第6話 姉ちゃんにスパイ疑惑
簡単に言うとノヴァラージュになった者は魔法とか超能力みたいな力を扱えるようになるのだ。
その力は強大で、使い方によっては個人で世界を滅亡させたり、支配なんかもできるらしい。当然その逆もしかりで、あらゆる人を救えたり、人類の叡智を進ませたりといった事も不可能ではない。
人は誰しもノヴァラージュに目覚める事ができるらしいが、その条件は不明だ。大半の人類はノヴァラージュに目覚めず人生を終える。まあ、当たり前だろう。人類を個人でどうにかできる能力がポンポン出てこれるなら、理科準備室でのんびりコーヒーなんか飲めない。大きな力はあっさりと世界を浸食するからだ。世界がノヴァラージュだらけになれば、世界は異質でもっと不安定なモノに様変わりするだろう。
――――――そのノヴァラージュに柊華姉ちゃんは目覚めた。
あの飛行機爆破テロ以降、誰かを予知できるようになった。いや、なってしまった。
予知のノヴァラージュ。
摩利支天は柊華姉ちゃんの力をそう呼んでいる。
的中率百パーセントの絶対予知であり、柊華姉ちゃんだけがこの世の未来を覗けるという凄い力だ。
オレが治療されている時に柊華姉ちゃんがノヴァラージュとわかったらしい。摩利支天の仕事にはノヴァラージュの保護があるので、この時に判明したのはラッキーだった。いずれ判明しただろうが、それだと悪党達が先に気づく可能性がる。
悪党とはどんな世界にも存在する。何処にでもいるから警察や軍というモノがあり、誰も知らぬ裏の世界にまで摩利支天という組織が存在するのだ。
柊華姉ちゃんは摩利支天から常に護衛されている。何処で何人が護衛しているのか知らないが、今も柊華姉ちゃんは悪党達の手から守られているはずだ。
ちなみに椿もノヴァラージュなので護衛はついている。柊華姉ちゃんと同じ予知のノヴァラージュだ。
だが、その力は柊華姉ちゃんと比べてあまりに小さい。椿のはあまりに遠回りな予知であり、発現もランダム性が強く、力を自由に行使できるとは言い難い。なので、柊華姉ちゃんよりは優先順位が低くなっている。護衛も自発的に一人だけひっそりとついてる程度だ。
本来ノヴァラージュに優先順位をつけるなどあってはならないのだが、摩利支天にも限界があるという事だろう。椿にも十分な護衛をつけたいが、人数や時間や規模といったモノが関わる以上、その辺りはどうしようもないようだ。
朝菱先生は「私が一万人いれば大半の問題はなくなる」と、よく言ってる。そのくらい摩利支天は時間も人材も常に不足しているらしい。
「今更ですけど柊華姉ちゃん目立ちまくってますよね? その辺いいんですか?」
「それらも含めて護衛だと言っただろう。例えそれがノヴァラージュの力を使っての行動だとしても、それが本人の強い意志なら私は尊重する。行動を制限するなどあってはならない」
予知のノヴァラージュは解りやすいため、悪党に狙われやすい類いの能力だ。普通は隠すべきで、不必要に狙われないためにもそうするべきだろう。
だが、柊華姉ちゃんはその逆の行動をとった。
むしろその力を日常的に使っているのだ。ノヴァラージュの力を使って占い動画配信をしたり、それで有名になった事で他人の動画やテレビにも出演したり、今では政府に協力を求められる(さすがにこれは非公開だが)までになっている。
柊華姉ちゃんは「自分の力が人の役に立つのなら」と、ノヴァラージュの力を隠そうとしない。まるで力を隠すのは罪とでもいうくらいに、自分を発信している。
ちなみに椿の場合は部活に留めている。いや、留めざるを得ないというべきか。猫の捜索くらいが精々だし。
「そろそろ本題に入ろうか」
花菱先生はソファーに深く腰掛けると顔をうつむけた。
「柊華の護衛が死んだ」
朝菱先生は至極あっさりと言った。
「死んだのは三人。私が知る限り、非常に優秀な者達だった」
信じられない、といった表情は朝菱先生に無い。
朝菱先生にとっては覚悟して当たり前の出来事だ。嘆き悲しむなど時間の無駄であり、そんな暇があるなら原因究明に勤しむ。
摩利支天は日の当たる組織ではない。当然のように命の危険がある。嘆き悲しむだけの行動は死者達の冒涜になるだろう。
「異常な人数だ。三人連続なんだからな」
朝菱先生の目が深い決意に変わった。
「結論から言おう。柊華の護衛者と護衛方法が敵にバレている」
「………………え?」
オレは一瞬、朝菱先生が何を言ったのかわからなかった。
バレている? 柊華姉ちゃんの護衛が?
