は暫し天を見上げるようになって羽扇を口元に当てている。
「確かに達也のパワーは並が外れているとかのレベルを超えているよなあ、俺たちとは胆力の量が圧倒的に違うのかもしれないなあ」
冲也が口を挟んだが、その台詞を無視するように亮が羽扇を口元から外した。
「本来、そのような衝撃波の一発や二発打てるからといって、正攻法で街の塀を突破するような馬鹿な戦法は採用出来ませんが、ちょっと閃いたことがあります。それに何よりここは6roadという異世界ですから、まあトライしてみるのも良いかもしれませんね」
「うふふふ、孔明様がそのようなことを仰るなんて、何やら不安というよりはワクワクしてきますわね・・・あの時は仕返しをする間も無く、この世界から離脱することになってしまいましたから、今回はしっかりと利子をつけてお返し出来ますわねぇ〜、楽しみですわ、ふふふ・・」
月英が真っ白い不敵な笑みを浮かべると、その台詞を聞いていた全員の背筋に凍るような戦慄が走った。
小町が若干、笑顔を引き攣らせながら月英に声をかける。
「あのぉ〜、月英さん、楽しみというのは、なんか物騒な感じのこととか・・・では無いですよねえ〜」
史龍達三人だけで元貧民街に侵入するのは良いのだが、まさか月英と亮までが街へ向かうとなると自分は一体どうしたら良いのかと小町は考えた。
(まさか、私まで危険な場所に行かなきゃならないとかじゃあ無いわよねえ)
「嫌ですわ〜、小町さん・・・でも、さすがは守護者様ですわ、私の考えまでお見通しなのかしら・・・大丈夫ですよ、物騒なことなんて全く微塵も考えてはいませんのよ〜、おほほほ・・」
(いや、なんかキャラが変わってきちゃってるわよ、このひとは・・・)
小町は月英の言葉に、氷点下の北海道にでも転移してしまったのかと感じさせるような身震いをした。
そして、この身震いを止めるには、最早、史龍たち三馬鹿を対抗馬にするしかないと直感する。
「ねえー! あんた達、腕力バカ三人で元貧民街に侵入するのはいいんだけどお、
私は怖い思いをするのは嫌だから、速攻で悪い奴らをやっつけてきなさいよ。10分とかで一掃できちゃうんでしょー、三人もいるんだから」
「お前なあ、相手の数もわかってないし、どんな壁で覆われているのかもまだ何もわかって無いんだから、そんな10分とかで制圧できるわけないだろうが、バカなんじゃねえのか」
「なんですってえー! 誰がバカなの? バカなのはあんたの方でしょーー! 知性の欠片もないようなあんたにバカ呼ばわりされたくないわよ」
「おい、史龍! お主は小町さんに失礼だろう! 小町さんのような可憐な女性にはもっと優しく接するのが男というものであろう」達也が間に入って史龍を諌めた。
「あら、あなたはちゃんと分かっているみたいねえ。 話が早そうだから言うけど、あなたのさっきのスゴイ大砲みたいな攻撃があれば、あの街の悪者なんか、あっという間に片付けられるわよねえ、私や月英さんまで行くことはないんでしょー?」
「んーぬ、そうですな、まあ俺のパワーがあれば、さほど時間はかからないとは思いますが、まだ情報が何もありませんから、せめて亮や月英さんの案内がなければ短時間の攻略は難しいようには思いますぞ」
「えっえーーっ! あなたも使えないわねえ、大体、あんた達が月英さんを連れて行くってことは亮を連れて行くわけで、そうなると私以外の全員で、あの街の悪者と戦うってことよねえ、その間、私はどうするのよお! こんな闇夜で、あの得体の知れないゾンビみたいなのに襲われたら、一体どうするのよお」
思わず、大声で自分自身の心配を訴えかけてしまう小町に、亮が答えを告げる。
「大町さん、そんなに心配しないでください。あなた一人をこんなところに置いて行くわけにはいきませんから」
「じゃあ、やっぱり亮と月英さんは私と一緒に残ってくれるのね」
「何を言ってるんですかあ、大町さんも一緒に元貧民街へ入るんですよ」
「――――えええーー! 弓矢が飛んでくるような、危険な場所に行くのは無理よおーー!!」




