起動
「人間」の敵意に晒され、消えた警察ロボPAB―521。
彼は何を選択したのか……。
イサム・ハヤミが目覚めた時、彼は全ての状況を把握していた。PAB―521が蓄積しているデータはイサムにとっては自身の記憶と等質なのだ。
目前に迫る大型のロボフレーム。違法装備を満載したサイボーグだ。その強力なアームに掴まれれば、いかにイサムが強力なロボットの体を持っているとはいえただでは済むまい。
だがイサムの脳裏には一抹の焦りもない。
その0.5秒後、イサムはロボフレームの背後に回り込み、その首に左腕を巻きつけていた。当のロボフレームには、イサムの身体が掻き消えたようにしか見えなかっただろう。
イサム・ハヤミ。それがこの、警察ロボPAB―521に装備された【緊急発動システム】そのものである。
正義感溢れる有能な警察官だったイサムは殉職後、その思考アルゴリズムが警察ロボットのAIに追加された。
だが、それだけではなかった。
イサムの中枢神経そのものを組み込んだ【緊急発動システム】。
警察ロボPAB―521は、【緊急発動システム】を搭載した唯一の存在であった。
ロボフレームが消えたイサムを探そうとした時にはもう、その身体は動かない鉄の塊と化していた。声を出すこともできず、ゆっくりと傾いていくロボフレーム。
駆け寄ってきた男たちが見ている前で、ロボフレームが盛大な音を立てて倒れた。
「てめえ……。今、そいつに何をした……」
金髪が一歩前に進み出て言った。
「俺の大事な孫に何をしたって聞いてんだ!」
「……このフレームの出力は違法だな。それにあんたらの武装もだ。警察ロボットの腕を一発でおしゃかにするような威力は、善良な市民には必要ないだろう?」
金髪の激高した声を無視し、イサムは平然と男たちを見回した。その口調はそれまでの警察ロボPAB―521のそれとは明らかに異なっていた。
「だからお前ら全員を逮捕する。安心しろ。脳神経の維持装置は生かしておいてやる」
男たちに戦慄が走った。この警察ロボットは尋常ではない。人間に歯向かい、危害を加えているではないか。ロボット工学三原則の中でも最も重要な第一原則を、平気で無視できるロボットなのだ。
「人間に逆らいやがって……! 俺達がスクラップにしてやるよ、この……狂ったロボット野郎が!」
スキンヘッドは自らを奮い立たせるように怒鳴ると、猛然と走り出した。両手に備えたレーザートーチに光刃を形成し、一気にイサムとの距離を詰める。
明確な殺意を込めて水平に振るわれる光刃。その長さは急速に伸び、広範囲を一気に薙ぎ払った。逃れる術などない、スキンヘッドの必殺攻撃であった。
しかし、その必殺の攻撃は空を切った。再び掻き消えたイサム。その左腕が、スキンヘッドの首に巻き付いていた。
「狂ったロボット……? 違うな」
イサムの声が静かに響く。巻き付けた左腕の先で、人差し指に長い針が形成された。その先端に散る青い火花は電磁スパークだ。
「俺は、人間だよ。お前たちと同じ……な」
イサムはゆっくりと、その針をスキンヘッドの首に刺し込んでいった。パシッ、と乾いた軽い音。同時にスキンヘッドのボディが硬直した。
スキンヘッドの首に刺し込まれた針が、そのボディを制御するシステムを焼いたのである。体内のシステム配置を正確に走査し、その部分だけを適確に焼く。その最小限にして精緻な攻撃も、【緊急発動システム】の持つ能力の一つだった。
「人間だと……?」
スキンヘッドのボディを振り捨てて、彼ら三人に歩み寄って来るイサムを見て、金髪はじりじりと後ずさりしながら腕に仕込まれたレーザー砲を向けた。
「そうだ。人間だ。だから、お前たちを逮捕する事もできる。当てが外れたな」
「なら……殺してやるよ。てめえの頭脳を焼いちまえばそれで終わりだろうが!」
金髪のレーザーが発射された。イサムはさっと身をかわすと、右から近づいて来ていた男に駆け寄った。拳に電磁パルスを纏わせた男はその両腕でイサムを捕えようと向かってきた。イサムの背後で、電磁ムチの男がイサムの足を絡め捕ろうとそのムチを振った。金髪のレーザー砲が、援護するようにイサムの周囲に弾幕を張った。さしものイサムも避けようのない連携攻撃だった。
異音。
そして二つの破壊音。
一瞬の間に、耳をつんざくような三つの音が響いた。
イサムの右腕が地面に落ちた。
そして、男の苦悶の声が響いた。
苦悶の声を上げているのは、拳に電磁パルスを纏わせていた男。だがその両腕はぶらんと垂れ下がり、拳からは異臭のする煙が立ち上っていた。
イサムの足を襲った電磁ムチが、男にヒットしたのである。その全身を電磁スパークが襲い、両拳に発生させていたパルスと過干渉を起こし、破壊したのだ。
苦悶の声を上げながら立ち尽くす男の首に、イサムの左腕が巻き付いた。
二人の男を行動不能にした針が男の首筋に食い込んだ。
次の瞬間、金髪の発射したレーザーが、イサムの頭部を貫通した。
イサムの動きは止まった。いかに強力なサイボーグとて、その頭脳を破壊されてしまえば無害な人形と化す。金髪は衝動にまかせ、ひきつったような笑い声を出した。
「たしかに、おめえの超高速機動はやばかったぜ。使い物にならねえ右腕を盾にしたとは言え、あの弾幕から逃れるなんてなぁ。でもなぁ、それも長くは使えねえ。0.5秒って所だろ。だからおめえが加速を使ったその直後を狙ってたんだよ!」
金髪の笑い声に、電磁ムチの男も安心したように肩を落とした。
「旦那、俺、体が動かねえんだ。このクソロボット、取ってくれよう」
「てめえ、情けねえ声出してんじゃねえ! 少し体が冷えれば動けるようになるだろ。自分でやれ。こいつのボディも持ち帰って、あの加速機能を調べなきゃなんねえからな。あいつらも回収しなきゃならねえし、とんだ災難だぜ全く」
金髪は、既に動かなくなっている二体を顎で指して言った。この警察野郎が言った通り、二人の神経細胞は無事なのだろう。ならば回収して修理してやらねばなるまい。
金髪が倒れている二体と、遠くで震えている少女型ロボットに視線を向けた時、背後で男が叫び声を上げた。
「ひ、ひいいいいいっ! 旦那、旦那、た、助けてくれよ! こいつ……」
金髪が振り向くと、イサムを背負った男が恐怖にかられた声を上げていた。その首に食い込んでいた針が、じりじりと、ゆっくり刺しこまれていく。
「なにっ!? まさか……!」
金髪がレーザー砲を構えるより一瞬早く、電磁ムチがイサムを襲った。
恐怖に囚われた男の声が途切れ、イサムの身体が消えた。
イサムを襲ったはずの電磁ムチが、動かなくなった男のボディを再び襲う。
「お前らの油断のおかげで、充分に冷却時間を確保する事ができたよ」
声と同時に、背後から首をホールドされた。金髪は、首元にひやりとした不気味な感触を味わいながら、自らの敗北を悟っていた。
しかし、一体何故――。
「……それにしても、俺の頭脳が頭部にあるなんて、誰が決めたんだ?」
聞こえてくるその言葉を最後に、金髪の意識は途切れた。
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