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消失

警察ロボPAB―521が乗り込んだ現場。

そこで起きていたのは……。

「お巡りよぉ。わかってんだろ? 俺達のボディはそこらの人間とは違うって事だ。一介のお巡りロボが敵う相手じゃねえんだよ!」


 スキンヘッドの男が右半分の顔でニヤニヤ笑う。その右半分でさえも、一皮剥けば機械の塊なのだ。


 サイボーグ手術。


 病気や怪我などで欠損した肉体を補完する義肢。その技術は飛躍的に発展し、今や代替えの効かない部分は、わずか十数グラムの中枢神経細胞のみであった。

 そして、その十数グラムのあるなしが、人間とロボットを分ける境界線となっていたのである。


「市民の安全確保だぁ? こんな人形にそんな力があるわけねえだろ」


「それとも何か? 俺達がよちよち歩きの赤ん坊だとでも言いてえのか?」


 男たちのその声を無視し、彼は少女をかばうように間に入った。絶え間なく続く男たちの威嚇攻撃も、彼を止める事は出来なかった。当てる気がない事はわかりきっていたからだ。特段の理由がない限り、警察ロボットへの攻撃は重罪である。


 それにしても男たちに搭載されている武装は、明らかに常軌を逸していた。無論、ある程度の武装は銃の携帯と同様に認められている。だが彼らの武装は強力に過ぎた。彼らが本気で争えば、それは局地戦の様相を呈するだろう。

 彼らが金に飽かせて自らを強力に改造している事は明白だった。


 年老いた大金持ちが、最初は義肢として次々と身体をサイボーグ体と交換していき、強力にカスタマイズしていくのはよくある事だ。若くて強力な肉体への回帰願望が、不必要なまでの武装化につながる事も珍しくない。


 そして、その大富豪の子弟が、自らの超人願望を満たすために高性能なサイボーグ体を手に入れるケースも増えてきていた。この場合、その幼いメンタリティから、見た目にも強力で威嚇的なロボットフレームが用いられる事も少なくない。


 つまり、今ここで展開されているのは、大金持ちが、所有する少女型のロボットを虐待して破壊する、醜悪な趣味の現場というわけだった。


「とっとと消えろ。これは命令だ!」


 ロボットフレームが金切り声を出した。

 第二原則【与えられた命令に服従しなければならない】。彼がロボットである以上、その命令には従わねばならなかった。


 しかし彼のAIは、その命令への服従を選ばなかった。それは、警察ロボットとしての任務――つまり第二原則の中において最も優先されるべき【命令】があったからだ。


 犯罪に対する情報収集と証拠の確保。


 彼は、人間である男たちに危害を加えぬ範囲で、その任務を遂行しなければならなかった。


 無論、男たちがどれほど高性能なフレームを用いても問題はない。だが、過度な武装は法律で禁じられている。


 そして、その少女型ロボット。


 型番も製品番号も付与されていない謎のロボット。彼女の出自に違法性があるのではないか。


 逃げる事もせず、ただ震えている少女型ロボットをスキャンした彼の分析結果は、予測されたパターンの中で最悪のものと言えた。


 体組成の95%が、人間と一致。


 再生医療技術をもとに発展した人体の培養技術。彼女の身体はその培養された体細胞で作られていた。唯一、その頭脳のみを除いて。

 頭部に収まっている高性能AI。それ以外は全て人間であると言えた。ハイシリコン製の人工皮膚を備えた【完全人間型】のロボットは数多く作られていたが、ここまで人間そのもののロボットは彼も見た事がなかった。


 いや、ロボットと言ってよいものなのか。

 彼女の肌も、眼も口も鼻も、筋肉も骨も内臓も。そのすべてが「人体」なのだ。


 それでも、AIを搭載し、電子頭脳で動く彼女は、ロボットなのであった。


 無論、彼女のような存在は違法である。人間が自らの欲望を満たすため、金を積んで作らせた存在。機械を用いず、人体そのものの肉体を持つロボットの製造目的が、通常の用途ではない事も明らかだ。


 違法な武装の搭載。そして違法ロボットの所持。


 この少女型ロボットそのものが、犯罪立証の有力な証拠である。彼としては、何としても彼女を守り切らねばならなかった。


「このロボットを押収致します。重要な証拠物件ですので、ご協力を……」


 彼の言葉は異音に遮られた。

 金髪の男が撃ったレーザーが、彼の右肩口に命中したのだ。響いた異音は、レーザーによって彼の右肩が大きく破損した音だった。


「次は外さねえぞ、サツのロボットが……!」


 金髪の声は、居直った物の冷静さがにじんでいた。


「お、おい、じいちゃん! サツを攻撃すんのはまずいんじゃねえの?」


 ロボットフレームが慌てた声を出した。警察ロボットへの攻撃は、警官の武器を奪うのと同様、重罪である。


「おたつくんじゃねえ! 俺達は狂って暴れ出した警察のロボットから身を護るために、やむなく破壊したんだ。コイツの電子頭脳を破壊しちまえば経緯はわからねえ。そうすりゃあもみ消すのは簡単だ。お前ら、このお巡りロボット野郎を逃がすんじゃねえぞ!」


 男たちがそれぞれの武器を構え、彼を取り囲むように移動した。


 人間。ロボット。

 圧倒的な立場の差。

 この二者を分ける物は一体何なのだろう。


 彼を取り囲む男たちは人間だ。身体の中にある【人間の部分】が、十数グラムの神経細胞だけであろうと人間だ。

 そして彼女は。

 頭脳の中枢こそ電子部品で構成されているものの、その他の部分は人間そのものなのだ。


 一体、どちらが人間だと言えるのか。


 だが彼にはそんな疑問を抱く機能は持たされていない。動かなくなった右腕の状態をモニターし、この状況をどうやって切り抜け、証拠である少女ロボットを署へ持ち帰るか、様々な方法をシミュレートしていた。

 だが、状況は絶望的であった。


「そっか。それならあいつ、やっちゃっていいんだな? じいちゃん。俺の力でポリ公ロボット潰しちゃっていいんだな?」


 ロボフレームが彼に向けて機動を開始する。彼は逃げるように走り出した。


「逃げんじゃねえぞコラ!」


 男たちが彼を追う。火器を使わないのは、ロボフレームが彼を捕らえ、その強大なパワーで掴み潰す楽しみを与えるためか。


 ロボフレームは足部のスラスターノズルを作動させ、その身体を僅かに浮遊させた。そして一気に加速をかけ、彼に肉薄する。あっという間に彼を追い抜き、振り返ってその強力なアームを広げた。

 トップスピードで走っている彼が、そのアームから逃れる事は既に不可能なタイミングだ。


「ほおら、捕まえ……っ!?」


 勝ち誇って彼に掴みかかったロボフレームの目の前で、彼――警察ロボPAB―521が、消えた。

お楽しみ頂きありがとうございました。


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