語られてはならない…
二枚目の手紙も読み終えた青年と女騎士の二人は書かれた知りたかった情報が詰め込まれた文章に立ち尽くしていた。
「あの人が処刑された侯爵家の一人娘との間に、主従関係があったのか」
「みたいですね」
役員が残した手紙の情報には、王族殺しの男は侯爵家の一人娘との間に主従関係にあった事を知った二人は男の過去を知った。
「そう言えば、国境防衛騎士になる前までは、何処かの貴族に仕えていたと聞いた事がありました」
「そうか。なら、ここに書かれた事が本当だと、するなら、動機の一つ目が分かったな」
「…ですね」
女騎士の言葉に苦い顔をしながら同意する青年は一つ目の動機を口にした。
「動機はおそらく、主を殺された事への恨み。つまり、復讐だった」
「…そうなるな」
男が第二王子夫妻を殺した一つ目の動機は忠誠を捧げた主人を殺されたことへの復讐だった事に青年と女騎士は理解した。
男は誰かに擦りつけられた冤罪でも無い、主人を殺されたドス黒い復讐という感情が男にはあったという事を…。
「殺す動機は確かなものだが…」
「じゃあ、残り二つの動機は一体…?」
一つ目の動機がわかった二人はまだ残り二つも動機がある事に新たな疑問が出来た。
今知った動機だけでも明確な殺意があったと言ってもいいというのに、まだ残り二つも動機がある男に疑問が浮かぶのは当然だ。
男が第二王子を殺す動機は確かなものであり、元婚約者を処刑台まで何の躊躇いもなく、処刑した。
さらには、新たな婚約者と結婚までして、幸せを勝ち取った所を見てしまったとしたら、男は耐えられなかっただろう。忠誠を捧げた主を殺した人間が幸せを築いている事に誰が許せるだろうか。
また、この一つの動機だけでも十分にあってもいいと言うのに、男の動機はまだ二つある。
「…どちらにせよ、まだ時間はあります。聞きましょうあの人に」
「そうしよう。今度は私も面会に行くとしよう」
青年と女騎士は獄中にいる男に会いに行くために手紙を封書にしまった。
「本当はこの封書は残して置きたいですけど…」
「万が一の為だ。役員の言う通りに従っておこう。調べるためにも余計な邪魔をされるのは、時間の無駄だ」
「わかりました」
女騎士の言葉に青年は役員が書いた封書を近くの暖炉へ入れ、処分した。
「さて、一つ目の答え合わせに行きましょう」
「あぁ」
青年と女騎士は一つ目の動機の答え合わせを聞くために男が収容されている監獄クリムへとそのまま向かう事とした。
この時―――青年と女騎士はある重大なミスを犯していた。
それは、暖炉の中で薪と共に燃える封書から文字が浮かび上がっている事に…。
役員が残した『注意喚起』を読み逃している事に監獄クリムへ向かう二人は気付いていない。
燃え上がる炎に跡形も無く燃え尽きていく封書に書かれていた文字には、こう書かれていた。
『ルフェーラ教会には、特に気を付ける様に』
その書かれた文字を読み流している事に二人は気付いていない。
―――
王都の街は朝と昼は人通りが多い。
商人は商売を始め、平民は育てた作物を売り、そのもらった賃金で生活をする為に必要な必需品を買う為に行き交う。
そんな多くの人が行き交い、賑わう街でも夜になれば、その賑わいは消え、静かな街へと姿を変える。
その静かな街を一人歩く役員がいた。
「今宵の月は三日月は綺麗に見える」
独り言の様に役員は夜空を見ながら呟く。
「…そうは思わないかい?」
視線を締まっている出店の角に向けて話すと、ゆっくりと黒い布を全身を隠す様に着込み、腰に差したサーベルを身に付けている男が姿を現す。
「僕の情報が正しければ、教会には、戦いの心得がある二つ戦神官という役職があると聞いた事がある」
「…」
役員は黒い布で全身を隠す男の正体を言い当てる様に話す。
黒い布を着込んだ男は何も喋らずに腰のサーベルに手を掛けながらゆっくりが役員立っているいる場所へ少しずつ近づく。
「一つ目は傭兵の様に放浪する戦神官と…そして、二つ目は裏で暗殺生業とする。通称『影神官』という存在をね」
「…随分とお喋りな奴だ」
黒い布を着込んだ男…影神官が役員に近づきながら口を開いた。
「今回の惨殺事件…君らの本部としては大いに困っただろうね。『繁栄の聖女』を殺された事は、君らにとって悪い半面、良い所もあった」
「そうだな」
緊迫した中でも尚、役員は近づいて来る影神官へ話を続ける。
「ただ、今回の件であの裁判で深く関与してしまった者達や事の顛末を調べようとする者を慎重に始末…隠蔽工作を行う必要があった。だが、彼が起こした惨殺事件によって、君らは隠蔽工作を慎重に進めなく済む事になった」
「その通りだ」
役員が話す度に影神官が一歩、また一歩と近く。
「現在、頻繁に起きている一定の役所に着く貴族や関係者が殺人鬼に起きている。それやっているのが、君達…ルフェーラ教会の影神官だろ?」
「あぁ、お前が言う事全てがその通りだ」
影神官は腰に差したサーベルの刃を役員に振るうにはまだ、距離が遠い場所で立ち止まる。
「…」
「お喋りはもう終わりか? なら――死ね」
影神官は腰に差したサーベルを抜こうとした矢先、役員は服の裾に隠していたナイフを手に取り出し、影神官へ向けて投げる。
「ハッ!」
「シッ!」
役員が放った刹那の一撃を影神官は抜き放ったサーベルで容易く吹き飛ばす。
金属同士のぶつかり合う音が辺りに響くのが遅れて響き渡る。
「ッ!」
(殺すつもりで放った必殺の一撃をこうも容易く落とされとは…予想以上の使い手だったか!)
