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鎮魂

そして事件の結末は、レクイエムに溶けていく……。

 数分後。


 残る電磁ムチの男も制圧し、イサムは少女型ロボットに寄り添うように立っていた。

 正直、やりきれない気分だった。こんな少女がロボットで、あの薄汚い男たちが人間だとは。身体の構成からしても、この少女の方がよほど人間らしいじゃないか。


 さらに彼の気を重くしているのは、ボディの各所に不具合が発生していたからだ。落とされた右腕だけではない。過負荷のかかったボディの各所が悲鳴を上げていた。


 瞬間高速機動――これもまた、【緊急発動システム】の持つ能力の一つである。機体強度の問題や、システム加熱の問題により、0.5秒で加速は強制的に解除される。その後再び加速するには、ある程度の冷却時間をおかなければならなかった。充分に冷却できぬまま加速を繰り返せば取り返しがつかない事になる。


――しかも、今回は5回も加速を使わされた。システムだけでなくボディにもダメージが残って当たり前か。


 彼は苦笑気味にそう考えると、全ての記録をまとめて署に送信した。間もなく回収のための車両が到着するだろう。イサムの仕事は終わったのだ。


 【緊急発動システム】がシャットダウンすると、警察ロボPAB―521は、少女を護衛する従者のように姿勢を正した。







 金髪の一味は、禁止されている人体組成を用いたロボットの所持、そして自らのボディに対する違法改造の罪で送検された。

 地元の名士でもあった彼らの醜聞は瞬く間に広まっていった。もう二度と、陽の目を見る事はないだろう。


 判決が出た翌日、警察でも一つの動きがあった。

 PAB―521の廃棄処分。

 一つの悪事を白日の下にさらけ出す事に大きく貢献したPAB―521を待っていたのは、完全なる廃棄処分命令だった。


 確かに彼が行ったことは正義だ。だが、この社会で力を持つ者にとって、その正義が邪魔になる事もある。

 極秘のうちに決定されたその処分は、速やかに実行された。


 警察ロボPAB―521は登録を抹消され、鉄クズとなった。










――人間ってのは、なんなんだろうな。


 暗闇の中で、イサム・ハヤミは思考を続けていた。

 今回の事件が、イサムの心に大きなしこりを残していた。


 イサムが今いる場所は、天国や地獄の類ではない。もっと残酷で汚くて、そして美しい――現実の世界。

 彼は小型の電化製品のように梱包され、極秘裏に輸送されていた。


 イサムは事件直後にPAB―521から取り外され、別の地区へ輸送されていたのだ。新しい土地で、別の警察ロボットに組み込まれるために。


 彼が所属しているのはいわゆる一般の警察機構ではない。

 司法、立法、行政の三権から一定の距離を保ち、独立性を確保した国家機関【特務警察】。それが彼の所属する組織である。


 ロボット技術の飛躍的発展と共に、貧富の格差は拡大し、また、金の持つ力はますます強力になっていた。金を出せばサイボーグ手術により寿命すら克服できるようになったのだ。ますます階層は固定化し、有力者たちはこの世の春を謳歌していた。


 自らをサイボーク体でよろい、または強力な武装を用いて行われる凶悪犯罪。富める上級市民たちはその醜悪な欲望を満たすためにのみ、「趣味の犯罪」を犯していた。


 人間の警察では対抗できなかった。犯罪者が使う武装が強力すぎるのだ。軍隊でなければ対抗しえないだろう。

 また、警察ロボットでも対抗できなかった。相手が生身であろうとサイボーグであろうと、「人間」を相手に手を出すことはできないからだ。

 警察にもサイボーグが必要であった。犯罪者に対抗しうる強力な体を持つ、「人間」が。


 しかし、警察サイボーグの導入は不可能だった。

 仕事のために身体をサイボーグ化させることなど人権上不可能だ。また、そんな不都合な存在を「上級市民」たちが容認するわけもなかった。


 司法、立法、行政から独立し、そこに関わる者たちの腐敗を暴く――。そんな触れ込みで発足した【特務警察】だったが、その主目的は警察機構の手に余る凶悪犯罪への対応である。