「当たり前だが、護衛者や護衛方法は重要機密だ。それらを知られるのは悪党に手を内を晒していると同義だからな」
古今東西、情報というモノは最も重要視される。戦争で兵器よりレーダーが優先されるのと同じで、まず相手を知らなければあらゆる行動に高いリスクがつきまとうからだ。逆に相手を知っておけば、それらに対応した作戦を立てるのが容易になり、可能か不可能かの判断も高い精度で行える。火力など二の次なのだ。
「三人を殺す時、敵は必ずこちらの虚をついてきた。護衛者の住居、護衛者の帰宅途中、護衛者の護衛場所。いずれも、裏切り者でもいなければ無理な場所でな」
朝菱先生は「ふー」とため息をついた。自分が担当している対象の護衛が三人も死んだのだ。ため息くらいはでるだろう。責任者として徹底的に動き回っただろうし。そして、まだ決定打を掴めていないようだ。
「それで上層部は私にこういった。もし、摩利支天に不備がないなら原因は別にある。裏切り者などおらず、摩利支天からは一切情報は漏れていない。摩利支天は至極全うに任務を遂行しているだけで、これは摩利支天ではない別の誰かのせいだとな」
「…………何が言いたいんですか?」
「………………………………」
嫌な予感がした。
朝菱先生は途轍もなく非道な事を言おうとしている。
「摩利支天は識那珂柊華本人を疑っている」
黒い泥に塗れたような空気が流れた。
「予知のノヴァラージュである識那珂柊華ならあり得るとな。三人が殺されたのは識那珂柊華が予知を使ったからだと」
「………………そんな意味の無い事をして、柊華姉ちゃんに何の得があるって言うんですか」
「例えばの話だ。柊華を疑っている上層部は予知が使えるという事実しか見ていない。殺し方は吐かせた時に解ればいいと思っている」
あまりにとんでもない言い草だった。昨今の警察でもそんな事はしないだろう。
護衛対象が裏切ってるとかトンデモ理論すぎる。柊華姉ちゃんの摩利支天による護衛は十年以上続いているのだ。裏切りだなんだあるならとっく行われてるはずで、今更そんな事をするのに理由も意味も何もない。もちろん、柊華姉ちゃんがそんな人間じゃないってのもある。
言い返すべきだ。何を考えているんだとキレるべきだ。ふざけるなと、オレは朝菱先生の胸ぐらを掴んで怒鳴るくらいやるべきだ。
「…………あり得ません」
だが、オレは極めて冷静に一言告げただけだった。
「柊華姉ちゃんが予知を使って殺したか、摩利支天に裏切り者がいるのかって話なら…………後者の方があり得るはずです」
感情的にならなかったのは、きっと相手が朝菱先生だからだろう。
何故なら朝菱先生は柊華姉ちゃんを大切にしている人だからだ。護衛の責任者で、いつも柊華姉ちゃんを守ってくれている人なのだ。
そんな人がオレにこんな事を言うなんてよっぽどだ。余程の覚悟を決めて言ったと思うべきで、それを聞いたオレは絶対に朝菱先生を責めるなんてしちゃいけない。
「そうだな。私もそう思っている。だが可能性としてはどうしても生まれてしまう。何らかの理由で識那珂柊華が単独で実行………………または敵と繋がっているという事は」
朝菱先生の顔色はずっと変わらない。さっきからずっと心に氷柱がささるような事ばかり言っているのに。
大人って凄いなとオレは思った。
「そこでお前の協力が必要だ」
足を組み替えつつ朝菱先生は続けた。
「どんな形でもいい。識那珂柊華がシロだという証拠を見つけろ」
「え? お、オレがですか?」
「柊華と親しいお前にしか頼めない。護衛が三人も死んだんだ。摩利支天で識那珂柊華の疑いを晴らすのは難しいだろう」
ようやく、朝菱先生がオレを呼んだ理由がわかった。
今日の用とはコレだったようだ。
「別に今すぐ証拠を見つけろとは言わん。あくまで疑いをかけられているだけだからな。柊華が犯人と判断されたワケではない。情報のノヴァーラジュなんてのが敵にいて、ソイツの仕業なのかもしれないしな」
「そうだったらある意味話は簡単になりますね」
「私も同感だ」
情報のノヴァラージュなんて力を持ってる敵がやったのなら、柊華姉ちゃんの疑いは完全に晴れる。それだけで完璧なフィナーレだろう。まあ、そうだった場合の問題解決難易度は半端なく難しいモノになりそうだが。
「…………すまないな」
その謝罪には後ろめたさだけがあった。朝菱先生はオレに何をさせようとしているのか理解しているからだ。
オレはそんな朝菱先生に「何言ってんですか」と明るく返す。
「気にしないでください。困った時はお互い様ってヤツです」
「だが、私達大人が不甲斐ないせいで…………お前にこんな事を頼んでいる」
「まあ、そりゃ気分は良くないですよ? でも柊華姉ちゃんの疑いを晴らしたいのはオレも同じです。力になれるのなら、言われなくてもやりたいですよ。つか、絶対言ってください。識那珂姉妹は大事な幼なじみで、オレの家族なんです」
オレはソファーから立ち上がる。
「常時傍にいるってのは難しいですけど、可能な限り柊華姉ちゃんと一緒にいます。何かわかれば連絡するんで」
「…………ありがとう」
朝菱先生は心からの感謝をオレに告げた。
普段朝菱先生はこんな弱気や殊勝な感じを見せないので、その普段とのギャップにクラクラしそうになってしまう。外見もムチムチだし、これじゃ恋しそう! しないけど。
「じゃ、今日はこんな所で」
朝菱先生にそんな卑猥(?)な考えをしていると悟られないよう、オレは理科準備室を出て行った。
ゆっくりと扉を閉めて、誰もいない旧校舎の廊下を歩く。
「柊華姉ちゃんの疑いを晴らす…………か」
なんとも気分の悪い頼まれ事だ。だが、やらなければ柊華姉ちゃんは摩利支天に疑われ続けてしまう。そうなれば、いずれ摩利支天が直接柊華姉ちゃんに何らかの“裁き”をするのは必至だろう。
まだそれは先の話だが、現状のままならそれは時間の問題だ。
「…………そんなの絶対させるもんかよ」
とりあえず柊華姉ちゃんは占い部に付き合ってもらおう。椿もいるし、三人で行動できるのが一番いい。柊華姉ちゃんもオレと妹の椿がいる部活には興味持ってるしな。
「三人いたら立派な部…………でもないか。普通は五人いるもんだし。まだまだ占い部は生徒会や先生一同のお目こぼし状態のままだな」
そんな事を呟きながら、オレは今日のカラオケで柊華姉ちゃんを占い部に誘うと決めて教室へと戻った。




