第33話 浄化された街
小町が謳う歌は、歌そのものが聖なる法術のようなパワーを発揮した。
その詠唱に亮が羽扇に集めた月の光を注いだことで、神聖魔法が完成したのか、元来秘めていたパワーを目覚めさせたのかはわからないが、何れにしても、これが守護者の実力だと認めざるを得ない。
その影響範囲は約半径1Kmに及ぶ干渉力を持っていた。つまり小町の魔法によって、このビルの周辺は浄化されたのである。
窓から外一面を確認した冲也たち三人は唖然としている。
先程まで得体の知れない死霊どもの大群に覆われていたはずのビル周辺は、すっかり静まり返っている。そればかりか、つい先程までの光景とは打って変わって、月明かりに照らされた景色が心に潤いを与えてくれるかのようにさえ感じる。
冲也も史龍も室内を振り返って小町に視線を合わせた。
「小町、君の歌があれを消し去ったというのか? 守護者の力というのはそれほどに強力ということなのか・・・」
「お前、ただのクソ生意気なムカつくだけの女かと思っていたけど、なんか凄えなあ・・・歌一本であそこまでやっちまうとはなあ、一体どうやったんだよ! まさかお前って放射能浴びた怪獣だったりするんじゃあねえのかあ!?」
「はああぁぁ! なんだとおおーーー!! あんたのトンガリ頭の方がヘナチョコ怪人みたいじゃない!! あんたみたいなのは、赤いマフラー巻いてバイクに乗ってやって来るバッタみたいなのに思いっきり蹴り飛ばされてしまえばいいのよーー! でもって、蹴り飛ばされただけなのに木っ端微塵に爆発しちゃえばいいのよー!!」
「なにぃーーー! こいつ・・・せっかく俺が褒めてやったっつーーのによ! なんて言い草だよ!!」
「あれのどこが褒め言葉だったのよーー!!」
せっかくの名シーンを史龍と小町がぶち壊したところで、いつものように亮が仲裁に入る。
「はいはい、二人ともそのくらいにしましょう。これから急いで、ここを出ないといけませんから」
「亮、ここを出て、どこへ行くつもりなんだい? この周辺は小町の詠唱で化け物が消えたようだけど、だからといってこの世界はどこへ行ってもあんなのが彷徨ってたりするんじゃあないのかい?」
冲也は映画やTVドラマの世界を思い出したかのように基本的なことを訊ねた。
「この世界に住むヒューマンがウイルスに侵されてアンデッド化してしまったのですが、全てという訳ではありません。そして、恐らくですが感染していないエリアがあるはずなのです。これから、そこへ向かおうと思っています」
「そんな場所が残っているのかい? それはこの国の政府機関や行政府なのか、はたまた王様が住んでいる居城とか、そんなところなのかい?」
「・・・いいえ、そのような場所ではありませんよ。これから向かうのは、貧民街、いわゆるスラム街という場所です」
「――――! 貧民街って・・・」
「おいおい待てよ! むしろ、そういう地域の方がイメージ的にウイルス蔓延で感染しまくっているんじゃあないのかよ!?」
「史龍の言うとおりだぞ、むしろ貧民街なんて、街全体がさっきのゾンビの群れに覆われてしまって、まともな人間は残っていないんじゃあないのか? 亮らしくない冗談だぞ」
「達也君、冗談ではありませんよ、これから全員で貧民街に向かいますよ。前回、月英と僕とでウイルスを浄化して、アンデッドから守った街があるんですよ。その街がまだどうにか残っていてくれていれば、我々にとっては好都合なんです」
「そういうことなのか・・・であれば、先ずはそこへ行くのが筋という訳だな」
「この世界のことを知らない俺たちには他に選択肢はないしね。ここは亮の意見に従うしかないね」
史龍も達也と冲也に同調するように頷いている。
「ちょっと、いいかしら」
横から小町が口を挟んできた。
「大町さん、どうかしましたか?」
「亮、あなたの言いたいことはわかったわ。でも、その貧民街ってここからどのくらい離れているの? そこへ辿り着く前にあの化け物達の群れに襲われでもしたらと思うと気が気ではないんだけどぉ」
「小町さん、それについては心配には及びませんわよ。月明かりがある間でしたら、私の結界で皆さんを守ることができますから、アンデッドと遭遇しても結界内にいれば安全ですよ」
「そうなのね! 流石は月英さんよねえ。ここには口先だけの男どもが雁首揃えているけど、どれもこれも頼りになりそうもないしね〜」
「くぅーー! あのバカ女が・・・」
悔しさに歯を食いしばった史龍を冲也が制しつつ、俯き加減で首を左右に降っている。
その様子を見て微笑んだ亮が羽扇を掲げて声を上げた。
「では、この世界の守護者の手掛かりを探しに行きましょう!」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
北のビルを出て辺りを見渡すと、想像以上に広々としたビルの敷地内が月明かりに照らされていた。広場のような敷地の左右には並木が風に吹かれている。
このような風景をどこかで見たことがあるような、無いような、どこか優しげで柔らかな心地よさを、この場の全員が感じ取っていた。
「ほんの少し前まで、この場所にアンデッドの大群がウヨウヨと彷徨っていたとは思えないな」
冲也がボソッと呟いた。
「確かに・・・懐かしい何かが、何か温かな感じが俺の心に沁み込んでくるようだぞ」
デカい図体の達也が目を閉じて佇むその隣で、史龍は緩んでいた靴紐を締め直す。
「何か拍子抜けの感もあるが……これからが本番だぜ!」
「ここは守護者である小町さんが浄化したのですから、皆さんが柔らかな気持ちになるのは当然です。しばらくの間、この辺りは神聖な心地良い気で満ち溢れていますから」
そう解説する亮の横には寄り添う3Dホログラムのような月英がいる。その存在が消えることなく、外に出た今もそのままの姿で皆と共に移動している。
亮が羽扇を拡げている限りは、その姿を保っているようである。
「こりゃあ、俺たちの薄汚れた精神そのものも浄化されちまったってオチなんじゃあねえのか」
「あら? 珍しく分かっているようなことを言うじゃない。あんたは髪の毛みたいにツンツンしていないで、いつもそう言う殊勝な気持ちでいればいいのよ」
「へっ、違いねえな・・・」
いつもであれば、売り言葉に買い言葉の史龍であるが、本当に浄化されたのかと思うような返答をしてみせる。
小町は拍子抜けといった態度で月英の方へ向き直ると、月英は女神のような微笑みで
小町を見つめていた。
そんな月英の優しげな視線を受け取った小町の表情も和らいでいた。
「この先を真っ直ぐに行けば大きな噴水のある広場があります。先ずはそこへ向かいます」
亮の指示に従って、一行は一本道の先にある噴水のある広場へと足を進めて行く。
皆は未知への第一歩を踏み出す緊張が辺りの清々しく穏やかな空気に中和されたかのような感覚で進んで行く。
風に吹かれる並木が月の灯りをより幻想的に魅せる一本道を無言で歩んで行くと、やがて月に照らされた広場が目の前に拡がる。
「おっ、何か開けた場所が見えてきたぜ!」
穏やかな皆の表情とは違って、少し厳しい表情の史龍が声をあげた。
「噴水広場に辿り着きましたね」
立ち止まって周囲をゆっくりと見渡した亮がそう言って微笑んだ。
投稿がかなり遅れてしまいましたが、ここまでお読みいただき感謝です。