 だが、それにはやはり、高性能サイボーグが必要であった。




 【特務警察】が極秘裏に【対凶悪犯罪用特務サイボーグ】の開発に着手し、その神経細胞提供者を募集した時、すでに【特務警察】の一員となっていたイサムは一も二もなく志願した。増える凶悪犯罪とその醜悪さ、そして現状対応する事ができないもどかしさが彼にそうさせたのだ。

 もっとも、彼自身の死に関して、彼がそれほど実感を持って考える事が出来なかったというのもあるだろう。

 普段は【特務警察】の身分を隠して、警察官として死と隣り合わせの毎日ではあったが、常に慎重に準備をして大胆に任務を遂行するイサムは、実際に自分が死ぬ事などあまり想定してはいなかった。


 数年後、サイボーグによる凶悪犯罪を捜査中、犯人集団の罠にはまったイサムは凶弾に倒れた。

 心停止後、イサムの脳細胞が死滅する前に中枢神経が取り出されたが、その時はまだ、イサムが移植されるべき高性能サイボーグは完成していなかった。

 そこで急遽作られたのが、【緊急発動システム】である。


 【緊急発動システム】は、イサムの脳神経をベースにした高性能電子頭脳、そして瞬間高速機動システムを中心とした内蔵追加装備である。

 通常の警察ロボットに内蔵し、ハードウェアをいくつか交換するだけで、警察サイボーグとして運用できるようにするこの【緊急発動システム】は、スペックとしては当初想定していた高性能サイボーグに遠く及ばないが、それを補う利点も数多く存在した。


 まずはランニングコストの問題。一体の高性能サイボーグに比べ、警察ロボットは安価にメンテナンスができること。

 次に秘密保持の問題。高性能サイボーグを運用する場合、その存在が犯罪者達に知られればまず彼らの標的として狙われ続ける事になるだろう。現に、【緊急発動システム】を搭載した警察ロボPAB―521は、廃棄処分とされてしまった。

 また、正体の露見したサイボーグが犯罪者達にマークされてしまえば、サイボーグの目の届かないところに隠れて犯罪が行われてしまう可能性もある。【緊急発動システム】を通常ロボットに搭載する場合、犯罪者達がそれをマークする事は不可能に近い。マークされたら、別の機体に乗せ換えれば良いだけだからだ。また、この方式だと、必要時以外は通常の警察ロボットとして運用できる。


 以上の理由から、【緊急発動システム】は【特務警察】の切り札とも言える存在になっていた。載せる機体のスペックによっては、瞬間高速機動システムの負荷に耐え切れず、制限が大きくなるなどまだ改善すべき問題は残っていたが、それでも彼――イサムの存在は、確実に犯罪者たちの脅威になりつつあった。




――人間ってのは、なんなんだろう。


 暗闇の中で、イサム・ハヤミはもう一度その疑問を繰り返していた。


 90%以上が人間であったあの少女型「ロボット」。たった十数グラムの神経細胞以外はすべて機械で出来た「人間」。

 本当にそれが正しいのだろうか。

 たった十数グラムの細胞、それが「人間」の証だというのか。


――だが、それは俺も同じだ。


 イサム思った。ため息をつきたい気分だった。だが、彼にそんな機能はない。


 この思考だって、ほとんどはAIの補助を使って考えている。この感情だって、AIの計算結果ではないと誰が言える?

 俺はあの男たちを逮捕した。だがあいつらに比べて、緊急時にしか覚醒しない、ほとんどの時間をロボットとして動く俺は、さらに人間に値しない存在ではないのか。

 ロボット工学三原則の一、【ロボットは人間に危害を加えてはならない。】

 俺はロボットに、その原則を逸脱させるための免罪符でしかないんじゃないのか。


――人間ってのは、一体なんなんだ。


 イサムの思考が緩やかになっていく。


 いや、それは俺が考える事じゃない。俺は凶悪犯罪者を逮捕できればそれでいい。

 俺を殺した連中を壊滅させられれば……。


 まぁいいさ。俺は一仕事終えたんだ。

 次の任務が俺を起こすまで、眠っていれば良い。眠っている間だけ、俺は人間に戻れる――。





 何もない暗闇の中で、速水勇は長い眠りについた。

最後までお楽しみ頂きありがとうございました。


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