第36話 髭殿
亮たち一行は、噴水のある広場を離れて、当初の目的地に向かうべく東へ進むことにした。
東へ真っ直ぐと延びる大通り沿いを月夜の明かりを頼りに歩いてゆく。
この一行を従えて先頭を歩く亮が、これから向かう場所について説明を始めた。
「この先に目的の貧民街、というより元貧民街と言った方が正しいのかな? その場所があります」
「元? ってことは、今は違うのかい? 」
冲也が早速食い付いた。
「先程も話しましたが、前回このRoadに来た時にアンデッド・パンデミックの脅威を乗り越えて、僕と月英とで守り切ったコミュニティがその街なのです。そこは元々は貧民街でしたが、アンデッドの侵入を許さなかったことで街は以前よりも浄化されて新天地のような場所になりました」
亮の話を補足するように続いて月英も口を開いた。
「私たちの力でそのコミュニティに希望を与えることに成功したのです。生き残った住民たちに食糧や水の確保、更には農作業や保存方法を教え、衛生面についても私のムーンライトマジックによって改善しましたからとても住みやすい環境になったと思います」
「それじゃあ、その元貧民街ってのはこの世界のセーフティゾーンって訳だね」
皆を代表するように冲也が確認する。
「私たちがここを離れた後のことはわかりませんが、当時のまま現状を維持していれば、そうなりますね」
「そこに向かうのには、もう一つ目的があるんです」
「これから先はアンデッドの群れと戦闘になることが多くなりますから、皆さんに適した専用の武器を入手してもらう必要があります。恐らくですが・・・あそこにあるモノだったら、それが叶うのではないか・・・と思うのですよ」
「おいおい亮、今の話、いつものような自信たっぷりな言い回しじゃあないぞ、どっちかっつうと、もしかしたら的な感じに受け取れるぜ・・・」
亮の話を黙って聞いていた史龍が指摘すると冲也も同調する。
「確かに史龍の言う通りだよ。今の話し振りじゃあ、それが叶わないこともあるってことだろう?」
すると月英が静かに笑いながら皆の顔を見ると、何故か微笑ましい調子で、
「確かにお二人の言う通りですわね・・・孔明様ったら、昔はズケズケと人の心の中を土足で踏み荒らして、全く人に気を遣うことなんてなかったんですけど・・・転生したら性格まで変わってしまったのかしら・・・」
「ちょっと、月英、そんな話は今するべきでは・・・っていうか『ズケズケと』って、僕はそんなに独り善がりな調子で人と接していましたか? どちらかというと皆を気遣う優しさに溢れた接し方をしていたと思うのですが・・・」
「では、そういうことにしておきましょう。きっと孔明様はここにいる皆さんのことが大好きなのですね。だから、先ほどは少し濁したような言い回しをしましたが、それは皆さんを気遣ってのことなのでしょう」
「僕は前世でも、キチンと人様には気を遣っていたはずなんですけどねえ」
「うふふふ、確かにそうですわね、特に髭殿にはかなり気を遣っていらっしゃいましたものね、ふふふ・・・」
亮は、月英の言葉に意表を突かれたのか、何かを気付かされたのか、そんなハッとした表情になって絶句した。
「誰なんだい、その髭殿って人は?」
その様子を目敏く伺っていた冲也が素朴な質問を投げた。
「髭殿はとても威厳のある御仁です。自分よりも位が下の者たちに対しても常に気を配る素晴らしい方で、文武に長けた人格者でした。大変ご立派な顎髭を蓄えていらっしゃったので、孔明様はその方を『髭殿』と呼んでいらっしゃったのですよ・・・でも、かなり気を遣われていたように思えましたけど・・・」
月英の含みのある話振りに亮が少しだけムッとしたように見えた。
「その話だと、何だか怖そうな人だったのかなあ? 亮はその人のことが苦手だったのかい?」
「いえいえ、苦手という訳ではありませんよ。ただ、その方は当時、年齢もかなり目上でしたし、何より僕がお仕えしていた主君の義兄弟でしたから、相応の気を遣うのは当たり前のことでしたから・・・」
少し動揺しているような口調の亮に史龍もツッコミを入れる。
「へへへへ、いつも飄々としている亮が苦手な野郎かよ! その髭殿は、文武両道のオッサンで相当な堅物だったんだろうなあ。怒らせたら『そこになおれー!』って怒鳴られちゃったりしてなあ」
「ちょっと史龍君、やめてくださいって! あの方は見境なくそんなことを言うお人
ではありませんからあ」
「へっへへへ、冗談だって! でもよぉ、お前がそんなに取り乱すなんてのは相当な人だったんだろう」
「史龍の言う通りだな。かなり気になる御仁だぞ、亮にとってはどのような存在だったのだ?」
達也もいつの間にか、身を乗り出している。
「私にとってという質問は少々表現が難しくなるので・・・そうそう、皆さんに分かりやすくお伝えすると、その方は横浜の中華街に祀られていますよ」
「横浜の・・・中華街?」
「祀られている・・・ってのは?」
「・・・っていうことはぁ?」
「――――!!」
「「「えええーーーーっ」」」
「おいおい! それってあれか! あの『関帝』ってやつだろおーーっ!?」
「マジかよ! 関羽だよ、その恐いおっさんは・・・」
「亮―――! お主は関羽様と面識があったのかあ! 凄いことだぞお! 何故それを早く言わんのだあー!」
野郎三人が驚愕する様子を見ながら、亮は少し寂しい気分になった。
