その目は既に…
青年と女騎士が監獄クリムへ向かう中、監獄内で大人しく牢屋の中にある椅子に座りながら死刑を待つ『王族殺し』の男の前に一人の看守が檻越しに立ち止まった。
「おい『王族殺し』」
「なんですかな看守殿?」
鋭い眼光で看守は男を睨みながら話しかける。
「俺の退屈しのぎに付き合え」
「構いませんよ。看守殿」
男は死を待つだけでは、退屈なので看守の言葉に従う。
「俺は此処で十年以上勤務している。その十年間、一人たりともこの監獄から出していていないのが俺の誇りだ」
「それはご苦労な事だ。看守殿がいるからこそ、此処の脱獄者が未だに居ないおかげで国民に平和が約束されいるものだ」
男は看守の経歴を聞き、率直に称賛する。
「単刀直入に聞く。お前は――何故脱獄を考えたりしない?」
それは看守が囚人へ質問するには、あまりにも変な質問だった。
男は看守の質問に驚いたが、すぐに冷静に質問を質問で返した。
「看守殿…。それは牢屋に入っている囚人に聞く話か?」
「聞く相手は選んでいるつもりだ。さて、こちらは先に質問に応えた。今度はこちらが聞く番だ」
質問を質問で返された看守はすぐに質問に応えると男を聞き出す。
「その質問の答えるとしたら、理由が無いの一言だ。今更、外に出たところでお尋ね者として追われる身だ。それに生きる理由が仮にあったのなら俺はあの日、あの場で名乗り上げなければ捕まるわけがないだろう?」
「その通りだな」
男は看守の質問の答えは「理由が無い」ときっぱりと言い切ると同時に捕まる気が本当になければ事件現場で名乗りあげなければ捕まらないと断言した。
「俺はこの一年間で国王との信頼を勝ち取っていた。例え、疑われたとしても駆け付けただけと言い通はだけで信用して下さる。だが、それは国王への信頼に泥を塗る行為だ。仮にも俺はこの手で国王の子を殺した男…これ以上国王に迷惑をかける気が無かったのさ」
男は王国の国王も信頼されていた近衛騎士だった。
それは国王の二人目の息子を殺すという裏切り行為をするまでの話だ。
どれだけ信頼された騎士であろうとも決して王族を殺すことは許されてはならない事だ。
人は信頼している人間を疑いたくないものだ。
男の言葉の通りのことをしていれば、男は処刑台に上がることも無かっただろうが、男はそれをしなかった。
信頼には泥を塗りたくないという理由だった。
「そうか。なら新たな質問をしよう。多くの人に信頼されていた騎士だったお前は一体いつから死んでいた?」
「!」
看守の次の質問に男は眉間をピクリと反応した。
「今まで見てきた罪人の考えは二つだ。一つ目は牢屋に入れられてすぐに自由を奪われたことに絶望する奴。二つ目は牢屋に繋がれている状況下でも尚、生き残ろうとして、チャンスを待つか考えようとする。だが、お前はこの二つのどちらでも無い。此処に来る前から絶望していた」
「何が言いたい?」
男は看守の言葉に少し不快に思ったのか、強く睨みつけながら話す。
「国王に信頼されるまで成り上がった男が栄光とは、真逆の道を迷わずに辿ったようにしか見えない」
「…」
「『王族殺し』…お前は一体、なにを知って絶望し、栄光の道から離れた?」
看守の質問に男は話す気は一切ないということを示すように黙った。
「応える気はないか。なら別の質問をしよう。お前は第二王子夫妻だけでなく、腹の中いる赤子の命まで殺す必要はあったのか?」
看守は第二王子の妻である貴族令嬢のお腹には新たな命があった。それは王宮内では、誰もが知っている情報であり、いつ生まれるかも心待ちにしているもの達もいた。だが、男は母親ごと斬り殺した。
生まれて来るはずだった命を奪った男を看守は許せなかった。まだ、産まれてすらいない赤子まで奪う必要がどこにあったのかを男に問い詰める。
「関係無い」
「ッ!?」
その問いに男の口から出たのは冷酷な答えだった。
「俺には第二王子夫妻に恨みがあった。奴らは俺に恨みを持たれることをした癖に幸せになろうとしていた」
男は看守に問われた事への理由は「恨み」があったと語り始めた。
「他人の幸せを壊しておいて、自分達は幸せになる…ふざけた話だ。だから殺してやった」
語られる言葉に憎悪が込められている事に察した看守は黙らせたくとも、男から放たれる威圧に圧倒されて、黙ってしまう。
「腹の子が産まれる前に殺したのは、無駄な情を作らない為だ。戦場で何人も殺した俺が今更、情など気にするのも変かも知れないが可能性はある。だから、情などまだ無い時に殺した」
男は近衛騎士になる前は国境防衛騎士だった。
敵国でもある帝国の侵攻を阻止する為にも殺し合いをした経験もあり、そこでは既に何にもの人の命を奪っていた。
戦場に情けをかける事は命取りで有る事は当然…だからこそ、無慈悲な心で人を殺す事が出来るうちに男は犯行に及んだ。
「それと最後に言うなら腹の中にいた赤子がこの俺に殺されたのが不幸なのでは無い。第二王子の女の腹に宿った事が不幸だっただけだ」
「ッ…もういい。口を閉じろ」
看守は男の最後の言葉に苦虫を潰したような顔して、男に『黙れ』と命じると、頭を片手で抱えながら感情的になってはいけないと看守は深呼吸する。
いくら男に第二王子に恨みがあったとはいえ、男は惨殺事件を起こした罪人だ。
檻の中にいる男は既に裁きが決まっている事に変わりはない。
「…今の話で理解した。お前には栄光を捨てるほどの恨みを第二王子だけでなく、その妻にも恨みがあったんだな?」
「…あぁ、そうだ」
看守は男の会話から復讐対象が第二王子だけでなく、その妻にも恨みがあった事を読み取り、それを問い詰めると男はそれを認めた。
「悪いがこれ以上先は俺は話す気はない」
「なに?」
しかし、男はそこからは先は話す気は一切無いと口にした。
看守もその言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。
「昨日、俺の元部下が此処に来た。その時に俺の動機を調べてみろと言った以上、話す気は無い。知りたければ、俺の元部下と協力する事だ」
男は看守に自身の動機が知りたければ、昨日の面会に来た青年と協力しろと男は命じた。
「…罪人に生意気な言葉に従うのは癪だが、いいだろう。王国の英雄とされた男の落ちぶれた理由を知る為にもお前の元部下とやらに協力してやろう」
数分間の沈黙の末に看守は男の条件を呑むと男の檻から去っていった。
残された男はあり中にある小さな窓から見える外の様子を見る。
既に日差しが落ち辛くなった夜空が男の目に映る。
「…あと少しもすれば、貴女様の元へ逝く事ができます。それまで、あともう少しお待ち下さい。必ずや私も其方へ向かいます」
誰かに向けた言葉に男が生気を無くした目に少しだけ優しく誰かを見つめる目になっていた事に誰も知られる事はない。
次回は3/22の十六時に投稿します。