役員はすぐさま次のナイフを取り出して、構える。
対する影神官は手に持ったサーベルの刃が刃こぼれしていないかを確認していた。
「まぁまぁな一撃だったな」
「それは手厳しいね」
役員の必殺の一撃を影神官は「まぁまぁな一撃」と口にすると片手で持つサーベルを構える。
「不正裁判に教会が介入してしまった以上…真実に近づき過ぎた僕を始末して、以前と変わらず、中立を示し続ける気なんだろ?」
「その通りだ。だから、お前の様な察しのいい奴を教会は始末するしか、無くなった」
役員は最初の一撃を容易く吹き飛ばされたことに動揺しながらも次のチャンスをつくる為に話し出す。
その内容はルフェーラ教会にとって民衆などには決して、知られてはならない情報。
その事を理解しているその話に動揺などせず、影神官は話す。
「あの裁判はルフェーラ教会にとって最大の汚点だ。故にあの女がしでかした汚点は知られてはならない。歴史に語られてはならない。そして、それを知る者がいてはならない」
影神官の言葉に役員は背筋がゾクリと凍える様な寒気を感じた。
ルフェーラ教会という名誉を守る為にも、一年前の不正があった裁判を知った役員を影に葬り、そんな事は無かった事にする為ならこの殺人を正しいとも取れる発言に役員は自然と口から影神官へ向けた言葉を呟く。
「狂信者め」
「なんとでも言えばいい」
役員から「狂信者」と言う発言に気にする素振りすら、無かった。
影神官は片手に持つサーベルを片手に役員が立つ元へ先程とは、桁違いの速さで急接近する。
「なっ!?」
「シッ!」
振われるサーベルを役員は体を捻り、何とか交わすも影神官の猛攻は止まらない。
「シッ!」
「グッ!」
ナイフで対応しようにも影神官が持つ得物の長さの違いで対応出来ず、避けるので手一杯になる。
何とか、隙をつくる為にも距離を取るが――それが悪手になってしまう。
「終わりだ」
「しまっ――」
距離をとった事は良かったが、背後は開いた水路と逃げ場を失った。
そのチャンスを作り出した影神官は近くの建物の壁を蹴って勢いをつけ、影神官は役員の横腹をサーベルで斬り裂いた。
「ガハッ!」
斬られた役員は斬られたところから血を大量に噴き出し地面を紅く染め上げる。
「任務完了」
影神官はサーベルに付着した血糊を振り払うとサーベルを鞘にしまうと、斬られて苦しむ役員を死を見届ける様に観察する。
斬られた役員は跪きながらも必死に斬られたところを押さえるも出血は治らず、意識が朦朧し始める。
「はぁはぁ…」
(あぁ、悪いね。お二人さん…君達が思っている以上にあの裁判と今回の事件を隠そうとする輩が多い。気を付ける事だよ)
身体をフラフラとしながらも上手く前へと進み歩こうとするがその先は水路。
「はぁ――」
(僕の様な道を辿るなよ)
役員はそのまま水路に滑り落ち、勢いよく流れる水路に流されながら生き絶えた。
その最後は自身の息子が同じ末路を辿らない事だけを願いながら死で逝った。
「消えゆく魂よ、その魂が天に導かれる事を、我は祈る。神ルフェーラに仕える天使ルルよ、魂を天にお導きを願う事をお赦し下さい。死にゆく魂に祈りを――リーファ」
役員が水路に流されていくところを見届けた影神官は死にゆく役員の魂に祈祷を終えると暗闇の中へと消えた。
役員の遺体は翌日の昼頃に水路を清掃活動に来た者達に発見されるが何処から流れたのかは不明の為、通り魔に斬られて不運にも水路に転落したと、処理される。
役員が本当は暗殺されたという事実は歴史に記録されることも語られることも無い。
次回は3/21の十六時に投稿します。