(この人達は、そこまで知っている割には、僕のことは知らない・・・と言うより僕の前世についてはまるで興味がなさそうなんだよなあ・・・)
そんな亮の気持ちを知らない史龍、冲也、達也の三人の驚きはマックスとなった。特に達也の食いつきは相当な勢いである。
しかしそんな熱い野郎三人とは逆に、テンションが妙に低くなってシラけた表情の小町がしばらく静かに佇んでいたのだが、シラけた表情が険しい表情に変わって不満を口に出した。
「ちょっと、何なんのよお! その髭殿ってのは、『かんて・いー?』とか「かんう?」って何のことなのよお! 私だけ全くわからないんですけどおーーー!」
どうやら小町は女子にありがちな世界史は苦手ということが露呈した瞬間だった。
当然、そんな彼女に史龍が襲いかかる。
「お前、歴史の勉強しなかったのかよ! っつうか、本読んでないだろう」
「失礼ねえ! 私だって科目によるけど勉強くらいはしているわよ!」
「お前、横浜中華街の関帝廟くらいは知っているだろう?」
「馬鹿にしないでよ! そのくらいは知っているわよ。中国の商売の神様を祀っている場所でしょう。それが、何だって言うのよ!」
「いや・・・だから、その関帝廟のだな、関帝ってのが、亮の前世の知り合いの関羽のことなんだよ!」
「はいーーっ?? 何、神様と知り合いなの? 亮ってそんなに凄いの?」
「・・・お前なあ、冲也も達也も呆れてるぜー、何を言ってるんだよ」
「なぁーにぃーっ! 呆れてるですってええー!!」
小町が、冲也と達也を鋭い視線で睨む。
小町に睨まれた二人は、右手を振って、違う違うポーズを連発している。
「このツンツン赤毛! 二人とも違うってアピールしてるじゃないのよ!」
「おい、そんな脅すようなことすんなよ・・・っていうか、お前らも汚ねえぞ!」
「汚いのは、あんたの方でしょう!」
史龍と小町の言い争いが激化するなか、それを阻止するように月英が自身を光輝かせながら再び語り出す。
「まあまあ、髭殿のことはそれくらいにしておきましょう。それよりも冲也さんと史龍さんの質問の答えがまだ示されておりませんから」
「ああ〜、そうでしたね。すっかり話が横道に逸れた・・・というより過去にタイムスリップしてしまいましたね」亮が少し上手いことを言う。
「あ、そうだったよな・・・っつうか、今のリーサルウエポン級の話題が凄すぎて
何を訊こうとしたのか忘れちまったよ」
史龍が手の甲を額に打ち付けている。
「全くだね、俺も忘れてしまったよ・・・」
冲也も訊ねるのを断念したような発言をした。
「では、僕から少しだけ話しておきますね。これから行く元貧民街には、前回僕と月英の二人で隠した武器が残されているはずです。それらが皆さんに適していれば是非使ってもらおうと考えているんです」
「そういうことなのか。でも、その武器が俺たちに使いこなせるのかどうかっていうことが心配だったってことなんだね。心配しなくても俺の場合はある程度の武器だったら問題ないと思うよ・・・」
察しの良い冲也がそう言って史龍を見遣ると、史龍も負けずに言い返す。
「待てよ冲也、お前だけが特別みたいなこと言ってんじゃあねえぞ! 俺に扱えない武器なんてねえんだからよ! 亮、心配する必要はねえんだぜ! あと、デカ達は不器用そうだから分かんねえけど、こいつは腕力だけは俺様並みに強えから武器なんか無くても問題ないと思うぜ!」
「おい、史龍! 俺を馬鹿にするのも大概にしておけよ! 俺の腕力が最強だ、お前ごときは相手ではないぞ! ただ、まあ、あれだ、武器を扱うってのは得手不得手があるからな、そこは正直わからん! しかし、案ずることはない、武器などなくともアンデッドなんぞ俺の闘気だけで軽くぶっ飛ばしてやるわ!」
「達也・・・お前は正直な奴だなあ・・・」何故か冲也が達也の背中を静かに叩いた。
苦笑いの亮も達也に優しく語りかける。
「達也君も九天玄女様に導かれた渡り人なのですから、きっとSixRoadで出会う武器が見つかるはずですよ」
「何やら、亮に気を遣わせてしまったようだな。すまんな。だがなあ、俺は先程お主の昔話に登場した関羽殿の得物として名高い青龍偃月刀を使いこなしたいと思っているのだ」
「・・・・・いや、達也君、それはちょっと無理だと思うよ」亮は目が点になった。
それから気を取り直して
「どうなるのかは皆さんの考え方や行動次第なのです。とにかくその場所まであと少しですから急ぎましょう」
そう言うと、月英の方へ向き直って何かを伝えて、歩き始める。
他の四人も言われるがまま、後に続いて行く。
その後、30分ほど歩いた頃、小町が疲れた表情で声を上げた。
「ちょっと亮! まだ歩くのかしら、もう歩くのが限界なんですけどお」
「ちょうど見えてきましたから、あと少しですよ。頑張ってください」
亮の返し言葉の後に、月英が小町を気遣って声をかける。
「守護者様は、女の子なのですから、もう少し労ってあげないといけませんでしたね。気が利かずに失礼しました」
「ええと、まあ、あと少しだったらなんとか・・・」
月英にそう言われてしまうと強くは出られず、気恥ずかしさが募る。
月英に向かって愛想笑いをしてから前方を見渡すと、前方真っ直ぐと続く道の先に集落の灯りが見えた。
今回は「正史」にある逸話をエッセンスとして加えてみました。




